「じゃあな、気を付けて帰って」
志織と昇降口で別れ、教室へ向かおうと脚を踏み出す。
すると、かすかに制服の裾を引かれる感覚を感じて、俺はその場で立ち止まった。
「ま、また連絡してもいいですか!」
やや大きな声で続ける志織の顔は見えないけど、その必死さがひどくいじらしく思う。
「ああ、いいよ」
くすりと小さく笑いながら、俺は背中越しに振り返る。
「帰ったら連絡する」
そう言うと志織は見る間に目を輝かせ、花開かんばかりに笑った。
「ありがとうございます、蓮弥先輩」
俺を眩しそうに見上げる志織は、話してそう時間が経ってないものの一番の笑顔だったと思う。
女の子っぽくて可愛いなと思う反面、聖に似て思ったことが分かりやすいなと思った。
周りの奴らに比べて特に表情豊かな方だよな、あいつは。
「俺からしたら二人とも似てるけど」
思い返すと俺の前ではにこにこ笑ってて、かと思えば次にはしょぼくれてるのが常だった。
ほとんどがくだらない理由で、でもあんまりにも面白い顔をしながら言うから、笑いそうになった事は数え切れない。
本人は真剣だから笑っちゃまずい、って頭では分かってるんだけどな。
そういう時のあいつ──聖には悪いけど、小さい事で一喜一憂してるのを見るのは楽しい。
俺とは違って顔に出やすいところは長所で、けれど聖は直そうとしてるみたいだった。
「……面白いから別にそのままでもいいのに」
ぽそりと小さく独り言を呟きながら、俺は教室までの廊下を歩きつつ行儀悪くスマホを取り出す。
というのも、志織の肩を払ってる時にズボンの後ろポケットからかすかな振動があったからだ。
多分、相手は母さんだと思う。
昨日の夜お使い頼まれたし、十六時ちょうどだと仕事の休憩時間だから、念のための確認とか。
「うん……?」
けれど画面に表示された一番上の通知は聖からで、予想していた母さんのメッセージは無かった。
「聖は教室、だよな」
校内にいるのにわざわざメッセージを寄越すのは珍しくて、俺は少し訝しみつつ、聖のメッセージをタップした。
すぐにメッセージアプリに切り替わり、簡潔な文章が目に入る。
『ごめん、バイト入った』
『先に行くね』
ごめんなさい、と土下座する猫のスタンプが最後に送られている。
朝はバイト無いって言ってたけど、誰かがシフト変えてほしいって言ってきたのかな。
まぁ俺はそこのところをよく知らないから、あくまで予想でしかない。
でも聖は優しいから、十分にあり得る事だった。
「分かった、……と」
送信してもすぐに既読にはならないのに、俺はしばらくその場に立ち止まって、もう一度聖のメッセージを黙読する。
至っていつもと変わらない文章で、けどタイミングが良過ぎないか。
志織の肩に付いていたチョークの粉を払ってた時、近くで何かが動いた音がした。
それから数秒して、後ろポケットに入れているスマホがかすかに振動して、でももう教室へ戻るだけだったから一度も後ろに手をやることはなくて。
忙しなくスマホの上に表示される時刻を見ると、十六時十七分だった。
学校から聖のバイト先までそう遠くないけど、その間スマホを見ない奴だから、よっぽどの事がない限り返信は無い。
聖が連絡を寄越したのは九分で、今はバイト先の最寄り駅で電車に向かってる頃だろうけど。
「いや、こんなこといちいち考えても仕方ないだろ」
俺は軽く頭を振って、今まで考えていたことを打ち消す。
こうして廊下に突っ立ってないで、俺もさっさと家に帰るのが先だ。
それでも胸に何かがつっかえたみたいに聖のことが気になって、一旦バイトをしてるカフェに行こうとも考える。
「……仕事してるところに俺が行くのは違う」
自分に言い聞かせるように、俺は噛み締めるように声を出した。
バイトが終わってからか、寝る前になれば聖から返信が来るかもしれない。
だから、いちいち気にするだけ無駄だ。
それでも、どこかもやもやした思いのまま教室に着くと、メッセージの通りもう聖はいなかった。
俺の机にカバンがあるだけで、それ以外に他のクラスメイトはいない。
グラウンドで運動部が練習している声が時々聞こえてきて、あとは俺の息遣いが響くだけで少し物悲しさがあった。
そういえば、聖が『待ってるね』って言ってきた時、俺の椅子に座ってたっけ。
俺が朝するみたいに腕枕をして、手を振りながら笑顔で言うから自分の席にいろよ、って言う気力もなかった。
「一人で帰るの久々だな」
意味もなく一人で呟くと、カバンを持って教室を出ようとする。
けれどなんとなく帰るのが名残惜しくて、そろりと机に触ってみる。
手の平に伝わる感触は冷たいけど、ほんの少しだけ温もりが残っている気がした。
「……入れ違いだったかな」
そしたら昇降口に行く前に会うはずだけど、急いでいたんなら仕方ないと思う。
まぁ急に決まったっぽいから、早歩きになるのも分からなくはない。
遅刻したら人が足りなくて迷惑になるだろうし、何より聖が頑張って続けてるから俺がとやかく聞いたり言う権利は無い。
そう思うのに、どうしてか胸の奥がきゅうと痛んだ。
