俺にだけ可愛い幼馴染みの本性は、甘くて重い

 午前の終わりを知らせるチャイムが鳴って、昼休みになった。

「購買行こうぜー」

「お昼どこで食べる?」

「やっと終わった〜」

 見る間に騒がしくなり、同時にクラスの空気が一変する。

 廊下も人の出入りが一番激しくなる時間帯で、購買に向かうのが出遅れた男子達が大慌てで廊下を走る音が聞こえる。

 一番後ろの席だから、こうして人の行き来をただぼうっと見るのが好きだった。

「さて、……と」

 俺も皆にならって席を立とうとしたけど、斜め右に座る聖がちょいちょいと手招きしていた。

「どうした」

 いつになく深刻そうな表情をしているものだから、俺は自分の椅子を持って聖の隣りに座る。

 眉を寄せて目をうるうるさせて……捨てられた子犬か、お前は。

 でもそういう表情をする時は何か内密な話があるからで、内緒話でもするように必ず耳元に唇を寄せてくる。

 長年の勘で今回は話が長くなりそうだ、とどうしてか思った。

「えっとね……」

 こそりと耳に聖の息が掛かって、少し(くすぐ)ったい。

 けれどなんとか気合で耐えて聖の言葉を待っていると、教室の出入り口から女子生徒が顔だけを覗かせていた。

 俺と目が合ったのに気付くと、気まずそうに顔を引っ込める。

「こら、逃げないのー」

「頑張るって言ってたでしょー」

 出入り口の方からやや呆れた二つの声が聞こえてきて、十秒くらいするとまた同じ女子生徒が顔を出した。

 今度は顔半分だけで、なんだろうと思っていると、女子生徒が声高に言った。

「あのっ、加宮くん……!」

「え」

 それは聖からか、もしくは俺の口から出たのか、はっきりとは分からない。

 でもあんまりにも大きい声だったから、教室や廊下にいる生徒達の視線を一身に浴びたのは間違いなかった。

「あわ、えっと……あの……っ!」

 女子生徒も自分を見る視線の多さに気付いたのか、顔を真っ赤にして制服のスカートをぎゅうと摑む。

 見てて痛々しいというか、可哀想というか……みんなも見ないでやってくれ。

 ただ、これから聖が取る行動を分かっているから、俺は自然な動きでさっと椅子を元に戻す。

 とりあえず弁当と自販機で買ったお茶をカバンから出して、……おい誰だ俺のカバンに大容量のお菓子を入れた奴は。しかもご丁寧に、期間限定味。

 まあこんなことをするのは、聖しかいない。

 俺は見なかったふりをして、はぁと人知れず溜め息を吐く。

 ひとまず弁当とお茶を持ちつつ、聖の行動をうかがった。

 聖が女子生徒の目の前に立っていて、目線を合わせるように膝を軽く曲げていた。

 俺がバカでかいだけで、聖は平均より背が高い方なんだよな。

「どうしたの?」

「あ、っ……」

 幼馴染みだからいやでも耐性が付いてるけど、いきなり綺麗な顔が近付いてきたらそりゃあ顔も真っ赤になる。

 それが好きな相手だと尚更、なのかな。

「え、と……」

 女子生徒はますます顔を俯けてしまって、もはや話す気力はゼロに近そうだった。

「加宮に言いたいことがあるみたいよー」

 さすがに話の進まなさを見かねたのか、一緒に来ていた女子の一人が顔を覗かせて助け舟を出す。

「ほら、何か言わないとだよナツミ」

 くいくいともう一人の女子に肘でつつかれ、女子生徒は精いっぱいの勇気をかき集めるように、ぎゅっと両手を胸の前で握り締めた。

「わたしと一緒に来てくれませんか……!」

 先程よりも小声だったけど、あまりに上擦った声に廊下を通る何人かが女子生徒を見る。

 うん、そのまま話さないで通り過ぎてやってくれ。

 そう心の中で突っ込んでいると、聖はくるりと俺の方を振り返って唇を動かす。

「あとでいつものとこ行くから待ってて」

 その言葉や一連の流れが何を意味しているのか、察せないほど馬鹿じゃない。

「……分かった」

 そこで俺は意識を切り替えて、短く答える。

「あ、僕のご飯も持っていってー」

