母さんに送ってもらったから、十分くらいだけど車の中でゆっくり眠れた。
それでもまだ少し眠気は残ってて、どうしてかいつもより身体が重だるい。
寝不足かな、昨日もだけど最近はあんまり寝た気がしないから。
早いところ眠気覚ましの薬を買わないと、朝起きるのすら苦痛になりそうだ。
今日みたいに母さんに起こされる訳にもいかないし、それに……やっぱり毎日聖に起こしてもらうのも、それはそれで申し訳ない。
体調管理だけはしっかりしないと、社会人になってから困るのは俺だ。
理想は聖と家の最寄り駅で待ち合わせる、ってのが一番いい。
そのためには、まず早く寝る事からかな。
教室に着いたら、夜は通話できないって聖に言っておこう。
廊下を歩きながらそう心に決めると、やがて聖がいつもの奴らと楽しそうに話しているのが視界に入った。
聖は自分の席に座っていて、神尾の方に身体を向けているから背中しか見えない。
「おはようひじ──」
「あ、ご飯食べ損ねたんだった。購買行ってくるねー」
「え」
そう言うと聖は俺が入ってきた後ろの廊下側のドアから出ることなく、黒板側のドアから購買のある方向へ小走りで向かった。
「はよ、宇月」
「おはよー、蓮弥」
「どしたんだよ、今日は一人で。寝坊かぁ?」
何がなんなのか分からず立ち尽くしていると俺に気付いた神尾と姫村、そして伊藤が挨拶してくる。
寝坊じゃない、聖が先に行くって言ったから一人で来たんだ。
そう言いたいけど唇は少しも動かなくて、けれどぽつんと一つの疑問が頭に浮かんだ。
あいつ、俺の方を見なかった……?
背中を向けていて俺が来ることは分からなかったはずなのに、聖に声を掛けるのとほとんど同時に席を立った。
もちろんただの偶然で、俺の考えすぎだって分かってる。
まだ少し頭が働いてないからそう思うだけで、教室に戻ってきたら笑顔で『おはよう蓮ちゃん』って言ってくるんだ。
俺は『なんで先に行ったんだ』って、ちょっと拗ねたように聞いて……そしたら、聖はすぐに答えてくれる。
きっと、絶対にそうだ。
「おーい、宇月? どうしたんだよ、さっきから固まって」
俺がずっと黙っているから、みんなもおかしいと思ったみたいだ。
神尾が俺の肩を揺さぶってくれ、いつも騒がしい伊藤まで心配したふうに目の前に来て、俺の顔の前で手を振った。
「どした、喧嘩でもした?」
軽く眉を寄せ、伊藤には珍しく遠慮がちに尋ねられる。
「……や、分からない」
ふるりと力なく首を振って、俺は小さな声で続ける。
「喧嘩じゃない……はず」
「ま、あの加宮と宇月だしなぁ。俺も」
「でもさー」
俺の言葉に何か言おうとしていた神尾の声を遮って、やや渋面を作った姫村が口を開く。
「ひじりん、蓮弥が来るまで普通だったよ? そろそろ蓮弥の誕生日だし、サプライズしたくてひじりんの方から避けてるんじゃない? ほら、僕たちの中で一番楽しいこと好きだから」
そうだよね、って俺に聞いてくる姫村は、いつもよりぎこちない笑みを浮かべていた。
ああ、姫村にまでいらない心配をさせて……それもこれも、俺がしっかりしないから。
段々とネガティブなことばかり頭に浮かんできて、くらりと目眩までしてくる。
ぐるりと視界が回るのを感じ、俺は反射的に自分の机に手をついた。
伊藤が慌てて俺の背中を支えて、座らせてくれる。
「……ま、まぁ食いっぱぐれるのは誰にでもあるし、ほんとに購買行ったんじゃね」
流れで肩をぽんぽんと叩いてきて、笑顔を浮かべる伊藤が今ばかりは神か何かに見える。
ごめんな、伊藤にまで気を遣わせて。
「なんなら迎えいってくるけど」
神尾が席を立とうとする気配を感じて、俺はちらりと隣りの席に顔を向ける。
「や、いい。そろそろホームルームだろ」
何も子供じゃないんだし、わざわざ聖の後をついていくような事をさせたくはなかった。
「……寝るからちょっとしたら起こして」
そう言うと、俺は神尾から顔を背けてそのまま机に頭を預ける。
眠気はもちろんだけどこめかみの辺りがズキズキ痛んで、目を開けているのもやっとだ。
担任が来るまでマシにならなかったら、保健室に行かないとかな。
……あ、でも。
痛みに顔を顰めつつ、俺はさっき姫村が言っていた言葉を反芻する。
── そろそろ蓮弥の誕生日だし、サプライズしたくてひじりんの方から避けてるんじゃない?
