どういう流れに乗ってしまったのか…
特別な何かを僕が持ってるわけでも無く、むしろマイナス要素しかない筈が、人生の流れに身を任せていたらそうなったんだけど…
クールでスマートで美麗で艶やかで顔天使位で全知全能の神に愛されてて美声で秀才で…と女子が言ってた単語を並べてみたが、確かに…そこらには到底居ない整い過ぎた顔面を持つ陽岡先輩と、僕は友達という関係になっていた。
ちなみに、僕は至って平均の顔、良くも〜悪くも〜無い、無味無臭顔。
友達…その括りが実際にはどういうものなのか、僕には未だにハッキリしない…
小学生の時からの友達は居る。
確かに…この高校を選んだのも、学力のレベルに合ってたし、幼なじみの友達が居て、少し安心だったから。
でも、そこにあるのは、少しの同情と優しさ故の物だと思っていて。
先輩と友達になるきっかけは、むしろ、僕が先輩を励ます為という…なんだかよく分からない事に。
僕なんかが…おこがましい…とかなんとか言ったら、怒られてしまいそうなくらいに、ハッキリと先輩は僕を対等に見てくれている、初めから。
僕の右耳が聞こえないのも、なんでもない事のようにしてくれる。
今も…僕の左側に座り、話しかけてくれている…うん。
ただ、問題があるとしたら、ここが僕の教室で、昼休みだという事だけ。
そう!ここは、教室!!
教室なんだよぉ〜(滝汗)
この…針のむしろ状態が、先輩には普通なのだろうか…なんというメンタルの強さをお持ちで。
クラス中の視線をビシバシと感じる。
まるで、全方位から狙撃でもされ続けてるような、視線の弾が次から次へと飛んでくる。
しかも、先輩は笑顔で話しているもんだから、時々、女子達の大きなため息が漏れ聞こえてきそうだ。
今日、僕の隣の席は、病欠で居ない…休まないでよ〜隣の山本くん。
幸か不幸か…今の状況に至っている。
目が合ったら最後、自分の瞳が溶ける…なんて、言ってた、女子が。
そうだね、そうだよ、そんな感じ。
男の僕でもそうなんだから、女子達なら失神してしまいそうな…深い海の底に至る前のような暗く青い瞳。
友達になったんだから…と自分に言い聞かせながら…
約束通り…勉強を教えて頂いております、只今。
律儀なイケメンってこの世に居たんだ〜。
しかも、とても分かりやすい。僕が何処でつまづいたのか、的確に理解し、ポイントを押さえて教えて下さるもんだから、自分の脳ミソが、勝手にレベルアップしたみたいな錯覚に陥った。
なぜか、スイスイ解ける。
最短ルートを通るためか、計算ミスは少なく、この問題って…こんな簡単だったっけ?って感じになった。
まず、最短ルートを見つけるのが難しいし、これって、沢山の問題を解いていないと分からない、かなり捻られた問題すらも、先輩にはシンキングタイムすら無い。
学年が2つ上だからとも言えるけど、上だからこそ、2年前にやったとこって覚えて無くないかな?普通…忘れないもんなの?と思ってしまう。
もはや、遺伝子レベルで違うのだろう。
「どう?分かる?」
「めちゃくちゃ分かりやすくて…自分の馬鹿さ加減に辟易としております。むしろ…申し訳なくて…先輩には酷く簡単な問題でしょうに、お手を煩わせてしまって…まことに…」
「そんな事思ってるのか?それこそ馬鹿だなぁ〜理解力も悪くないし、成海が一生懸命聞いてくれるのが、俺は嬉しいから教えやすいよ」
周りが聞き耳を立ててるに違いないのに、呼び捨てされて…僕は、先輩が居なくなった後が、マジで心配になった。それこそ、凄く親しげな話し方だったから。
しかも、席がピタリとくっ付いていて、近くないと聞こえない僕に合わせてくれてるんだろうけど…
それにしても、近くないかな…と。
近距離にある整い過ぎたお顔は、目が眩むほど。
思わず、ふうっと溜息が出る。
「疲れた?脳に糖分…か」
陽岡先輩は、自分のブレザーのポケットをゴソゴソして
「手出して」
言われるがままに手を出すと、そこにコロンと乗せられた飴は、可愛いキャラクターのパッケージ…絶対女子に貰ったんだろうな〜と思って、眺めていると
「貰ったんだけど、俺あんまりキャンディ好きじゃないから」
「僕は好きです。ありがとうございます」
「好き?良かった…じゃ、アーン」
僕がモタモタしてたからか、先輩はパッケージをサッと開けて、目の前に差し出してくる。
いやいや、待って待って。
おかしくないですか?
ここで、アーン??
ヒヤッって女子から声が聞こえたような空気がした。
うん、そうなるよね…僕も、ヒャッって思ってる…激しく同意です。
手で受け取ろうとしたら、それは違うよって顔をされ…
「友達からの飴なのに、受け取れ無いっていうの?」
僕が自ら口を開けるのを、目の前の先輩の指が待ってる。
友達って、こんな感じでコミュニケーションを取るのかな?
