先輩から、初めてのメッセージが届いたのは、連絡先を交換して3日後。
[どう?進んでる?続きは書けそう?何か要る物ある?]
執筆の進行状況を確認する編集者みたいだ…と思った。
[申し訳ございません。まだ暫くかかりそうです。何も不足はございません。ありがとうございます。]
文字にすると、余計に硬く感じるけど、そのまま送信した。
すると、笑うって感じの和菓子スタンプがピコンと返ってきた。
本当に和菓子が、好きなんだなぁ…と。
そして、先輩もスタンプとか使うんだ〜っていうのが新鮮で。
なんか、イメージとは全然違うと思った後、勝手なイメージを、持ってはいけないよな…と、反省しつつ、僕も、ぺこりってしてる猫のスタンプを返信した。
既読がついて、しばらく返信がない事を確認してアプリを閉じた。
その日も、いつものように図書室へ。
カウンターに居る司書の先生とは、もう顔馴染みになっていて、笑顔で挨拶してくれる。
僕は奥へと進む。
その方が静かだし、集中出来るから。
テーブルに原稿用紙を広げる。
アナログだけど、自分の手で文字を落としていくと、物語を着実に進めていってる感覚になるから好きなんだ。
書く手が疲れると、それだけ話が進められたという事。
最終的には、パソコンを立ち上げて、打ち込むんだけど…話が完成するまでは、この方法。
夏になる前、春にまだ、しがみついてるこの季節、窓は大きく開かれ、カーテンが舞っている。
グラウンドからは、部活をしてるだろう運動部の声が、なんとなく聞こえる。
陽岡先輩は、何部だっけ?バレー部だった気がする。この間、女子が体育館に観に行くって騒いでたから。
そっか、帰宅部の僕と違って、放課後は忙しいよな…
そんな事を思いながら、僕は原稿用紙に目を落とす。
続きかぁ…次はどんな展開にしようか…
ゆっくりと想像力の深海に落ちていこうとし始める。
その時、肩をトントンと叩かれた。
ビクリとして、顔を上げると、少し怪訝な顔をしている陽岡先輩と目が合う。
「あのさ…結構、何回も呼んだんだけど?」
「あっ!!」
僕は自分が先輩の方に右側を向けてるのに気付いて、急いで身体の向きを変える。
「すいません.僕、幼い時にかかった病気が原因で右耳が聴こえないんです」
自分の右耳を指差しながら話す。
先輩は表情を変える事無く、すっと僕の後ろを通り、反対側に座った。しかも、椅子はグッと僕に寄せながら。
「じゃ、これからは、こっち側が俺の指定席ね」
机に頰杖をして、こちらを向いてくる。
何かの映画のワンシーンみたいに。
そして、近い…非常に近い。
じっと見つめてくるその瞳は、光の加減なのか少し青みがかって見えた。
こんなにも麗しい顔面をこちらに向けられ、僕はどんな風な態度を取るのが普通なのか分からなかった。
すると、先輩の手が伸びてきて、僕の顔に触れる?とおもったら、垂れた横の髪を梳かれ…左耳にかけられた。
「うん、可愛い」
「えっ、先輩…あの、僕、男ですよ!可愛いっていうのは違うのではないでしょうか?」
「なんで?自分の可愛さ、分かってないのか…まぁ、自覚無くていいんだけど」
最後はボソボソ言ってるので半分くらいしか聴き取れなかった。
ん?って顔をすると、ふんわり笑われ
「で、どう?調子は?」
調子とは、小説の続きは書けたか?って事だと察する。
「いや、それが、ちょっと手が止まってしまいまして…お待たせしているのに申し訳ございません」
「別に、ゆっくりでいいよ。待ってるけど、急かしたくないし。じゃ、学校はどう?」
まさかの、生活相談なのか?