確かにあと一週間もすれば俺の誕生日で、でもサプライズするくらいなら聖が俺を避ける意味なんか無いはずだ。
これまでも普通に話していて、『ちょっとごめん』っていなくなったかと思えば、俺の欲しかったものを持ってきて渡してくれた。
去年なんかもう小細工は通用しないって分かったのか、ヤケクソみたいに『蓮ちゃんの好きなもの、ぜーんぶ買ってあげる!』って言ってたっけ。
さすがにそれは断って、聖の奢りでスイーツビュッフェに行ったけど。
「っ……!」
不意にズキンと鋭い痛みが頭の奥に響き、小さく呻く。
朝っぱらから寝不足ってだけでも辛いのに、聖に避けられてるって一回でも思ったら、こめかみの痛みが酷くなっていく気がした。
もし姫村の言っていた言葉が本当だったら、俺はこのまま黙ってる方が一番いいんだろう。
たとえ避けられているとしても、俺がいつも通り話し掛けたらあいつはちゃんと答えてくれる。
そう頭の中で予想するけど、さっきの聖の行動はやっぱりどこかおかしくて、サプライズよりももっと別なことを隠してるんじゃないかと疑ってしまう。
いや、そもそも俺がこうして考えるより、聖に直接聞けばすぐなんだ。
そうするには、聖が戻ってくるまでこの痛みに耐えないといけない。
けれど次第に痛みは酷くなっていって、気のせいだと思い込まないとどうにかなりそうだった。
もし保健室に行ってしまったら聖に会えないし、最低でも一時間はしっかり休めって養護教諭の先生に言われるだろう。
それになぜか分からないけど、あいつは休み時間に顔を出しにこないと思うから。
どうして聖がこないのかまでは考えられなくて、俺は頭を守るようにして、きつくきつく瞼を閉じる。
いつの間にか睡魔はなくなっていて、今はただ聖が来るまでこめかみの痛みを耐えることに集中するしかできなかった。
それでもまだ少し眠気は残ってて、どうしてかいつもより身体が重だるい。
寝不足かな、昨日もだけど最近はあんまり寝た気がしないから。
早いところ眠気覚ましの薬を買わないと、朝起きるのすら苦痛になりそうだ。
今日みたいに母さんに起こされる訳にもいかないし、それに……やっぱり毎日聖に起こしてもらうのも、それはそれで申し訳ない。
体調管理だけはしっかりしないと、社会人になってから困るのは俺だ。
理想は聖と家の最寄り駅で待ち合わせる、ってのが一番いい。
そのためには、まず早く寝る事からかな。
教室に着いたら、夜は通話できないって聖に言っておこう。
廊下を歩きながらそう心に決めると、やがて聖がいつもの奴らと楽しそうに話しているのが視界に入った。
聖は自分の席に座っていて、神尾の方に身体を向けているから背中しか見えない。
「おはようひじ──」
「あ、ご飯食べ損ねたんだった。購買行ってくるねー」
「え」
そう言うと聖は俺が入ってきた後ろの廊下側のドアから出ることなく、黒板側のドアから購買のある方向へ小走りで向かった。
「はよ、宇月」
「おはよー、蓮弥」
「どしたんだよ、今日は一人で。寝坊かぁ?」
何がなんなのか分からず立ち尽くしていると俺に気付いた神尾と姫村、そして伊藤が挨拶してくる。
寝坊じゃない、聖が先に行くって言ったから一人で来たんだ。
そう言いたいけど唇は少しも動かなくて、けれどぽつんと一つの疑問が頭に浮かんだ。
あいつ、俺の方を見なかった……?