コミュ障の僕は、よく分からず…
でも、このままだと先輩の手が飴でベトベトに汚れるんじゃないかって、そっちが気になって、目をギュッと瞑り、口をパカッと開けた。
コロンと入ってきた飴は、甘みの強いイチゴ味。
「あ、美味しい…これ」
「好きなフレーバーだった?」
溶けて指についたのを舐める先輩は、いちご味?って聞いてきた。
その仕草は、なんとも艶やかで…受けたことの無い耽美さにクラクラした。
人付き合いの少ない僕には、先輩が放つ色香は、刺激が強すぎた。
今は僕の口の中にある飴が、さっきまで先輩の指と繋がってた…とか、つい考え始めてしまい、想像力の逞しい自分を本気で呪いたくなった。
意識してはいけないと思う程、人はドツボにハマるとはこの事で。
普通ならただのイチゴ味の飴なのに…
先輩の指を直接介してると思うと、口の中で広がる甘さがまた、別の意味を持つような気分になってきて。
これ以上、口の中で転がる飴に意識を持っていってはイケナイ…そう思った僕は、ノートに目を落とした。
問題が分からないというより、内容が入って来なくて、徐々に眉間にシワが寄ってしまう。
何度も目で追うのに、文字は脳内に到達してくれなくて。
すると、僕の肩に…ふいに何かが乗っかった。
先輩の腕…が。、
なぜ?え、なぜ?
しかも、友達と肩を組むなら、ダラーンと腕を前に落とす感じになったはず…友達との触れ合いの数少ない記憶では。
なのに…今、先輩の右腕は背中に回り、右手で僕の肩を抱いている。ガッツリと。
「どこが難しいの?」
更に近くなって、耳元に囁かれると…
半分パニックに陥りそうだった。
その時、昼休み終わりのチャイムが鳴り響いた。
マジで、僕は…凄くホッとした。
助かった…だって、ドキドキしかけてた事、自分でも分かってしまって。
男だろうが女だろうが、魅力的なご尊顔を近くで見て、一切ドキドキしない猛者が居るなら、教えて欲しい、その耐え方を。
授業がそのまま始まったので、チラチラ見てくるクラスメイトは居ても、すぐに何かを問われる事も無かった。
しかし、授業が終わった途端、僕の周りには人だかりが出来た。
知り合いなの?仲良しなの?どこで?いつから?
矢継ぎ早に言われる事は、全ては聞き取れる訳もなく…オロオロするばかりで。
僕自身が先輩とどういう友達なのかが、よくわからないから答えられる筈もなく。
「やめてやれよ。困ってるの、見てわからんのか?」
ドスの効いた声が響いた。
ガヤガヤとしていた教室は、一気にシーンとする。
うちのクラスでは、少し浮いてるというか…誰かと交わるのは嫌いそうだというか…
空手をやってると噂の、短髪がキリッとした藤森くんは、お腹から出してるのが分かる、よく通る上に声量のある声でクラスメイトを一瞬にして鎮めてしまった。
練習を積んで、日々の研鑽をしているらしいその声には、誰も逆らえない重みがあった。
僕の周りにあった人だかりは、あっという間に無くなる。
「ありがとう…」
僕が言うと、オッ!って片手だけ上げて答えてくれた。
ものすごく男らしくてかっこいい。
僕には無いオーラを纏っていて、少し憧れる。
強さをひけらかす事無く、その威力を困っている人間に対して発揮出来るとか、本当に凄いと思う。
僕にも少しはそういう強さが持てたら良いんだけど…どうも、昔から引っ込み思案というか、前に出るのは苦手だし、注目されるのも苦手…すみっこで、こじんまりと過ごして居たいというのが、僕の願望だった。
なのに、そうはさせてくれないのが、神様というか…
僕のゆるりとした日々は、どうやら、人からの注目を集めてしまう日々に変化してしまったようだった。
というのも…
陽岡先輩は、昼休みの度に、僕の所へ来るようになって…
隣の席の子が気を遣って他の空いてる席へ移動してくれるようになり、当たり前のように先輩が僕の隣でお昼のお弁当を食べ、その後、勉強を見てくれるという流れが、完全に定着してしまった。
クラスメイトも、麗しい先輩が日々見れるとあって、誰1人文句も言わず、硬派な藤森くんのお陰で、僕への質問攻めも無く。
みんながチラチラと先輩を眺めては、黙々とお弁当を食べるという感じ。
男子は、数日するとその状況に慣れたようで、ガヤガヤと会話をしてくれるので、僕としては、有り難かった。
全神経を集中して、僕と先輩の会話を聞かれてると思うと、この場から脱兎の如く逃げ出したくなるから。
それにしても、全くもって平気そうな先輩は、凄いと思った。
これだけ視線を浴びているのに、全く気にするそぶりが無い。
慣れ過ぎているのか、元々気にならない人なのかが分からないけど。
相変わらず、僕の真横で先輩が笑顔なので…
最近は、なんなら、クラスの外の廊下から見てくる女子も現れたくらい。
よっぽど、笑顔の陽岡先輩が珍しいのだろうと伺える。
大きな声で、ずる〜いって声が聞こえてきた。
わざとなんだろうけど…
その子の言わんとする事はわかってしまって。
でも、僕は別に自ら先輩を引き留めてているわけではなくて、かといって、拒絶する事なんて出来なくて。
