視点:天野 奏多
4月の、陽だまりみたいな光が差し込む教室で、俺、天野奏多は新しいクラスメイトをぼんやりと見渡していた。
高校二年生に進級。クラス替えは苦手だ。人見知りじゃないけど、急に環境が変わるといつも少しふわふわと落ち着かなくなる。
背中には、友達にもらった星の形のキーホルダーをつけたリュック。春休みにプラネタリウムで見た夜空の記憶が、まだ頭の中で煌めいている。
そう、俺はとにかく星が好きだ。夜空を見ていると、なぜだか胸の奥がじんわりと温かくなる気がする。
「天野、席はあそこな」
先生に指されたのは、窓際の一番後ろの席。最高のポジションだ。昼休みには太陽がよく当たるし、夜が早い季節なら夕焼けも綺麗に見える。
俺は少し小走りで席に向かい、荷物を置いた。身長は男子にしては小柄なほうで、昔から友達には「ゆるふわ」とか「子犬っぽい」とか言われる。
運動神経は壊滅的だ。ただ、人と話すのは好きで、誰にでもニコニコ笑いかける。だから、きっと新しいクラスでもすぐ友達ができるだろう。
そう、いつも通り、平和な一年が始まるはずだった。
ガタン、と教室の入口が音を立てた。先生の後ろに、一人の生徒が立っていた。転校生ではないらしい。背が高い。そして、空気が一瞬で張り詰めるほどの、強い存在感を放っていた。
「結城、遅いぞ。クラスは二年四組だ。間違えるな」
「すみません」
彼の声は低く、感情の起伏がない。謝罪の言葉なのに、謝っているようには聞こえなかった。
先生は、彼をこちらに向かせた。
「結城暁人だ。知っている者もいるだろうが、二年もお前たちのクラスメイトになった」
その名を聞いて、周囲のクラスメイトたちがざわつき始めた。前の席の女子二人が、”結城くんと同じクラス!神様ありがとう!”と小声で歓喜の声を上げている。
結城暁人。俺は知らなかったけれど、どうやらこの学校では超がつく有名人らしい。黒髪は短く切り揃えられ、制服も隙なく着こなしている。
立ち姿が美しく、まるで研ぎ澄まされた刃物のように静かで、鋭い。彼の鋭い眼光は、女子たちが熱を上げる”クールでモテる”という評判をそのまま体現していた。
そんな彼が、ふと、俺の座っている窓際の一列を、そして俺自身を、射抜くように見た。
ゾクリ、と背筋が凍り付くような感覚が走った。なんだろう、この感じ。初対面のはずなのに、彼の視線には、何か尋常ではないもの、熱くて重い執着のようなものが含まれている気がした。
まるで、俺の中に隠された何かを、隅々まで探り当てようとしているみたいだ。
「結城の席は……ああ、天野の隣の席だ。よろしくな」
先生の言葉に、女子たちの”えー!”という悲鳴が上がった。そして、その席を指された暁人は、何の反応も見せず、ただ真っ直ぐに俺の隣の席へ向かってきた。
長い足を動かし、俺の隣で立ち止まる。そして、まるで周囲に誰もいないかのように、俺の顔をまじまじと見つめた。
近すぎる。
「あの、結城くん?」
俺が恐る恐る声をかけると、彼は初めて、わずかに唇の端を上げた。それは笑みというより、安堵のような、あるいは長年の使命を果たしたかのような、奇妙な表情だった。
「天野奏多」
彼の口から自分の名が呼ばれる。その響きは、初めて聞くはずなのに、なぜか俺の耳に懐かしい谺《こだま》のように響いた。
彼は、俺の背後、窓際の風景をちらりと一瞥した。そして、彼の視線は再び俺の顔に戻る。
「……よろしく頼む」
そう言って、彼は音を立てずに席に着いた。彼の指の動きや、姿勢の良さ、すべてが完璧だ。
だが、その完璧さの裏で、俺に向けられ視線だけが、”普通”から大きく逸脱していた。
(この人、どうしてこんなに俺のことを見つめるんだろう?)
