僕は蜜木の腕を引っ張って自分の席まで連れて行くと、机の上に広げたままになっていた号外を指差した。
「この件について説明しろ!」
蜜木の視線が僕の顔から僕の指先へ、僕の指先から机の上の号外へ、滑り台を滑るように移っていく。
「わぁ。これ、昨日の放課後のインタビュー?もう記事になったんだ。新聞部は仕事が早いんだねぇ」
「いやぁ、それほどでも」
鴉取先輩が笑みを浮かべて謙遜する。
そこで初めて鴉取先輩の存在に気がついたらしい蜜木が、僕を蚊帳の外にして鴉取先輩と談笑を始める。
「おはようございます、鴉取先輩。次は会長のインタビューが載るんですよね?楽しみだなぁ。あ、もちろん会長の写真も掲載されるんですよね?」
「はい。蜜木くんのご希望通り、しっかりと会長の写真を載せますよ。ああそうだ。次回も蜜木くんの写真を一枚掲載させてもらえるのであれば、蜜木くんにはチェキ風印刷した会長の写真を差し上げます。……いかがですか?」
「よろこんで協力します」
「ありがとう蜜木くん!あとこれは僕からの提案ですが、掲載する会長の写真を、蜜木くんとのツーショットにするのはどうでしょう?」
「最高です。ぜひお願いします。鴉取先輩、ありがとうございます」
蜜木と鴉取先輩がどちらともなく右手を差し出し、頷き合いながら固い握手を交わした。僕の目の前で僕を抜きにして僕に関わるなんらかの取引が成立した瞬間であった。
「僕を仲間外れにするな!」
僕は飛び込むようにその間に入り、両手を広げて二人を剥がした。名状しがたい危機感を感じたのである。
そこで朝のホームルームの予鈴が鳴った。鴉取先輩は黒板の上の時計を見上げて、「ああ。もうこんな時間か。ではお二人とも、また後で」と言い残し、慌てた様子で二年の教室を出ていった。二年の教室と三年の教室は階が違うので、ここからだと全力疾走しないと間に合わないだろう。
廊下にいたクラスメイトたちは予鈴を聞いてぞろぞろと教室へ入ってきた。
号外を読んだのであろうクラスメイトたちは好奇の目で僕を見ていた。品行方正真面目な僕が発明なんていうトンチキな部活に入ったというのだ。驚くのも無理はない。いや、実際には入ってないのだが、今の僕にはそれを否定することができないのである。
なぜ否定できないのか。
蜜木がインタビューで僕が発明部に入部したと嘘をついたからだ。そして、これが最大の謎なのだが、僕が書いた入部届があるからだ。
僕の目の前に立ったままの蜜木を見上げた。僕と目があって「ん?」と笑顔で首を傾げた蜜木に、「どうなっているんだ」と尋ねたところで、副担任の富和先生が気だるそうに教室に入ってきた。
「はい。席につけ〜」
覇気も威厳もない一声だったが、それに反抗するような問題児はこの学校にいないのである。まだ席に着いていなかった生徒は小走りで席へ戻り、僕ももどかしさを奥歯で噛み締めながら大人しく席に着いた。蜜木との会話は強制終了である。不良生徒蜜木も、こちらをチラチラと振り返りながら自分の席に着いていた。蜜木は不良生徒であるが、先生に反抗したり他者に攻撃的な態度を取ることはない。平和的な不良生徒なのである。
朝のホームルームが始まる。ホームルームでは、富和先生が自転車通学の生徒に向けて自転車通学時の校則の徹底について話していた。自宅から歩いて通学している僕には関係のない話であったが、生徒会長として耳を傾けるべき話であった。しかし、僕はすっかり上の空であった。頭の中のなぜ?が水に浸した乾燥わかめのように増殖して、思考のスペースを埋め尽くしていたのである。
ホームルームの後、そのまま富和先生が担当する一限目が始まった。教科は国語である。
授業が始まっても、僕の頭の中の疑問符は増えるばかりで少しも授業に身が入らなかった。
これは由々しき事態である。