僕は、なんとなくの申し訳無さに、一気に居心地が悪くなって、思わず俯いた。
「成海、行こう」
先輩は、僕の手を取って、ズンズンと教室から出ようとする。
廊下に出たところで、先輩が口を開いた。
「成海は、俺から頼んで友達になってもらったんだ。外野のせいで、俺が友達を無くすとか、そんな事…まさかと思うけど。ねぇ、無いよね?」
ズルいって発言をした女子の方に向かって、放った言葉。
言われた女子は、必死で頷いていた。
「じゃ、みんなにもそう伝えておいて」
サラッとそんな事言うと、また僕の手を引いた。
僕は、握られた手を離すことなど出来ず、ヨロヨロと先輩について行くしかなくて。
必死で、片腕の中になんとか収めてるノートと筆箱を落とさないように、ギュッと抱きしめた。
先輩に連れられて、着いたところは、美術室の横の準備室。
鍵が、掛かってるはずだけど…
先輩は、僕の方を向いて、ニヤリと不敵な笑みを一つ。
扉を上にグッと持ち上げ勢い良く横にスライドさせようとする。
すると、ガチっと音がして、見事に開いてしまった。
「コツがあるんだよ」
少し油絵の具の匂いのする部屋は、小さいけれど、窓からの光がよく入る、なんだか、妙に落ち着く場所だった。
「いいんですか?無断で…」
「いいのいいの、美術の先生には、恩を売ってあるから」
「えっ?なんか、それって…あの、大丈夫なんですか?」
「そんな、怖いのじゃないよ?ゲームが進めなくて困ってたから、少し教えてあげただけ」
大した恩じゃないからって、笑いながら、丸椅子を出し、僕にも座るように勧める。
「あの…」
僕は話を切り出した。
「やめないよ、友達で居る事」
なんで、言おうとしてた事がバレたのか…
ハッキリキッパリと断られた。
でも、僕なんかと一緒に居る事で、先輩が下に見られるんじゃないかって…
周りが、なんでアイツなんかと?って思ってる空気を、日々ものすごく感じていたから。
片耳が聴こえないのも、みんなより劣ってる象徴的な事として、噂されてるのも、実は知っている。そういう事だけは、しっかりと聴こえてしまうんだ。
アイツ、会話のテンポ悪いよな。
なんか、片方聴こえないらしいよ?
まじ?へぇ〜ダメじゃん。そりゃ、コミュ障にもなるよな。
軽い笑いと共に、そんな会話が、聴きたくなくても入ってくる。
他人事だから、簡単に済まされる事だろうけど…
僕にとっては、日常の高い壁。
でも、だからといって、自分が酷く不幸だとも思って無かったし、特別ダメな存在とも思ってなかった。
先輩と居るようになるまでは…
明らかに、天と地の差がある事は明白で。
まるで宝石と石ころが横に並べられているみたいだ。
それなのに、先輩は、僕と友達で居る事を辞めないと言う。
なぜだろうって、疑問がずっとあるのに、面と向かっては聞けなかった。
でも、このままでは…
僕自身が自滅してしまいそうで。
ダメな所とか、目を瞑る事が出来なくなりそうで…プラスに考える事より、マイナス面に拘ってしまう。
そういうのが、怖くなって。
「あの、先輩…えっと、先輩は…どうして」
ガラッ
大きな音と共に
「やっぱり〜ここにいた!!お前、最近、昼休みに、す〜ぐ、どっか居くなるから、オ〜イ、友森!陽岡が居たぞ!」
先輩の仲の良いイケメン2人が入ってきた。
佐久間先輩と友森先輩だ。
「んで、誰?このちんまりとした子」
「なんか、妙に可愛い気もするけど…ねぇ、君、お菓子いる?」
戸惑いつつも、出されたグミを受け取ろうとすると
「知らない人からお菓子を貰ってはいけません!」
陽岡先輩から止められる。
「なにそれっ!お前だけ、なんか、可愛いのを囲っておくとか、ズルくない〜?」
「そーだそーだ!」
佐久間先輩と友森先輩は、2人で面白がってるのか、笑いながら文句言ってる。
ちょっと待って…イケメンって、美しいが故に、不出来な物に興味を示す習慣でもあるのか?
「とにかく、成海はダメだぞ!近寄るな!シッシッ」
「へぇ〜成海くんっていうのか〜よしよし」
突然、佐久間先輩が僕の頭を撫で撫でしてくる。
「触んなって!」
陽岡先輩は、僕を後ろから抱きしめて、ガードした。
えっと、この状況はなんでしょうか?
更に面白がって、2人の先輩が僕を触ろうとするので、僕を抱き留めている先輩の手にチカラが入る…
「く、苦しいで…す」
「うわっ、ごめん」
陽岡先輩はすぐに離れて、僕の頭を撫でた。
「浄化しとかないと…」
佐久間先輩が撫でた後を、何度も撫でられる。少しくすぐったい。
「なにそれ〜酷い〜ぷんぷん!俺が悪霊みたいに言うなよ〜」
佐久間先輩は、ブーブー言ってる。
「それにしても、陽岡、お前マジで変わったな…(笑)」
友森先輩は、ニヤニヤしながら言ってくる。
「そうそう!コイツ毎日毎日、仏頂面で、俺らと過ごしてたのに…それが、何?今?ちょっとご覧になりました〜?」
「えぇ!見ましたとも〜デレッデレな陽岡さんを〜この目で!しかと!」
漫才ネタみたいな2人のやり取りを、僕はポカーンと眺めていて。
デレてる?そうかな?