「普通…です。勉強は苦手ですし、友達は、そもそも出来にくいので、至って通常通りでございます」
「そうなの?勉強教えようか?割と得意だよ」
知ってる…完璧マンだって。
器量良し、頭脳良し、運動神経良しのパーフェクトだって。
そこまで集中しなくても、すぐ横で、大きな声でテンション高く話す女の子達の声は、よく聞こえてくるから。
自ら収集するまでも無く、陽岡先輩とそのお仲間の噂話は、どんどん入ってくる。
有名人は注目されて大変だな…と思っていた。
「先輩の、貴重なお時間を奪う訳にはいきません。僕なら大丈夫です」
「なんで断るの?もしかして、俺って、怖い?」
「そんなっ!そんな事は、ございません!」
「じゃ、いいじゃん。俺からどう?って聞い てるんだから、素直にうんって、言っときな」
「いやでも…」
「うん。は?ほらほら」
「では……はい。えっと、宜しくお願い致します。でも、ご迷惑になるようなら、即時撤収致しますので」
「迷惑は有り得ないね。よしよし、これで未来の人気作家に恩を売れるよ」
陽岡先輩は満足気に何度も頷くが、僕にはさっぱりこの状況が飲み込めない。
なんで、僕の文章を一度読んだだけで、ここまで親身になってくれるのか…
口にしてもいいのかどうか分からず。
もしかしたら、人生の宝くじにでも当たったかな、僕。
先輩は今日、部活が休みらしくて、どうやら、図書室に本を探しに来て、僕を見つけた…と。
どんな本を読むのか聞くと、ノージャンルだという答えが返ってきた。
なんとなく手に取った物は、とりあえず読むらしい。
面白いものは、1ページずつ、ゆっくり読んで、あまり興味を惹かれなかった作品は、サラッと速読するらしい。
それだけ読むなら、書きたくならないのかな…と思って
「ご自身では書かれないのですか?」
聞いたら…
俺には書けないって、そっけない返事が返ってきた。
読むのが好きな人も居るし、自分みたいに、書くのが好きな人も居る。
まぁ、それぞれだよな…
こうやって対面で会話する先輩は、穏やかで優しくて、割と会話もするし、なんなら微笑んでもくれる。
この間、お仲間さんと一緒に居るのを廊下で見かけた時は、こんな表情では無かった。
寡黙で、淡々としていて、相槌は打っていたけど、笑顔は無かった。
どちらが本当の彼なんだろう…って思ったけど。
まだ、会うのは2回目の僕には比較する何かが無い。
慣れてる友達にこそ、寡黙になるのかもしないし。
そこまで考えてから……気まぐれに話しかけてくれているだけだろうから、今後の事なんて気にしても仕方がない事だと思った。
目の前の彼は、僕の話をゆっくりと聞いてくれるが、こんなところを女子に見られたら、反感を買ってしまうのでは…と思い至り、焦った僕は、机の上を片付け始めた。
「あの、僕、そろそろ帰りますね…」
「え、もう?何か用事?」
「いえ、そういうわけでは…なぃですけど」
「なんで?」
ここで正直に言うべきかどうか悩んでいたら、急に手を取られた。
「じゃ、一緒に帰るか〜どっかでお茶してこ」
軽い感じに誘われてるけど、こんな簡単に知り合ってすぐに、お茶とかするもんなのかな?コミュ力の低い僕には、戸惑いしかなくて。
モタモタしていると…
「俺とお茶なんてしたくないかぁ…そっかァ…」
と非常に残念そうな顔をされてしまったので、慌てて訂正する。
「そんな事ないです!ただ、知り合ってすぐにお茶なんてするものなのかと…戸惑っただけでして」
「部活も無いし、もうちょっと一緒に居たかっただけなんだけどな…」
なんだか、先輩の口から出されるセリフに、一々ときめいてしまうんだけど…
男同士なんだから…と無理やり心を沈める。
「えっ!?あのっ、先輩……先輩は、いつもそんな感じなんですか?」
「そんな感じとは?」
「なんていうか、ちょっと…甘いといいますか」
「うーん…確かに、普通なら誘わないかも…ま、いいじゃん、とりあえずマック行こ」
普通なら誘わない…
そこの台詞、非常に気になるんですけどーーーー!