俺は混乱しながらも、窓の外の青空に目を向けた。その時、俺の意識の底で、小さな、古い記憶の破片のようなものが、チリチリと音を立てた気がした。
それは、星が煌めく、冷たい夜空の光景だった――。
4月の、陽だまりみたいな光が差し込む教室で、俺、天野奏多は新しいクラスメイトをぼんやりと見渡していた。
高校二年生に進級。クラス替えは苦手だ。人見知りじゃないけど、急に環境が変わるといつも少しふわふわと落ち着かなくなる。
背中には、友達にもらった星の形のキーホルダーをつけたリュック。春休みにプラネタリウムで見た夜空の記憶が、まだ頭の中で煌めいている。
そう、俺はとにかく星が好きだ。夜空を見ていると、なぜだか胸の奥がじんわりと温かくなる気がする。
「天野、席はあそこな」
先生に指されたのは、窓際の一番後ろの席。最高のポジションだ。昼休みには太陽がよく当たるし、夜が早い季節なら夕焼けも綺麗に見える。
俺は少し小走りで席に向かい、荷物を置いた。身長は男子にしては小柄なほうで、昔から友達には「ゆるふわ」とか「子犬っぽい」とか言われる。
運動神経は壊滅的だ。ただ、人と話すのは好きで、誰にでもニコニコ笑いかける。だから、きっと新しいクラスでもすぐ友達ができるだろう。
そう、いつも通り、平和な一年が始まるはずだった。
ガタン、と教室の入口が音を立てた。先生の後ろに、一人の生徒が立っていた。転校生ではないらしい。背が高い。そして、空気が一瞬で張り詰めるほどの、強い存在感を放っていた。
「結城、遅いぞ。クラスは二年四組だ。間違えるな」
「すみません」
彼の声は低く、感情の起伏がない。謝罪の言葉なのに、謝っているようには聞こえなかった。
先生は、彼をこちらに向かせた。
「結城暁人だ。知っている者もいるだろうが、二年もお前たちのクラスメイトになった」
その名を聞いて、周囲のクラスメイトたちがざわつき始めた。前の席の女子二人が、”結城くんと同じクラス!神様ありがとう!”と小声で歓喜の声を上げている。
結城暁人。俺は知らなかったけれど、どうやらこの学校では超がつく有名人らしい。黒髪は短く切り揃えられ、制服も隙なく着こなしている。
立ち姿が美しく、まるで研ぎ澄まされた刃物のように静かで、鋭い。彼の鋭い眼光は、女子たちが熱を上げる”クールでモテる”という評判をそのまま体現していた。
そんな彼が、ふと、俺の座っている窓際の一列を、そして俺自身を、射抜くように見た。
ゾクリ、と背筋が凍り付くような感覚が走った。なんだろう、この感じ。初対面のはずなのに、彼の視線には、何か尋常ではないもの、熱くて重い執着のようなものが含まれている気がした。
まるで、俺の中に隠された何かを、隅々まで探り当てようとしているみたいだ。
「結城の席は……ああ、天野の隣の席だ。よろしくな」
先生の言葉に、女子たちの”えー!”という悲鳴が上がった。そして、その席を指された暁人は、何の反応も見せず、ただ真っ直ぐに俺の隣の席へ向かってきた。
長い足を動かし、俺の隣で立ち止まる。そして、まるで周囲に誰もいないかのように、俺の顔をまじまじと見つめた。
近すぎる。
「あの、結城くん?」
俺が恐る恐る声をかけると、彼は初めて、わずかに唇の端を上げた。それは笑みというより、安堵のような、あるいは長年の使命を果たしたかのような、奇妙な表情だった。
「天野奏多」
彼の口から自分の名が呼ばれる。その響きは、初めて聞くはずなのに、なぜか俺の耳に懐かしい谺《こだま》のように響いた。
彼は、俺の背後、窓際の風景をちらりと一瞥した。そして、彼の視線は再び俺の顔に戻る。
「……よろしく頼む」
そう言って、彼は音を立てずに席に着いた。彼の指の動きや、姿勢の良さ、すべてが完璧だ。
だが、その完璧さの裏で、俺に向けられ視線だけが、”普通”から大きく逸脱していた。
(この人、どうしてこんなに俺のことを見つめるんだろう?)
俺は混乱しながらも、窓の外の青空に目を向けた。その時、俺の意識の底で、小さな、古い記憶の破片のようなものが、チリチリと音を立てた気がした。
それは、星が煌めく、冷たい夜空の光景だった――。