ちょっとだけ気になって、陽岡先輩の腕の中で少しだけ向きを変えて下から覗く。
相変わらず、凛々しい御尊顔しか無いのだけど…
「デレてませんよ?先輩は。今も、ものすごく端正なお顔されてますけど?」
僕はしょうめんに向き直り答えると
「一瞬にして顔直しやがった!ほら、今!今だ!振り向け!成海くん!」
友森先輩がヤンヤと囃し立てるから、振り向いたけど、やっぱり…スッとした美しいお顔があるだけ。
「もう、お前らどっか行け、邪魔すんな…」
「あらっ!お聞きになりましたぁ?友森の奥さまっ!」
「ええ!我が耳を疑いたくなるほどの悪態ですわよね!佐久間の奥さま!酷いわねぇ〜お友達に向かって、邪魔ですって」
「マ、ジ、ウ、ザ、イ…」
重たい声が上から落ちてくる。
「へいへい、本格的に嫌われる前に退散するよ(笑)」
「またね、成海くん!僕らとも、また遊んでねっ」
非常に賑やかな2人は、ドアを開けて去って行った。
「アイツら…」
「先輩達、本当に面白いですね。むしろ、僕がお邪魔だったと思うんですけど…本当に良かったんですか?」
「いい…てか…成海って…俺の腕の中に、すっぽりだな。もうちょっとこのままでも良い?」
「えっ?いや…僕なんかで良ければ…どうぞ」
身長も高くてスポーツしてる先輩と帰宅部で、ひ弱な僕とは、かなりの体格差がありそうだった。
抱きしめられた状況に戸惑いつつ、考えてみたけど、友達って、こういうもんなのかな?
分からぬ…ぐぬぬ
あぁ、そっか、ペット的な感じなんだと解釈する。納得納得!
でも、距離が近くて、ドキドキしてしまうのは、どうしようもない。
同性なのに…って思うけど、早鐘を鳴らす心臓は、自分のものなのに、コントロール不可能だ。
首元に掛かる息が、少しくすぐったい。
まだ春先だから、汗をかくはずはないんだけど、じんわりと身体が暖かくなって…
ふと、僕の首筋に…
湿った何かが、触れたような気がしたけど…
まさかね。
どんな妄想してるんだよ…って言いたくなった。
ただ、ペットを構うみたいにしてるだけなんだから、意識するな…って自分を戒めた。
そして、僕の横の髪の毛を梳く先輩の手は、ペットをトリミングするトリマーの手だと思い込む。
でも、大事そうに触れられるという事が、こんな風に気持ちが良い物なのだと初めて知った。
ペットを愛でるとは、まさに、こういう事なのだろうか?
しかし、愛でられる対象は、僕で合ってるのだろうか?
もっと、他に相手がいる気がするし。
僕なんかには、とても勿体無いように思える。
かといって、やめて欲しいなんて言えないし、やめてほしくない。
それくらい、とても心地良かった。
身体がつい弛緩してしまい、何度もシャキッと力を入れてみるんだけど、しばらくすると緩くなり、その繰り返し。
「気持ちいいの?」
「あっ、はい…とても良いです」
「そっか、良かった。じゃ、また時々、撫でさせて欲しい…」
一瞬、答えに詰まる。
また?
撫でる?
うーん。それって、嬉しいけど…いいのかな?
「ダメか…」
なんだか、ションボリされてしまって、慌てて答えた
「ペット代わりですね…了解致しました!僕なんかで良ければ、いつでもどうぞお使いください」
チョロいな…僕って。
チャイムが鳴ると、やっと離れた僕ら。
離れると、なんだか…少し寂しい気持ちになってしまった。
それから、毎日…
先輩から教えて貰う勉強の場は、教室から、美術準備室に移り…その事には、とてもホッとしたけど。
昼休みには、一緒にお弁当を食べて、勉強して、最後に…ハグという癒しタイムオプションが追加されてしまった。
「そうだ!今日は、前から抱っこさせて」
え?
前から?どゆこと?
丸椅子に座っていた先輩は、両手を広げていてて、その尊い太ももの上に座れって…しかも、向かい合わせに。
これって?
普通?
友達でするの?
おずおずと、言われるがままに、失礼します…と跨るように乗っかる。
横向きが正解だったのかも?と、あまりの密着具合に、失敗したと知る。
「重たくありませんか?」
「重たくないよ全然。むしろ、もう少し、肉付けな〜軽すぎだよ」
ギュっと背中に回された両腕が僕を囲み、トントンって背中を叩かれる。
僕は、手をダランと下に垂れたまま、左の肩口に頭を預ける形になった。
ドク、ドク…と、先輩の心臓の音が僕の左の耳から聞こえる。
早いのか遅いのか分からないけど、その音に、耳を傾けた。
「心臓の音…しますね。こんなふうに人の心音聴くの初めてです」
先輩からは、身体の中を通じて、くぐもった音というか…何かの言葉が聞こえたんだけど。
僕の左の耳からは、先輩の心音だけ。
右耳の聞き取りが出来ないので。
なんて言ったかは、分からない。
ただ、とても…静かで、穏やかな…
そんな時間が、流れた。
でも、いくら軽めの体重とはいえ、男だし、そろそろ離れようかと、脚に力を入れたけど、抱き止められた僕の身体は全く動かず。
静寂からの…
ガラリと開け放たれた扉。
「おっと、お邪魔さんだったかな?」
佐久間先輩が入ってきた。
僕は慌てて立ち上がって、バランスを崩しそうになる。
陽岡先輩が僕の腕を持ち、なんとか転ばずに済んだ。
「邪魔…に決まってんだろ」
「まぁまぁ、そう、怖い顔すんなって。用事があってきたんだよ…お前、スマホ、机の上に置きっぱで、連絡つかないんだもんよ」
「なに?」
「あの、僕、先に戻りますね。勉強ありがとうございました」
僕はそそくさと退散した。
なんとなく、聞いてはならないような重たい空気を一瞬感じたから。
そこでふと、僕は、先輩の事をもっと知りたいと思っている事に気付いた。
実は…残って、重要そうな話を聞きたかったんだ。
そんな下衆な人間に成り下がってしまった自分が凄く嫌になりそうだった。
特別な何かを僕が持ってるわけでも無く、むしろマイナス要素しかない筈が、人生の流れに身を任せていたらそうなったんだけど…
クールでスマートで美麗で艶やかで顔天使位で全知全能の神に愛されてて美声で秀才で…と女子が言ってた単語を並べてみたが、確かに…そこらには到底居ない整い過ぎた顔面を持つ陽岡先輩と、僕は友達という関係になっていた。
ちなみに、僕は至って平均の顔、良くも〜悪くも〜無い、無味無臭顔。
友達…その括りが実際にはどういうものなのか、僕には未だにハッキリしない…
小学生の時からの友達は居る。
確かに…この高校を選んだのも、学力のレベルに合ってたし、幼なじみの友達が居て、少し安心だったから。
でも、そこにあるのは、少しの同情と優しさ故の物だと思っていて。
先輩と友達になるきっかけは、むしろ、僕が先輩を励ます為という…なんだかよく分からない事に。
僕なんかが…おこがましい…とかなんとか言ったら、怒られてしまいそうなくらいに、ハッキリと先輩は僕を対等に見てくれている、初めから。
僕の右耳が聞こえないのも、なんでもない事のようにしてくれる。
今も…僕の左側に座り、話しかけてくれている…うん。
ただ、問題があるとしたら、ここが僕の教室で、昼休みだという事だけ。
そう!ここは、教室!!