どういうことなのか、今すぐ蜜木に説明してほしい。けれど蜜木の席は僕の斜め前で、富和先生に咎められず会話ができる距離ではないのである。
悩んだ末に、僕は大きな決断をした。
まず、ノートの一番後ろのページを、音が出ないようにゆっくりと慎重に破った。
その破ったページに『なぜ僕が発明部に入部することになっている?説明してほしい』と一行書いて、小さく折りたたむ。
ここからが大勝負である。僕は富和先生が黒板の方を向いたタイミングを見計らって、それを斜め前の蜜木の机の上に投げた。
心臓がバクバクと鳴った。授業中に手紙を回すなんてことは、当然初めての経験であった。
生徒会長でありながら、授業中に手紙を回すなど言語道断。けれど、気になって気になって仕方がないのである。
手紙は無事に蜜木の机の上へ、コツンと小さな音を立てて落ちた。
手紙に気がついた蜜木が、すぐに後ろを振り向く。手紙の差出人がまさか僕だとは思っていなかったようで、蜜木は真後ろの小屋場くんを見た。蜜木と目があった小屋場くんは「ちがうよ」と小さな声で否定して首を横に振ったあと、隣の僕を遠慮がちに指差した。
自然と目が合う僕と蜜木。
小さく頷いてみると、蜜木は目を見開いた後、勢いよく前へ向き直ってガサガサと手紙を開き始めた。
もっと静かに開けろ蜜木和!
僕は心の中で悲鳴を上げた。先生に気がつかれないように回し読むという、僕でも知っている手紙回しの暗黙のルールを蜜木は知らないらしい。
蜜木は手紙を読んだ後、難しいテストの答案用紙を埋めている時のように、頬杖をついて返信の内容を考えている様子だった。何かを思いついたように書き込み始めたかと思えば、消しゴムで消して。また書いては消して。書けない漢字があったのか、途中で何度か机の上の国語辞典を開いたりもしていた。
どんな返事が返ってくるのだろう。少しだけワクワクした。
返事を書き終わったらしき蜜木が、手紙を小さく折りたたむ。
上手く見つからないように回してくれるだろうかと、ハラハラしながらその時を待った。
そんな僕の懸念などお構いなしの蜜木は、富和先生の視線など全く気にしていない様子で堂々と後ろを振り向いて、腕を伸ばして僕の机の隅にその手紙を置いた。
再び僕は心の中で悲鳴を上げた。
ちょうど富和先生はその寸前こちらに背を向けて板書を始めていたのでギリギリのところで見つからずに済んだものの、タイミングが少しでも前後していたら見つかっていただろう。身の縮む思いがした。
素早く手紙を回収すると、机に立てた教科書に隠して富和先生から見えないように手紙を開く。
『昼休みに発明部の部室で説明してあげる』
ノートの罫線を無視して書いているところが協調性のない蜜木らしい。
ふと視線を感じて顔を上げた。斜め前の席の蜜木が、片肘を椅子の背もたれの上に乗せてまだこちらを向いていた。
「お楽しみに」
蜜木が小さな声で僕にそう言って、いたずらっぽく目を細めた。
「前を向け」
口パクで伝えた僕の忠告も虚しく、蜜木はその後すぐ富和先生から「蜜木。前を向け」と、名指しで注意されていた。僕は反射的に蜜木から視線を外して無関係を装う。見捨てるみたいで可哀想だが、隠密行動が下手くそな蜜木が悪いのである。
しぶしぶといった様子で蜜木が前を向いたのを確認してから、僕は寝かせた鉛筆の芯で、文字が書かれた形跡のある余白を撫でるように塗った。
時間をかけていたわりに文章が短すぎるのである。あれだけ悩んで、蜜木和は何を書いていたのか。そして、何を消したのか。
一度書いた文字は消しゴムで消しても筆跡の凹が残るので、こうすることで消した文字が白く浮かび上がってくるのである。探偵小説で仕入れた知識だ。
品のないことだとは理解している。だが、好奇心が人より少し高い僕は、小骨が喉の奥にひっかかったみたいに気になったのである。