心の雄叫びは、隠して。
僕は、手を取られたまま、学校から徒歩10分のマックまで連れて行かれた。
学校に近いという事は…
沢山の同じ高校の学生が居るという事を、頭に入れてなかった……
むしろ、図書室の方が良かったんではないかってくらいに…マックの店内は僕と同じ制服の学生だらけ。
やってしまった……
注文の列に並んでる間も、落ち着かない。
そもそも狭い店内で、ガヤガヤしてるので、片耳の聴こえない僕には、相手の話を聞き取るのに難易度の高い、あまり嬉しくない場所。
学校から近くても、近くなくても、利用しない場所。1人なら良いんだけど、友達と来るのは、ちょっとハードルが高くて。
僕は、伝えて置かないと、むしろ迷惑になるのでは無いかと思って、言葉にした。
「先輩ごめんなさい。僕、言葉が聴き取れ無いかもしれないので、先に、言っておきますね」
こういう賑やかな場所は、音が聴き取りにくいので、あまり得意では無いこと。
そして、無視してるのでは無く、聴こえないだけなので気にしないで欲しいこと。
陽岡先輩は、嫌な顔1つするとこ無く、むしろ気付かなかった事を丁寧に詫びてくれて。
分からなくて当然の事ですから…って返したけど、シュンとして、ものすごく落ち込んで見えた。
そんな、先輩越しの向こうに座っている女子学生と目が合った。
向こうは途端に目を伏せたけど…
よく見たら、あっちもこっちも、チラチラとこちらを伺う視線があった。
待ってる間の数分でも、周りからの熱い視線を感じる。先輩はいつもの事に慣れているのが、それについては、一向に気にする様子は無い。それよりも、僕に対して、ここに連れてきた事を何度も謝ってくれるだけで。
ジリジリと列が進み、僕たち2人の番になった。
よく考えたら、注文の仕方がよく分からなくて、要領の得ない僕は、つい先輩を見上げてしまう。
どれにする?って、メニューを指差して、次はここから選んで…って感じで、教えてくれた。
僕は汗をかきつつ、何とか注文すると、先輩も続けて注文する。
会計は、スマホで決済されてしまい。
僕がアタフタと財布を取り出すと手で制された。
店員さんから
「店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」
「持ち帰ります」
てっきり、店内で食べるとばかり思っていた僕は、ポカーンとした。
先輩は、2人分のハンバーガーのセットが入った袋を左手に持ち、先輩の右手は僕の左手を掴んだ。
僕の聴こえる方の耳の側に来てくれた事が明らかに分かって、思わずキュンとしてしまった。
なんだよ…キュンって…って、一人ツッコミを入れる事も忘れなかったけど。
「あっ、どこに行くんですか?」
「ごめんな、近くに座れる所があったらいいんだけど…」
「あ、公園とか…?」
あいにく、近くに公園は無い。
なので、たまり場としてのマックが人気なのもある…
先輩は、思案したあと…
「うち、歩いて10分で着くんだけど…いい?」
自宅!!!?
先輩の自宅ですか?!