教室なんだよぉ〜(滝汗)
この…針のむしろ状態が、先輩には普通なのだろうか…なんというメンタルの強さをお持ちで。
クラス中の視線をビシバシと感じる。
まるで、全方位から狙撃でもされ続けてるような、視線の弾が次から次へと飛んでくる。
しかも、先輩は笑顔で話しているもんだから、時々、女子達の大きなため息が漏れ聞こえてきそうだ。
今日、僕の隣の席は、病欠で居ない…休まないでよ〜隣の山本くん。
幸か不幸か…今の状況に至っている。
目が合ったら最後、自分の瞳が溶ける…なんて、言ってた、女子が。
そうだね、そうだよ、そんな感じ。
男の僕でもそうなんだから、女子達なら失神してしまいそうな…深い海の底に至る前のような暗く青い瞳。
友達になったんだから…と自分に言い聞かせながら…
約束通り…勉強を教えて頂いております、只今。
律儀なイケメンってこの世に居たんだ〜。
しかも、とても分かりやすい。僕が何処でつまづいたのか、的確に理解し、ポイントを押さえて教えて下さるもんだから、自分の脳ミソが、勝手にレベルアップしたみたいな錯覚に陥った。
なぜか、スイスイ解ける。
最短ルートを通るためか、計算ミスは少なく、この問題って…こんな簡単だったっけ?って感じになった。
まず、最短ルートを見つけるのが難しいし、これって、沢山の問題を解いていないと分からない、かなり捻られた問題すらも、先輩にはシンキングタイムすら無い。
学年が2つ上だからとも言えるけど、上だからこそ、2年前にやったとこって覚えて無くないかな?普通…忘れないもんなの?と思ってしまう。
もはや、遺伝子レベルで違うのだろう。
「どう?分かる?」
「めちゃくちゃ分かりやすくて…自分の馬鹿さ加減に辟易としております。むしろ…申し訳なくて…先輩には酷く簡単な問題でしょうに、お手を煩わせてしまって…まことに…」
「そんな事思ってるのか?それこそ馬鹿だなぁ〜理解力も悪くないし、成海が一生懸命聞いてくれるのが、俺は嬉しいから教えやすいよ」
周りが聞き耳を立ててるに違いないのに、呼び捨てされて…僕は、先輩が居なくなった後が、マジで心配になった。それこそ、凄く親しげな話し方だったから。
しかも、席がピタリとくっ付いていて、近くないと聞こえない僕に合わせてくれてるんだろうけど…
それにしても、近くないかな…と。
近距離にある整い過ぎたお顔は、目が眩むほど。
思わず、ふうっと溜息が出る。
「疲れた?脳に糖分…か」
陽岡先輩は、自分のブレザーのポケットをゴソゴソして
「手出して」
言われるがままに手を出すと、そこにコロンと乗せられた飴は、可愛いキャラクターのパッケージ…絶対女子に貰ったんだろうな〜と思って、眺めていると
「貰ったんだけど、俺あんまりキャンディ好きじゃないから」
「僕は好きです。ありがとうございます」
「好き?良かった…じゃ、アーン」
僕がモタモタしてたからか、先輩はパッケージをサッと開けて、目の前に差し出してくる。
いやいや、待って待って。
おかしくないですか?
ここで、アーン??
ヒヤッって女子から声が聞こえたような空気がした。
うん、そうなるよね…僕も、ヒャッって思ってる…激しく同意です。
手で受け取ろうとしたら、それは違うよって顔をされ…
「友達からの飴なのに、受け取れ無いっていうの?」
僕が自ら口を開けるのを、目の前の先輩の指が待ってる。
友達って、こんな感じでコミュニケーションを取るのかな?