「はいはい」

 呆れたように言う俺の声に、聖が『よろしくねー』と楽しげに返した。

「じゃ、行こっか」

 聖が女子生徒を連れて教室を出るのを見送ると、ひとまずカバンの中を漁る。

 ……ポーチの中身は綺麗に整理してるのに、カバンの中はぐっちゃぐちゃなんだよな。

 毎日俺の家のリビングを手際よく掃除してくれて、他にも色々手伝ってくれるのに自分の興味無いことになると……なんだこの、嬉しくないギャップ。

 一応昨日のうちに俺が整理したのに、またいらないものを増やしやがって。

 プリントやら細かいお菓子やらを適当に机の上に置いていくと、無造作に袋に入れられた何かを発見した。

「これか」

 プラスチックの箱に入っている、いかにも女子が好きそうな一口サイズのサンドイッチを出す。

 飲み物は入ってなかったから、適当に自販機で買っていくか。

 とりあえずカフェラテでいいだろう。

 二人分の昼飯を両手に持つと、やっと教室を出た。

 廊下を出るとまだ女子生徒──ナツミと聖、その後ろにはナツミの友人らしき二人の女子の背中が見える。

 段々と聖の背中が小さくなっていくのを見ながら、俺は他人事のように思う。

 校舎裏とかの人がいない場所で告白されて、聖は断るんだろうな。

 と言うのも、学年一の美少女って言われてる女の子でも、たとえその相手が先輩からでも、なぜか聖はいつも告白を断る。

 そうして、俺のところに戻ってくるのがお約束だった。

 ……そういえば、何回か聖が告白されてるところに居合わせた事があったっけ。

 振られると大体が泣いてるんだけど、近くで聖を待っていた俺を睨み付けてきた女子もいたな。

 前者は可哀想で、後者は俺を睨んでもどう反応したらいいんだ、って話になる。

 あくまで俺は幼馴染みで、そもそも男同士だから恋愛にはならないってのに。

 まぁこういう事は入学してから何度もあるから、いちいち気にするだけ無駄だ。

 でもあのルックスの高さで普通は可愛い、それこそ聖とお似合いの恋人がいてもおかしくないんだよな。

 おしゃれなのはもちろん、いつも笑顔で癒やし系。

 そういう女の子と居る方が、聖には似合う気がする。
「あれ、でも」

 自販機のある渡り廊下へ向かう途中、俺ははたと立ち止まる。

 聖が異性と仲良さそうに話してるところなんて、ほとんど見た事がない。

 思い返せば俺と聖は小さい時からずっと一緒で、その中に女の子が入ってくるのが常だった。

 けれど仲良くなったと思えば相手の方から離れていって、そこから疎遠になった事は少なくない。

 俺も男女問わず友達が居る方だけど、あんまり相手から離れられた事はないんだよな。

 なんなら未だに仲がいい女の子も居て、時々連絡を取り合ってるくらいだし。

「んー……今更聞くのは違うよな」

 なんで告白を断るんだ、って真正面から言うには野暮ってもんじゃない、失礼だ。

 聖にも何か考えがあるんだろうし、そもそも好きな子がいるからって可能性も十分ある。

「……好きな子、か」

 誰にも聞こえないように、俺はぽつりと口の中で呟いた。

 今まで報われない恋をした女子達が可哀想だと思いつつ、聖に想われてる人は幸せだろう。

 にこにこと笑みを絶やさないのはもちろん、少しというか結構過保護な面もある。

 ただ、一度でも気を許したら、相手との縁を大事にする優しい奴だ。

 もしも聖に彼女ができれば、って考えただけなのに、どうしてか胸の奥がちょっとだけ気持ち悪い。

「あー……これ、結構寝たからだな。腹も空いてるし」

 気持ち悪さを誤魔化すようにひとり言を言うと、本当にタイミングよく腹が鳴って苦笑する。

 朝のホームルームが終わって一時間目は、担当科目の教師が体調不良で休んだから自習だった。

 お陰でしっかり一時間は眠り続け、その分体力を使ったんだろう。

 聖が来るまでに弁当を食べてしまおうかと思ったけど、待っててと言われたからすぐに来るはずだ。