どうやら、表情に出てたらしい。
「襲ったりしないから…」
「いや、そんな事は考えておりません!むしろ、僕なんかに自宅を教えて大丈夫ですか?!!」
ガードが甘すぎやしないかと心配になってしまった。
「大丈夫、学校の人は誰も知らない」
なら、尚更、僕なんかが…と言いかけたところで
「冷めちゃうから、おいでよ」
結局押し切られてしまった。
陽岡先輩の自宅は、まさに和風な作りの重厚
な雰囲気の邸宅で。
古いだけの家だよ…と案内されたが、全くそんな感じのしない、手入れの届いた家だった。
「母の実家なんだ。って言っても、祖父母も亡くなってるし、母と2人にこの家は広すぎて…あんまり好きじゃないんだけど」
とても寂しそうに見えて、僕はどう励ましたらいいのか分からなかった。
でも、どうにか励ましたい想いに駆られて…
「じゃ、これからは、時々僕が来て、賑やかに…はらないですけど、勉強教えて頂いたりして…ご迷惑じゃなければ…また来ますよ!!」
「ありがとうな、そうしてやってよ」
重たい気分を変えようと、和風邸宅とマックって、最高にアンバランスですね…と言うと、先輩も楽しそうに笑っていた。
二人で向かい合って、先輩が食べる姿を眺めているうちに、僕は改めて、2人きりという状況を実感してしまう。
「あ、あの……えっと、ほんとに僕、お邪魔して良かったんですか?」
「まだ言うの?しかも、また来るってさっき言ったばっかりだよな」
でも、僕にとっては、先輩は学校中の人気者で、とてもじゃないけど、こんな場所に居る自分は、想定外で…
「先輩は学校の大変な人気者でいらっしゃいますし、僕には雲の上の人過ぎて、緊張します…」
「あー。見た目が小綺麗ってだけだよ。別にみんな俺の中身まで知って騒いでる訳じゃない。特別な価値なんか無い」
僕はとても驚いた。
ものすごく人気があっても、こんな寂しそうな顔をする先輩に、少しだけ親近感を覚えてしまう。
「じゃ、あの!!僕が、中身をちゃんと知ってからも素敵だと思ったら、もっと自信持ってくださいますか?」
自分の口からこんな台詞が出るなんて思ってもみなかった。
「ありがとう。じゃ、友達になってくれるの?」
「是非とも、お友達になりましょう!!」
高校生にもなって…
友達になろう?なんて、真正面から言われ、自分からもまさかの友達宣言をするとは…
先輩がとても嬉しそうに笑ってるので…
恥ずかしさよりも、嬉しさが勝ってしまった。
[どう?進んでる?続きは書けそう?何か要る物ある?]
執筆の進行状況を確認する編集者みたいだ…と思った。
[申し訳ございません。まだ暫くかかりそうです。何も不足はございません。ありがとうございます。]
文字にすると、余計に硬く感じるけど、そのまま送信した。
すると、笑うって感じの和菓子スタンプがピコンと返ってきた。
本当に和菓子が、好きなんだなぁ…と。
そして、先輩もスタンプとか使うんだ〜っていうのが新鮮で。
なんか、イメージとは全然違うと思った後、勝手なイメージを、持ってはいけないよな…と、反省しつつ、僕も、ぺこりってしてる猫のスタンプを返信した。
既読がついて、しばらく返信がない事を確認してアプリを閉じた。
その日も、いつものように図書室へ。
カウンターに居る司書の先生とは、もう顔馴染みになっていて、笑顔で挨拶してくれる。
僕は奥へと進む。
その方が静かだし、集中出来るから。
テーブルに原稿用紙を広げる。
アナログだけど、自分の手で文字を落としていくと、物語を着実に進めていってる感覚になるから好きなんだ。
書く手が疲れると、それだけ話が進められたという事。
最終的には、パソコンを立ち上げて、打ち込むんだけど…話が完成するまでは、この方法。
夏になる前、春にまだ、しがみついてるこの季節、窓は大きく開かれ、カーテンが舞っている。