コミュ障の僕は、よく分からず…
でも、このままだと先輩の手が飴でベトベトに汚れるんじゃないかって、そっちが気になって、目をギュッと瞑り、口をパカッと開けた。
コロンと入ってきた飴は、甘みの強いイチゴ味。
「あ、美味しい…これ」
「好きなフレーバーだった?」
溶けて指についたのを舐める先輩は、いちご味?って聞いてきた。
その仕草は、なんとも艶やかで…受けたことの無い耽美さにクラクラした。
人付き合いの少ない僕には、先輩が放つ色香は、刺激が強すぎた。
今は僕の口の中にある飴が、さっきまで先輩の指と繋がってた…とか、つい考え始めてしまい、想像力の逞しい自分を本気で呪いたくなった。
意識してはいけないと思う程、人はドツボにハマるとはこの事で。
普通ならただのイチゴ味の飴なのに…
先輩の指を直接介してると思うと、口の中で広がる甘さがまた、別の意味を持つような気分になってきて。
これ以上、口の中で転がる飴に意識を持っていってはイケナイ…そう思った僕は、ノートに目を落とした。
問題が分からないというより、内容が入って来なくて、徐々に眉間にシワが寄ってしまう。
何度も目で追うのに、文字は脳内に到達してくれなくて。
すると、僕の肩に…ふいに何かが乗っかった。
先輩の腕…が。、
なぜ?え、なぜ?
しかも、友達と肩を組むなら、ダラーンと腕を前に落とす感じになったはず…友達との触れ合いの数少ない記憶では。
なのに…今、先輩の右腕は背中に回り、右手で僕の肩を抱いている。ガッツリと。
「どこが難しいの?」
更に近くなって、耳元に囁かれると…
半分パニックに陥りそうだった。
その時、昼休み終わりのチャイムが鳴り響いた。
マジで、僕は…凄くホッとした。
助かった…だって、ドキドキしかけてた事、自分でも分かってしまって。
男だろうが女だろうが、魅力的なご尊顔を近くで見て、一切ドキドキしない猛者が居るなら、教えて欲しい、その耐え方を。
授業がそのまま始まったので、チラチラ見てくるクラスメイトは居ても、すぐに何かを問われる事も無かった。
しかし、授業が終わった途端、僕の周りには人だかりが出来た。
知り合いなの?仲良しなの?どこで?いつから?
矢継ぎ早に言われる事は、全ては聞き取れる訳もなく…オロオロするばかりで。
僕自身が先輩とどういう友達なのかが、よくわからないから答えられる筈もなく。
「やめてやれよ。困ってるの、見てわからんのか?」
ドスの効いた声が響いた。
ガヤガヤとしていた教室は、一気にシーンとする。
うちのクラスでは、少し浮いてるというか…誰かと交わるのは嫌いそうだというか…
空手をやってると噂の、短髪がキリッとした藤森くんは、お腹から出してるのが分かる、よく通る上に声量のある声でクラスメイトを一瞬にして鎮めてしまった。
練習を積んで、日々の研鑽をしているらしいその声には、誰も逆らえない重みがあった。
僕の周りにあった人だかりは、あっという間に無くなる。
「ありがとう…」
僕が言うと、オッ!って片手だけ上げて答えてくれた。
ものすごく男らしくてかっこいい。
僕には無いオーラを纏っていて、少し憧れる。
強さをひけらかす事無く、その威力を困っている人間に対して発揮出来るとか、本当に凄いと思う。
僕にも少しはそういう強さが持てたら良いんだけど…どうも、昔から引っ込み思案というか、前に出るのは苦手だし、注目されるのも苦手…すみっこで、こじんまりと過ごして居たいというのが、僕の願望だった。
なのに、そうはさせてくれないのが、神様というか…
僕のゆるりとした日々は、どうやら、人からの注目を集めてしまう日々に変化してしまったようだった。
というのも…
陽岡先輩は、昼休みの度に、僕の所へ来るようになって…
隣の席の子が気を遣って他の空いてる席へ移動してくれるようになり、当たり前のように先輩が僕の隣でお昼のお弁当を食べ、その後、勉強を見てくれるという流れが、完全に定着してしまった。
クラスメイトも、麗しい先輩が日々見れるとあって、誰1人文句も言わず、硬派な藤森くんのお陰で、僕への質問攻めも無く。
みんながチラチラと先輩を眺めては、黙々とお弁当を食べるという感じ。
男子は、数日するとその状況に慣れたようで、ガヤガヤと会話をしてくれるので、僕としては、有り難かった。
全神経を集中して、僕と先輩の会話を聞かれてると思うと、この場から脱兎の如く逃げ出したくなるから。
それにしても、全くもって平気そうな先輩は、凄いと思った。
これだけ視線を浴びているのに、全く気にするそぶりが無い。
慣れ過ぎているのか、元々気にならない人なのかが分からないけど。
相変わらず、僕の真横で先輩が笑顔なので…
最近は、なんなら、クラスの外の廊下から見てくる女子も現れたくらい。
よっぽど、笑顔の陽岡先輩が珍しいのだろうと伺える。
大きな声で、ずる〜いって声が聞こえてきた。
わざとなんだろうけど…
その子の言わんとする事はわかってしまって。
でも、僕は別に自ら先輩を引き留めてているわけではなくて、かといって、拒絶する事なんて出来なくて。
僕は、なんとなくの申し訳無さに、一気に居心地が悪くなって、思わず俯いた。
「成海、行こう」
先輩は、僕の手を取って、ズンズンと教室から出ようとする。
廊下に出たところで、先輩が口を開いた。
「成海は、俺から頼んで友達になってもらったんだ。外野のせいで、俺が友達を無くすとか、そんな事…まさかと思うけど。ねぇ、無いよね?」
ズルいって発言をした女子の方に向かって、放った言葉。
言われた女子は、必死で頷いていた。
「じゃ、みんなにもそう伝えておいて」
サラッとそんな事言うと、また僕の手を引いた。
僕は、握られた手を離すことなど出来ず、ヨロヨロと先輩について行くしかなくて。
必死で、片腕の中になんとか収めてるノートと筆箱を落とさないように、ギュッと抱きしめた。
先輩に連れられて、着いたところは、美術室の横の準備室。
鍵が、掛かってるはずだけど…
先輩は、僕の方を向いて、ニヤリと不敵な笑みを一つ。
扉を上にグッと持ち上げ勢い良く横にスライドさせようとする。
すると、ガチっと音がして、見事に開いてしまった。
「コツがあるんだよ」
少し油絵の具の匂いのする部屋は、小さいけれど、窓からの光がよく入る、なんだか、妙に落ち着く場所だった。
「いいんですか?無断で…」
「いいのいいの、美術の先生には、恩を売ってあるから」
「えっ?なんか、それって…あの、大丈夫なんですか?」
「そんな、怖いのじゃないよ?ゲームが進めなくて困ってたから、少し教えてあげただけ」
大した恩じゃないからって、笑いながら、丸椅子を出し、僕にも座るように勧める。
「あの…」
僕は話を切り出した。
「やめないよ、友達で居る事」
なんで、言おうとしてた事がバレたのか…
ハッキリキッパリと断られた。
でも、僕なんかと一緒に居る事で、先輩が下に見られるんじゃないかって…
周りが、なんでアイツなんかと?って思ってる空気を、日々ものすごく感じていたから。
片耳が聴こえないのも、みんなより劣ってる象徴的な事として、噂されてるのも、実は知っている。そういう事だけは、しっかりと聴こえてしまうんだ。
アイツ、会話のテンポ悪いよな。
なんか、片方聴こえないらしいよ?
