戦火が、星を隠そうと焦がれていた。
鉄と血の匂いが混ざった夜風が、玉座の間にまで忍び込む。ここは、護衛職である俺、アキトにとって、最も安全であるべき場所であり、同時に最も危険な場所でもあった。
姫君は、薄く開いた窓から、遠くの戦火ではなく、僅かに見える夜空を見上げていた。
「また、星が綺麗ね」
華奢な肩を包む衣装は、この国が持つ僅かな富の象徴。そして、その下で脈打つ命は、この国の全てだった。
俺は、鎧を鳴らし、姫の背後に立つ。今夜の星は、炎の煙のせいで数が少ない。だが、だからこそ残った星は、まるで未来を嘲笑うように強く瞬いていた。
「早くお休みください、姫様。明日からは東から敵軍が…」
俺の言葉を遮り、姫は振り返った。その瞳は、国の命運を一身に背負いながらも、どこまでも澄んでいた。
「アキト、あなたは知っているんでしょう?」
その問いに、俺は無言で首を垂れた。敵軍の猛攻は防ぎきれないこと。この国の終わりが近いこと。そして、俺が姫を守りきれないことを姫様は察しているのかもしれない。
姫は、そっと窓枠に手を置いた。
「私は、あなたに護衛され、あなたに恋をした一人の女として、最後のわがままを言ってもよろしいですか」
姫の声は震えていなかった。ただ、あまりにも切なく、尊かった。
「私を誰にも渡さないで。たとえ、この世でそれが叶わなくても」
俺は膝をつき、その細い腕を掴んだ。鉄の籠手をはめた手が、姫の肌の温もりを感じる。この温もりを、永遠に失いたくなかった。
「おっしゃる意味が分かりかねます、姫様」
「私は信じているのです。魂は輪廻すると。もし、私たちが生きて再び会えなくても、あなたはきっと私を見つけ出してくれると」
姫は、星の煌めく夜空へ指を向けた。
「私がどこに生まれ変わっても、あなたは私を見つけてくれる?」
姫の眼差しは、覚悟と願いに満ちていた。俺の胸を、護衛職としての忠誠心と、一人の男としての激しい愛が灼いた。
「…見つけます。姫様」
姫の顔に、僅かに笑みが浮かんだ。その笑みが、俺の心を縛り付ける永遠の鎖となった。
「星が瞬く限り、あなたが誰になろうとも必ず、見つけ出します」
その誓いは、やがて轟いた爆音にかき消された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(現代)
剣道部の体育館の、埃っぽい天井。
俺、結城暁人は竹刀を握る左手の甲を、無意識に親指でなぞった。薄い刀傷の跡。
昼間の喧騒とは違う、静寂に満ちた放課後の体育館でクールで無愛想な剣道部のエースは、たった一言、小さく呟いた。
「………見つけた」
彼の視線の先、部室棟の陰から現れたのは、小柄で、柔らかな茶髪を持つ、天野奏多だった。
奏多は俺に気づかず、星の形をしたキーホルダーを揺らしながら、ゆるふわとした足取りで帰路についていた。
鉄と血の匂いが混ざった夜風が、玉座の間にまで忍び込む。ここは、護衛職である俺、アキトにとって、最も安全であるべき場所であり、同時に最も危険な場所でもあった。
姫君は、薄く開いた窓から、遠くの戦火ではなく、僅かに見える夜空を見上げていた。
「また、星が綺麗ね」
華奢な肩を包む衣装は、この国が持つ僅かな富の象徴。そして、その下で脈打つ命は、この国の全てだった。
俺は、鎧を鳴らし、姫の背後に立つ。今夜の星は、炎の煙のせいで数が少ない。だが、だからこそ残った星は、まるで未来を嘲笑うように強く瞬いていた。
「早くお休みください、姫様。明日からは東から敵軍が…」
俺の言葉を遮り、姫は振り返った。その瞳は、国の命運を一身に背負いながらも、どこまでも澄んでいた。
「アキト、あなたは知っているんでしょう?」
その問いに、俺は無言で首を垂れた。敵軍の猛攻は防ぎきれないこと。この国の終わりが近いこと。そして、俺が姫を守りきれないことを姫様は察しているのかもしれない。
姫は、そっと窓枠に手を置いた。
「私は、あなたに護衛され、あなたに恋をした一人の女として、最後のわがままを言ってもよろしいですか」
姫の声は震えていなかった。ただ、あまりにも切なく、尊かった。
「私を誰にも渡さないで。たとえ、この世でそれが叶わなくても」
俺は膝をつき、その細い腕を掴んだ。鉄の籠手をはめた手が、姫の肌の温もりを感じる。この温もりを、永遠に失いたくなかった。
「おっしゃる意味が分かりかねます、姫様」
「私は信じているのです。魂は輪廻すると。もし、私たちが生きて再び会えなくても、あなたはきっと私を見つけ出してくれると」
姫は、星の煌めく夜空へ指を向けた。
「私がどこに生まれ変わっても、あなたは私を見つけてくれる?」
姫の眼差しは、覚悟と願いに満ちていた。俺の胸を、護衛職としての忠誠心と、一人の男としての激しい愛が灼いた。
「…見つけます。姫様」
姫の顔に、僅かに笑みが浮かんだ。その笑みが、俺の心を縛り付ける永遠の鎖となった。
「星が瞬く限り、あなたが誰になろうとも必ず、見つけ出します」
その誓いは、やがて轟いた爆音にかき消された。
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(現代)
剣道部の体育館の、埃っぽい天井。
俺、結城暁人は竹刀を握る左手の甲を、無意識に親指でなぞった。薄い刀傷の跡。
昼間の喧騒とは違う、静寂に満ちた放課後の体育館でクールで無愛想な剣道部のエースは、たった一言、小さく呟いた。
「………見つけた」
彼の視線の先、部室棟の陰から現れたのは、小柄で、柔らかな茶髪を持つ、天野奏多だった。
奏多は俺に気づかず、星の形をしたキーホルダーを揺らしながら、ゆるふわとした足取りで帰路についていた。