グラウンドからは、部活をしてるだろう運動部の声が、なんとなく聞こえる。
陽岡先輩は、何部だっけ?バレー部だった気がする。この間、女子が体育館に観に行くって騒いでたから。
そっか、帰宅部の僕と違って、放課後は忙しいよな…
そんな事を思いながら、僕は原稿用紙に目を落とす。
続きかぁ…次はどんな展開にしようか…
ゆっくりと想像力の深海に落ちていこうとし始める。
その時、肩をトントンと叩かれた。
ビクリとして、顔を上げると、少し怪訝な顔をしている陽岡先輩と目が合う。
「あのさ…結構、何回も呼んだんだけど?」
「あっ!!」
僕は自分が先輩の方に右側を向けてるのに気付いて、急いで身体の向きを変える。
「すいません.僕、幼い時にかかった病気が原因で右耳が聴こえないんです」
自分の右耳を指差しながら話す。
先輩は表情を変える事無く、すっと僕の後ろを通り、反対側に座った。しかも、椅子はグッと僕に寄せながら。
「じゃ、これからは、こっち側が俺の指定席ね」
机に頰杖をして、こちらを向いてくる。
何かの映画のワンシーンみたいに。
そして、近い…非常に近い。
じっと見つめてくるその瞳は、光の加減なのか少し青みがかって見えた。
こんなにも麗しい顔面をこちらに向けられ、僕はどんな風な態度を取るのが普通なのか分からなかった。
すると、先輩の手が伸びてきて、僕の顔に触れる?とおもったら、垂れた横の髪を梳かれ…左耳にかけられた。
「うん、可愛い」
「えっ、先輩…あの、僕、男ですよ!可愛いっていうのは違うのではないでしょうか?」
「なんで?自分の可愛さ、分かってないのか…まぁ、自覚無くていいんだけど」
最後はボソボソ言ってるので半分くらいしか聴き取れなかった。
ん?って顔をすると、ふんわり笑われ
「で、どう?調子は?」
調子とは、小説の続きは書けたか?って事だと察する。
「いや、それが、ちょっと手が止まってしまいまして…お待たせしているのに申し訳ございません」
「別に、ゆっくりでいいよ。待ってるけど、急かしたくないし。じゃ、学校はどう?」
まさかの、生活相談なのか?
「普通…です。勉強は苦手ですし、友達は、そもそも出来にくいので、至って通常通りでございます」
「そうなの?勉強教えようか?割と得意だよ」
知ってる…完璧マンだって。
器量良し、頭脳良し、運動神経良しのパーフェクトだって。
そこまで集中しなくても、すぐ横で、大きな声でテンション高く話す女の子達の声は、よく聞こえてくるから。
自ら収集するまでも無く、陽岡先輩とそのお仲間の噂話は、どんどん入ってくる。
有名人は注目されて大変だな…と思っていた。
「先輩の、貴重なお時間を奪う訳にはいきません。僕なら大丈夫です」
「なんで断るの?もしかして、俺って、怖い?」
「そんなっ!そんな事は、ございません!」
「じゃ、いいじゃん。俺からどう?って聞い てるんだから、素直にうんって、言っときな」
「いやでも…」
「うん。は?ほらほら」
「では……はい。えっと、宜しくお願い致します。でも、ご迷惑になるようなら、即時撤収致しますので」
「迷惑は有り得ないね。よしよし、これで未来の人気作家に恩を売れるよ」
陽岡先輩は満足気に何度も頷くが、僕にはさっぱりこの状況が飲み込めない。
なんで、僕の文章を一度読んだだけで、ここまで親身になってくれるのか…
口にしてもいいのかどうか分からず。
もしかしたら、人生の宝くじにでも当たったかな、僕。
先輩は今日、部活が休みらしくて、どうやら、図書室に本を探しに来て、僕を見つけた…と。
どんな本を読むのか聞くと、ノージャンルだという答えが返ってきた。
なんとなく手に取った物は、とりあえず読むらしい。
面白いものは、1ページずつ、ゆっくり読んで、あまり興味を惹かれなかった作品は、サラッと速読するらしい。
それだけ読むなら、書きたくならないのかな…と思って