まじ?へぇ〜ダメじゃん。そりゃ、コミュ障にもなるよな。
軽い笑いと共に、そんな会話が、聴きたくなくても入ってくる。
他人事だから、簡単に済まされる事だろうけど…
僕にとっては、日常の高い壁。
でも、だからといって、自分が酷く不幸だとも思って無かったし、特別ダメな存在とも思ってなかった。
先輩と居るようになるまでは…
明らかに、天と地の差がある事は明白で。
まるで宝石と石ころが横に並べられているみたいだ。
それなのに、先輩は、僕と友達で居る事を辞めないと言う。
なぜだろうって、疑問がずっとあるのに、面と向かっては聞けなかった。
でも、このままでは…
僕自身が自滅してしまいそうで。
ダメな所とか、目を瞑る事が出来なくなりそうで…プラスに考える事より、マイナス面に拘ってしまう。
そういうのが、怖くなって。
「あの、先輩…えっと、先輩は…どうして」
ガラッ
大きな音と共に
「やっぱり〜ここにいた!!お前、最近、昼休みに、す〜ぐ、どっか居くなるから、オ〜イ、友森!陽岡が居たぞ!」
先輩の仲の良いイケメン2人が入ってきた。
佐久間先輩と友森先輩だ。
「んで、誰?このちんまりとした子」
「なんか、妙に可愛い気もするけど…ねぇ、君、お菓子いる?」
戸惑いつつも、出されたグミを受け取ろうとすると
「知らない人からお菓子を貰ってはいけません!」
陽岡先輩から止められる。
「なにそれっ!お前だけ、なんか、可愛いのを囲っておくとか、ズルくない〜?」
「そーだそーだ!」
佐久間先輩と友森先輩は、2人で面白がってるのか、笑いながら文句言ってる。
ちょっと待って…イケメンって、美しいが故に、不出来な物に興味を示す習慣でもあるのか?
「とにかく、成海はダメだぞ!近寄るな!シッシッ」
「へぇ〜成海くんっていうのか〜よしよし」
突然、佐久間先輩が僕の頭を撫で撫でしてくる。
「触んなって!」
陽岡先輩は、僕を後ろから抱きしめて、ガードした。
えっと、この状況はなんでしょうか?
更に面白がって、2人の先輩が僕を触ろうとするので、僕を抱き留めている先輩の手にチカラが入る…
「く、苦しいで…す」
「うわっ、ごめん」
陽岡先輩はすぐに離れて、僕の頭を撫でた。
「浄化しとかないと…」
佐久間先輩が撫でた後を、何度も撫でられる。少しくすぐったい。
「なにそれ〜酷い〜ぷんぷん!俺が悪霊みたいに言うなよ〜」
佐久間先輩は、ブーブー言ってる。
「それにしても、陽岡、お前マジで変わったな…(笑)」
友森先輩は、ニヤニヤしながら言ってくる。
「そうそう!コイツ毎日毎日、仏頂面で、俺らと過ごしてたのに…それが、何?今?ちょっとご覧になりました〜?」
「えぇ!見ましたとも〜デレッデレな陽岡さんを〜この目で!しかと!」
漫才ネタみたいな2人のやり取りを、僕はポカーンと眺めていて。
デレてる?そうかな?