目論見通り、やがてそれは白く浮かび上がってきた。
『俺のこと嫌い?』
「この件について説明しろ!」
蜜木の視線が僕の顔から僕の指先へ、僕の指先から机の上の号外へ、滑り台を滑るように移っていく。
「わぁ。これ、昨日の放課後のインタビュー?もう記事になったんだ。新聞部は仕事が早いんだねぇ」
「いやぁ、それほどでも」
鴉取先輩が笑みを浮かべて謙遜する。
そこで初めて鴉取先輩の存在に気がついたらしい蜜木が、僕を蚊帳の外にして鴉取先輩と談笑を始める。
「おはようございます、鴉取先輩。次は会長のインタビューが載るんですよね?楽しみだなぁ。あ、もちろん会長の写真も掲載されるんですよね?」
「はい。蜜木くんのご希望通り、しっかりと会長の写真を載せますよ。ああそうだ。次回も蜜木くんの写真を一枚掲載させてもらえるのであれば、蜜木くんにはチェキ風印刷した会長の写真を差し上げます。……いかがですか?」
「よろこんで協力します」
「ありがとう蜜木くん!あとこれは僕からの提案ですが、掲載する会長の写真を、蜜木くんとのツーショットにするのはどうでしょう?」
「最高です。ぜひお願いします。鴉取先輩、ありがとうございます」
蜜木と鴉取先輩がどちらともなく右手を差し出し、頷き合いながら固い握手を交わした。僕の目の前で僕を抜きにして僕に関わるなんらかの取引が成立した瞬間であった。
「僕を仲間外れにするな!」
僕は飛び込むようにその間に入り、両手を広げて二人を剥がした。名状しがたい危機感を感じたのである。
そこで朝のホームルームの予鈴が鳴った。鴉取先輩は黒板の上の時計を見上げて、「ああ。もうこんな時間か。ではお二人とも、また後で」と言い残し、慌てた様子で二年の教室を出ていった。二年の教室と三年の教室は階が違うので、ここからだと全力疾走しないと間に合わないだろう。
廊下にいたクラスメイトたちは予鈴を聞いてぞろぞろと教室へ入ってきた。
号外を読んだのであろうクラスメイトたちは好奇の目で僕を見ていた。品行方正真面目な僕が発明なんていうトンチキな部活に入ったというのだ。驚くのも無理はない。いや、実際には入ってないのだが、今の僕にはそれを否定することができないのである。
なぜ否定できないのか。
蜜木がインタビューで僕が発明部に入部したと嘘をついたからだ。そして、これが最大の謎なのだが、僕が書いた入部届があるからだ。
僕の目の前に立ったままの蜜木を見上げた。僕と目があって「ん?」と笑顔で首を傾げた蜜木に、「どうなっているんだ」と尋ねたところで、副担任の富和先生が気だるそうに教室に入ってきた。
「はい。席につけ〜」
覇気も威厳もない一声だったが、それに反抗するような問題児はこの学校にいないのである。まだ席に着いていなかった生徒は小走りで席へ戻り、僕ももどかしさを奥歯で噛み締めながら大人しく席に着いた。蜜木との会話は強制終了である。不良生徒蜜木も、こちらをチラチラと振り返りながら自分の席に着いていた。蜜木は不良生徒であるが、先生に反抗したり他者に攻撃的な態度を取ることはない。平和的な不良生徒なのである。
朝のホームルームが始まる。ホームルームでは、富和先生が自転車通学の生徒に向けて自転車通学時の校則の徹底について話していた。自宅から歩いて通学している僕には関係のない話であったが、生徒会長として耳を傾けるべき話であった。しかし、僕はすっかり上の空であった。頭の中のなぜ?が水に浸した乾燥わかめのように増殖して、思考のスペースを埋め尽くしていたのである。
ホームルームの後、そのまま富和先生が担当する一限目が始まった。教科は国語である。
授業が始まっても、僕の頭の中の疑問符は増えるばかりで少しも授業に身が入らなかった。
これは由々しき事態である。
どういうことなのか、今すぐ蜜木に説明してほしい。けれど蜜木の席は僕の斜め前で、富和先生に咎められず会話ができる距離ではないのである。