「ご自身では書かれないのですか?」
聞いたら…
俺には書けないって、そっけない返事が返ってきた。
読むのが好きな人も居るし、自分みたいに、書くのが好きな人も居る。
まぁ、それぞれだよな…
こうやって対面で会話する先輩は、穏やかで優しくて、割と会話もするし、なんなら微笑んでもくれる。
この間、お仲間さんと一緒に居るのを廊下で見かけた時は、こんな表情では無かった。
寡黙で、淡々としていて、相槌は打っていたけど、笑顔は無かった。
どちらが本当の彼なんだろう…って思ったけど。
まだ、会うのは2回目の僕には比較する何かが無い。
慣れてる友達にこそ、寡黙になるのかもしないし。
そこまで考えてから……気まぐれに話しかけてくれているだけだろうから、今後の事なんて気にしても仕方がない事だと思った。
目の前の彼は、僕の話をゆっくりと聞いてくれるが、こんなところを女子に見られたら、反感を買ってしまうのでは…と思い至り、焦った僕は、机の上を片付け始めた。
「あの、僕、そろそろ帰りますね…」
「え、もう?何か用事?」
「いえ、そういうわけでは…なぃですけど」
「なんで?」
ここで正直に言うべきかどうか悩んでいたら、急に手を取られた。
「じゃ、一緒に帰るか〜どっかでお茶してこ」
軽い感じに誘われてるけど、こんな簡単に知り合ってすぐに、お茶とかするもんなのかな?コミュ力の低い僕には、戸惑いしかなくて。
モタモタしていると…
「俺とお茶なんてしたくないかぁ…そっかァ…」
と非常に残念そうな顔をされてしまったので、慌てて訂正する。
「そんな事ないです!ただ、知り合ってすぐにお茶なんてするものなのかと…戸惑っただけでして」
「部活も無いし、もうちょっと一緒に居たかっただけなんだけどな…」
なんだか、先輩の口から出されるセリフに、一々ときめいてしまうんだけど…
男同士なんだから…と無理やり心を沈める。
「えっ!?あのっ、先輩……先輩は、いつもそんな感じなんですか?」
「そんな感じとは?」
「なんていうか、ちょっと…甘いといいますか」
「うーん…確かに、普通なら誘わないかも…ま、いいじゃん、とりあえずマック行こ」
普通なら誘わない…
そこの台詞、非常に気になるんですけどーーーー!
心の雄叫びは、隠して。
僕は、手を取られたまま、学校から徒歩10分のマックまで連れて行かれた。
学校に近いという事は…
沢山の同じ高校の学生が居るという事を、頭に入れてなかった……
むしろ、図書室の方が良かったんではないかってくらいに…マックの店内は僕と同じ制服の学生だらけ。
やってしまった……
注文の列に並んでる間も、落ち着かない。
そもそも狭い店内で、ガヤガヤしてるので、片耳の聴こえない僕には、相手の話を聞き取るのに難易度の高い、あまり嬉しくない場所。
学校から近くても、近くなくても、利用しない場所。1人なら良いんだけど、友達と来るのは、ちょっとハードルが高くて。
僕は、伝えて置かないと、むしろ迷惑になるのでは無いかと思って、言葉にした。
「先輩ごめんなさい。僕、言葉が聴き取れ無いかもしれないので、先に、言っておきますね」
こういう賑やかな場所は、音が聴き取りにくいので、あまり得意では無いこと。
そして、無視してるのでは無く、聴こえないだけなので気にしないで欲しいこと。
陽岡先輩は、嫌な顔1つするとこ無く、むしろ気付かなかった事を丁寧に詫びてくれて。
分からなくて当然の事ですから…って返したけど、シュンとして、ものすごく落ち込んで見えた。
そんな、先輩越しの向こうに座っている女子学生と目が合った。
向こうは途端に目を伏せたけど…
よく見たら、あっちもこっちも、チラチラとこちらを伺う視線があった。
待ってる間の数分でも、周りからの熱い視線を感じる。先輩はいつもの事に慣れているのが、それについては、一向に気にする様子は無い。それよりも、僕に対して、ここに連れてきた事を何度も謝ってくれるだけで。