ちょっとだけ気になって、陽岡先輩の腕の中で少しだけ向きを変えて下から覗く。
相変わらず、凛々しい御尊顔しか無いのだけど…
「デレてませんよ?先輩は。今も、ものすごく端正なお顔されてますけど?」
僕はしょうめんに向き直り答えると
「一瞬にして顔直しやがった!ほら、今!今だ!振り向け!成海くん!」
友森先輩がヤンヤと囃し立てるから、振り向いたけど、やっぱり…スッとした美しいお顔があるだけ。
「もう、お前らどっか行け、邪魔すんな…」
「あらっ!お聞きになりましたぁ?友森の奥さまっ!」
「ええ!我が耳を疑いたくなるほどの悪態ですわよね!佐久間の奥さま!酷いわねぇ〜お友達に向かって、邪魔ですって」
「マ、ジ、ウ、ザ、イ…」
重たい声が上から落ちてくる。
「へいへい、本格的に嫌われる前に退散するよ(笑)」
「またね、成海くん!僕らとも、また遊んでねっ」
非常に賑やかな2人は、ドアを開けて去って行った。
「アイツら…」
「先輩達、本当に面白いですね。むしろ、僕がお邪魔だったと思うんですけど…本当に良かったんですか?」
「いい…てか…成海って…俺の腕の中に、すっぽりだな。もうちょっとこのままでも良い?」
「えっ?いや…僕なんかで良ければ…どうぞ」
身長も高くてスポーツしてる先輩と帰宅部で、ひ弱な僕とは、かなりの体格差がありそうだった。
抱きしめられた状況に戸惑いつつ、考えてみたけど、友達って、こういうもんなのかな?
分からぬ…ぐぬぬ
あぁ、そっか、ペット的な感じなんだと解釈する。納得納得!
でも、距離が近くて、ドキドキしてしまうのは、どうしようもない。
同性なのに…って思うけど、早鐘を鳴らす心臓は、自分のものなのに、コントロール不可能だ。
首元に掛かる息が、少しくすぐったい。
まだ春先だから、汗をかくはずはないんだけど、じんわりと身体が暖かくなって…
ふと、僕の首筋に…
湿った何かが、触れたような気がしたけど…
まさかね。
どんな妄想してるんだよ…って言いたくなった。
ただ、ペットを構うみたいにしてるだけなんだから、意識するな…って自分を戒めた。
そして、僕の横の髪の毛を梳く先輩の手は、ペットをトリミングするトリマーの手だと思い込む。
でも、大事そうに触れられるという事が、こんな風に気持ちが良い物なのだと初めて知った。
ペットを愛でるとは、まさに、こういう事なのだろうか?
しかし、愛でられる対象は、僕で合ってるのだろうか?
もっと、他に相手がいる気がするし。
僕なんかには、とても勿体無いように思える。
かといって、やめて欲しいなんて言えないし、やめてほしくない。
それくらい、とても心地良かった。
身体がつい弛緩してしまい、何度もシャキッと力を入れてみるんだけど、しばらくすると緩くなり、その繰り返し。
「気持ちいいの?」
「あっ、はい…とても良いです」
「そっか、良かった。じゃ、また時々、撫でさせて欲しい…」
一瞬、答えに詰まる。
また?
撫でる?
うーん。それって、嬉しいけど…いいのかな?
「ダメか…」
なんだか、ションボリされてしまって、慌てて答えた
「ペット代わりですね…了解致しました!僕なんかで良ければ、いつでもどうぞお使いください」
チョロいな…僕って。
チャイムが鳴ると、やっと離れた僕ら。
離れると、なんだか…少し寂しい気持ちになってしまった。
それから、毎日…
先輩から教えて貰う勉強の場は、教室から、美術準備室に移り…その事には、とてもホッとしたけど。
昼休みには、一緒にお弁当を食べて、勉強して、最後に…ハグという癒しタイムオプションが追加されてしまった。
「そうだ!今日は、前から抱っこさせて」
え?
前から?どゆこと?
丸椅子に座っていた先輩は、両手を広げていてて、その尊い太ももの上に座れって…しかも、向かい合わせに。
これって?
普通?
友達でするの?
おずおずと、言われるがままに、失礼します…と跨るように乗っかる。
横向きが正解だったのかも?と、あまりの密着具合に、失敗したと知る。
「重たくありませんか?」
「重たくないよ全然。むしろ、もう少し、肉付けな〜軽すぎだよ」
ギュっと背中に回された両腕が僕を囲み、トントンって背中を叩かれる。
僕は、手をダランと下に垂れたまま、左の肩口に頭を預ける形になった。
ドク、ドク…と、先輩の心臓の音が僕の左の耳から聞こえる。
早いのか遅いのか分からないけど、その音に、耳を傾けた。
「心臓の音…しますね。こんなふうに人の心音聴くの初めてです」
先輩からは、身体の中を通じて、くぐもった音というか…何かの言葉が聞こえたんだけど。
僕の左の耳からは、先輩の心音だけ。
右耳の聞き取りが出来ないので。
なんて言ったかは、分からない。
ただ、とても…静かで、穏やかな…
そんな時間が、流れた。
でも、いくら軽めの体重とはいえ、男だし、そろそろ離れようかと、脚に力を入れたけど、抱き止められた僕の身体は全く動かず。
静寂からの…
ガラリと開け放たれた扉。
「おっと、お邪魔さんだったかな?」
佐久間先輩が入ってきた。
僕は慌てて立ち上がって、バランスを崩しそうになる。
陽岡先輩が僕の腕を持ち、なんとか転ばずに済んだ。
「邪魔…に決まってんだろ」
「まぁまぁ、そう、怖い顔すんなって。用事があってきたんだよ…お前、スマホ、机の上に置きっぱで、連絡つかないんだもんよ」
「なに?」
「あの、僕、先に戻りますね。勉強ありがとうございました」
僕はそそくさと退散した。
なんとなく、聞いてはならないような重たい空気を一瞬感じたから。
そこでふと、僕は、先輩の事をもっと知りたいと思っている事に気付いた。
実は…残って、重要そうな話を聞きたかったんだ。
そんな下衆な人間に成り下がってしまった自分が凄く嫌になりそうだった。