背中を向けていて俺が来ることは分からなかったはずなのに、聖に声を掛けるのとほとんど同時に席を立った。
もちろんただの偶然で、俺の考えすぎだって分かってる。
まだ少し頭が働いてないからそう思うだけで、教室に戻ってきたら笑顔で『おはよう蓮ちゃん』って言ってくるんだ。
俺は『なんで先に行ったんだ』って、ちょっと拗ねたように聞いて……そしたら、聖はすぐに答えてくれる。
きっと、絶対にそうだ。
「おーい、宇月? どうしたんだよ、さっきから固まって」
俺がずっと黙っているから、みんなもおかしいと思ったみたいだ。
神尾が俺の肩を揺さぶってくれ、いつも騒がしい伊藤まで心配したふうに目の前に来て、俺の顔の前で手を振った。
「どした、喧嘩でもした?」
軽く眉を寄せ、伊藤には珍しく遠慮がちに尋ねられる。
「……や、分からない」
ふるりと力なく首を振って、俺は小さな声で続ける。
「喧嘩じゃない……はず」
「ま、あの加宮と宇月だしなぁ。俺も」
「でもさー」
俺の言葉に何か言おうとしていた神尾の声を遮って、やや渋面を作った姫村が口を開く。
「ひじりん、蓮弥が来るまで普通だったよ? そろそろ蓮弥の誕生日だし、サプライズしたくてひじりんの方から避けてるんじゃない? ほら、僕たちの中で一番楽しいこと好きだから」
そうだよね、って俺に聞いてくる姫村は、いつもよりぎこちない笑みを浮かべていた。
ああ、姫村にまでいらない心配をさせて……それもこれも、俺がしっかりしないから。
段々とネガティブなことばかり頭に浮かんできて、くらりと目眩までしてくる。
ぐるりと視界が回るのを感じ、俺は反射的に自分の机に手をついた。
伊藤が慌てて俺の背中を支えて、座らせてくれる。
「……ま、まぁ食いっぱぐれるのは誰にでもあるし、ほんとに購買行ったんじゃね」
流れで肩をぽんぽんと叩いてきて、笑顔を浮かべる伊藤が今ばかりは神か何かに見える。
ごめんな、伊藤にまで気を遣わせて。
「なんなら迎えいってくるけど」
神尾が席を立とうとする気配を感じて、俺はちらりと隣りの席に顔を向ける。
「や、いい。そろそろホームルームだろ」
何も子供じゃないんだし、わざわざ聖の後をついていくような事をさせたくはなかった。
「……寝るからちょっとしたら起こして」
そう言うと、俺は神尾から顔を背けてそのまま机に頭を預ける。
眠気はもちろんだけどこめかみの辺りがズキズキ痛んで、目を開けているのもやっとだ。
担任が来るまでマシにならなかったら、保健室に行かないとかな。
……あ、でも。
痛みに顔を顰めつつ、俺はさっき姫村が言っていた言葉を反芻する。
── そろそろ蓮弥の誕生日だし、サプライズしたくてひじりんの方から避けてるんじゃない?
確かにあと一週間もすれば俺の誕生日で、でもサプライズするくらいなら聖が俺を避ける意味なんか無いはずだ。
これまでも普通に話していて、『ちょっとごめん』っていなくなったかと思えば、俺の欲しかったものを持ってきて渡してくれた。
去年なんかもう小細工は通用しないって分かったのか、ヤケクソみたいに『蓮ちゃんの好きなもの、ぜーんぶ買ってあげる!』って言ってたっけ。
さすがにそれは断って、聖の奢りでスイーツビュッフェに行ったけど。
「っ……!」
不意にズキンと鋭い痛みが頭の奥に響き、小さく呻く。
朝っぱらから寝不足ってだけでも辛いのに、聖に避けられてるって一回でも思ったら、こめかみの痛みが酷くなっていく気がした。
もし姫村の言っていた言葉が本当だったら、俺はこのまま黙ってる方が一番いいんだろう。
たとえ避けられているとしても、俺がいつも通り話し掛けたらあいつはちゃんと答えてくれる。
そう頭の中で予想するけど、さっきの聖の行動はやっぱりどこかおかしくて、サプライズよりももっと別なことを隠してるんじゃないかと疑ってしまう。
いや、そもそも俺がこうして考えるより、聖に直接聞けばすぐなんだ。
そうするには、聖が戻ってくるまでこの痛みに耐えないといけない。
けれど次第に痛みは酷くなっていって、気のせいだと思い込まないとどうにかなりそうだった。
もし保健室に行ってしまったら聖に会えないし、最低でも一時間はしっかり休めって養護教諭の先生に言われるだろう。
それになぜか分からないけど、あいつは休み時間に顔を出しにこないと思うから。
どうして聖がこないのかまでは考えられなくて、俺は頭を守るようにして、きつくきつく瞼を閉じる。
いつの間にか睡魔はなくなっていて、今はただ聖が来るまでこめかみの痛みを耐えることに集中するしかできなかった。