悩んだ末に、僕は大きな決断をした。
まず、ノートの一番後ろのページを、音が出ないようにゆっくりと慎重に破った。
その破ったページに『なぜ僕が発明部に入部することになっている?説明してほしい』と一行書いて、小さく折りたたむ。
ここからが大勝負である。僕は富和先生が黒板の方を向いたタイミングを見計らって、それを斜め前の蜜木の机の上に投げた。
心臓がバクバクと鳴った。授業中に手紙を回すなんてことは、当然初めての経験であった。
生徒会長でありながら、授業中に手紙を回すなど言語道断。けれど、気になって気になって仕方がないのである。
手紙は無事に蜜木の机の上へ、コツンと小さな音を立てて落ちた。
手紙に気がついた蜜木が、すぐに後ろを振り向く。手紙の差出人がまさか僕だとは思っていなかったようで、蜜木は真後ろの小屋場くんを見た。蜜木と目があった小屋場くんは「ちがうよ」と小さな声で否定して首を横に振ったあと、隣の僕を遠慮がちに指差した。
自然と目が合う僕と蜜木。
小さく頷いてみると、蜜木は目を見開いた後、勢いよく前へ向き直ってガサガサと手紙を開き始めた。
もっと静かに開けろ蜜木和!
僕は心の中で悲鳴を上げた。先生に気がつかれないように回し読むという、僕でも知っている手紙回しの暗黙のルールを蜜木は知らないらしい。
蜜木は手紙を読んだ後、難しいテストの答案用紙を埋めている時のように、頬杖をついて返信の内容を考えている様子だった。何かを思いついたように書き込み始めたかと思えば、消しゴムで消して。また書いては消して。書けない漢字があったのか、途中で何度か机の上の国語辞典を開いたりもしていた。
どんな返事が返ってくるのだろう。少しだけワクワクした。
返事を書き終わったらしき蜜木が、手紙を小さく折りたたむ。
上手く見つからないように回してくれるだろうかと、ハラハラしながらその時を待った。
そんな僕の懸念などお構いなしの蜜木は、富和先生の視線など全く気にしていない様子で堂々と後ろを振り向いて、腕を伸ばして僕の机の隅にその手紙を置いた。
再び僕は心の中で悲鳴を上げた。
ちょうど富和先生はその寸前こちらに背を向けて板書を始めていたのでギリギリのところで見つからずに済んだものの、タイミングが少しでも前後していたら見つかっていただろう。身の縮む思いがした。
素早く手紙を回収すると、机に立てた教科書に隠して富和先生から見えないように手紙を開く。
『昼休みに発明部の部室で説明してあげる』
ノートの罫線を無視して書いているところが協調性のない蜜木らしい。
ふと視線を感じて顔を上げた。斜め前の席の蜜木が、片肘を椅子の背もたれの上に乗せてまだこちらを向いていた。
「お楽しみに」
蜜木が小さな声で僕にそう言って、いたずらっぽく目を細めた。
「前を向け」
口パクで伝えた僕の忠告も虚しく、蜜木はその後すぐ富和先生から「蜜木。前を向け」と、名指しで注意されていた。僕は反射的に蜜木から視線を外して無関係を装う。見捨てるみたいで可哀想だが、隠密行動が下手くそな蜜木が悪いのである。
しぶしぶといった様子で蜜木が前を向いたのを確認してから、僕は寝かせた鉛筆の芯で、文字が書かれた形跡のある余白を撫でるように塗った。
時間をかけていたわりに文章が短すぎるのである。あれだけ悩んで、蜜木和は何を書いていたのか。そして、何を消したのか。
一度書いた文字は消しゴムで消しても筆跡の凹が残るので、こうすることで消した文字が白く浮かび上がってくるのである。探偵小説で仕入れた知識だ。
品のないことだとは理解している。だが、好奇心が人より少し高い僕は、小骨が喉の奥にひっかかったみたいに気になったのである。
目論見通り、やがてそれは白く浮かび上がってきた。
『俺のこと嫌い?』