志織と昇降口で別れ、教室へ向かおうと脚を踏み出す。
すると、かすかに制服の裾を引かれる感覚を感じて、俺はその場で立ち止まった。
「ま、また連絡してもいいですか!」
やや大きな声で続ける志織の顔は見えないけど、その必死さがひどくいじらしく思う。
「ああ、いいよ」
くすりと小さく笑いながら、俺は背中越しに振り返る。
「帰ったら連絡する」
そう言うと志織は見る間に目を輝かせ、花開かんばかりに笑った。
「ありがとうございます、蓮弥先輩」
俺を眩しそうに見上げる志織は、話してそう時間が経ってないものの一番の笑顔だったと思う。
女の子っぽくて可愛いなと思う反面、聖に似て思ったことが分かりやすいなと思った。
周りの奴らに比べて特に表情豊かな方だよな、あいつは。
「俺からしたら二人とも似てるけど」
思い返すと俺の前ではにこにこ笑ってて、かと思えば次にはしょぼくれてるのが常だった。
ほとんどがくだらない理由で、でもあんまりにも面白い顔をしながら言うから、笑いそうになった事は数え切れない。
本人は真剣だから笑っちゃまずい、って頭では分かってるんだけどな。
そういう時のあいつ──聖には悪いけど、小さい事で一喜一憂してるのを見るのは楽しい。
俺とは違って顔に出やすいところは長所で、けれど聖は直そうとしてるみたいだった。
「……面白いから別にそのままでもいいのに」
ぽそりと小さく独り言を呟きながら、俺は教室までの廊下を歩きつつ行儀悪くスマホを取り出す。
というのも、志織の肩を払ってる時にズボンの後ろポケットからかすかな振動があったからだ。
多分、相手は母さんだと思う。
昨日の夜お使い頼まれたし、十六時ちょうどだと仕事の休憩時間だから、念のための確認とか。
「うん……?」
けれど画面に表示された一番上の通知は聖からで、予想していた母さんのメッセージは無かった。
「聖は教室、だよな」
校内にいるのにわざわざメッセージを寄越すのは珍しくて、俺は少し訝しみつつ、聖のメッセージをタップした。
すぐにメッセージアプリに切り替わり、簡潔な文章が目に入る。
『ごめん、バイト入った』
『先に行くね』
ごめんなさい、と土下座する猫のスタンプが最後に送られている。
朝はバイト無いって言ってたけど、誰かがシフト変えてほしいって言ってきたのかな。
まぁ俺はそこのところをよく知らないから、あくまで予想でしかない。
でも聖は優しいから、十分にあり得る事だった。
「分かった、……と」
送信してもすぐに既読にはならないのに、俺はしばらくその場に立ち止まって、もう一度聖のメッセージを黙読する。
至っていつもと変わらない文章で、けどタイミングが良過ぎないか。
志織の肩に付いていたチョークの粉を払ってた時、近くで何かが動いた音がした。
それから数秒して、後ろポケットに入れているスマホがかすかに振動して、でももう教室へ戻るだけだったから一度も後ろに手をやることはなくて。
忙しなくスマホの上に表示される時刻を見ると、十六時十七分だった。
学校から聖のバイト先までそう遠くないけど、その間スマホを見ない奴だから、よっぽどの事がない限り返信は無い。
聖が連絡を寄越したのは九分で、今はバイト先の最寄り駅で電車に向かってる頃だろうけど。
「いや、こんなこといちいち考えても仕方ないだろ」
俺は軽く頭を振って、今まで考えていたことを打ち消す。
こうして廊下に突っ立ってないで、俺もさっさと家に帰るのが先だ。
それでも胸に何かがつっかえたみたいに聖のことが気になって、一旦バイトをしてるカフェに行こうとも考える。
「……仕事してるところに俺が行くのは違う」
自分に言い聞かせるように、俺は噛み締めるように声を出した。
バイトが終わってからか、寝る前になれば聖から返信が来るかもしれない。
だから、いちいち気にするだけ無駄だ。
それでも、どこかもやもやした思いのまま教室に着くと、メッセージの通りもう聖はいなかった。
俺の机にカバンがあるだけで、それ以外に他のクラスメイトはいない。
グラウンドで運動部が練習している声が時々聞こえてきて、あとは俺の息遣いが響くだけで少し物悲しさがあった。
そういえば、聖が『待ってるね』って言ってきた時、俺の椅子に座ってたっけ。
俺が朝するみたいに腕枕をして、手を振りながら笑顔で言うから自分の席にいろよ、って言う気力もなかった。
「一人で帰るの久々だな」
意味もなく一人で呟くと、カバンを持って教室を出ようとする。
けれどなんとなく帰るのが名残惜しくて、そろりと机に触ってみる。
手の平に伝わる感触は冷たいけど、ほんの少しだけ温もりが残っている気がした。
「……入れ違いだったかな」
そしたら昇降口に行く前に会うはずだけど、急いでいたんなら仕方ないと思う。
まぁ急に決まったっぽいから、早歩きになるのも分からなくはない。
遅刻したら人が足りなくて迷惑になるだろうし、何より聖が頑張って続けてるから俺がとやかく聞いたり言う権利は無い。
そう思うのに、どうしてか胸の奥がきゅうと痛んだ。