ジリジリと列が進み、僕たち2人の番になった。
よく考えたら、注文の仕方がよく分からなくて、要領の得ない僕は、つい先輩を見上げてしまう。
どれにする?って、メニューを指差して、次はここから選んで…って感じで、教えてくれた。
僕は汗をかきつつ、何とか注文すると、先輩も続けて注文する。
会計は、スマホで決済されてしまい。
僕がアタフタと財布を取り出すと手で制された。
店員さんから
「店内でお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」
「持ち帰ります」
てっきり、店内で食べるとばかり思っていた僕は、ポカーンとした。
先輩は、2人分のハンバーガーのセットが入った袋を左手に持ち、先輩の右手は僕の左手を掴んだ。
僕の聴こえる方の耳の側に来てくれた事が明らかに分かって、思わずキュンとしてしまった。
なんだよ…キュンって…って、一人ツッコミを入れる事も忘れなかったけど。
「あっ、どこに行くんですか?」
「ごめんな、近くに座れる所があったらいいんだけど…」
「あ、公園とか…?」
あいにく、近くに公園は無い。
なので、たまり場としてのマックが人気なのもある…
先輩は、思案したあと…
「うち、歩いて10分で着くんだけど…いい?」
自宅!!!?
先輩の自宅ですか?!
どうやら、表情に出てたらしい。
「襲ったりしないから…」
「いや、そんな事は考えておりません!むしろ、僕なんかに自宅を教えて大丈夫ですか?!!」
ガードが甘すぎやしないかと心配になってしまった。
「大丈夫、学校の人は誰も知らない」
なら、尚更、僕なんかが…と言いかけたところで
「冷めちゃうから、おいでよ」
結局押し切られてしまった。
陽岡先輩の自宅は、まさに和風な作りの重厚
な雰囲気の邸宅で。
古いだけの家だよ…と案内されたが、全くそんな感じのしない、手入れの届いた家だった。
「母の実家なんだ。って言っても、祖父母も亡くなってるし、母と2人にこの家は広すぎて…あんまり好きじゃないんだけど」
とても寂しそうに見えて、僕はどう励ましたらいいのか分からなかった。
でも、どうにか励ましたい想いに駆られて…
「じゃ、これからは、時々僕が来て、賑やかに…はらないですけど、勉強教えて頂いたりして…ご迷惑じゃなければ…また来ますよ!!」
「ありがとうな、そうしてやってよ」
重たい気分を変えようと、和風邸宅とマックって、最高にアンバランスですね…と言うと、先輩も楽しそうに笑っていた。
二人で向かい合って、先輩が食べる姿を眺めているうちに、僕は改めて、2人きりという状況を実感してしまう。
「あ、あの……えっと、ほんとに僕、お邪魔して良かったんですか?」
「まだ言うの?しかも、また来るってさっき言ったばっかりだよな」
でも、僕にとっては、先輩は学校中の人気者で、とてもじゃないけど、こんな場所に居る自分は、想定外で…
「先輩は学校の大変な人気者でいらっしゃいますし、僕には雲の上の人過ぎて、緊張します…」
「あー。見た目が小綺麗ってだけだよ。別にみんな俺の中身まで知って騒いでる訳じゃない。特別な価値なんか無い」
僕はとても驚いた。
ものすごく人気があっても、こんな寂しそうな顔をする先輩に、少しだけ親近感を覚えてしまう。
「じゃ、あの!!僕が、中身をちゃんと知ってからも素敵だと思ったら、もっと自信持ってくださいますか?」
自分の口からこんな台詞が出るなんて思ってもみなかった。
「ありがとう。じゃ、友達になってくれるの?」
「是非とも、お友達になりましょう!!」
高校生にもなって…
友達になろう?なんて、真正面から言われ、自分からもまさかの友達宣言をするとは…
先輩がとても嬉しそうに笑ってるので…
恥ずかしさよりも、嬉しさが勝ってしまった。
