俺にだけ可愛い幼馴染みの本性は、甘くて重い

 (ひじり)と想いを通わせてから数日後の夜。

「ぅ、ん……ん」

『ねむたい?』

 枕の上に置いてるスマホから、聖の楽しそうな声が聞こえてくる。

 ああ、きっと笑ってるんだろうな。

 眠くない。

 今日はいつもより話してないんだから、聖の気が済むまで付き合ってやらないと。

 俺が途中で寝たら、あいつはいつも寂しがるから。

「ねむ、な……いぃ」

 そう思うのに、むにゃ、と意識しなくても唇がふにゃりと歪む。

『寝てもいいよー? ねんねーねんねー、(れん)ちゃんねんねー』

「ふ、っ……へったくそな、うた……」

 当てずっぽうなメロディーに、めちゃくちゃ棒読みだけど一応、オリジナルの子守唄らしい。

 今まで子守唄とか歌ってくれなかったのに、今日は機嫌がいいな。

 お世辞にも上手くないのに、不思議と瞼が段々重くなってきて、気付けば聖の声に誘われるまま眠っていた。




「っ、ん……」

 瞼の裏に眩しさを感じて、俺は無意識に腕で顔を隠す。

「──蓮ちゃん、起きて。学校行かないと」

 でもすぐに柔らかい声が聞こえてきて、腕を摑まれたのを感じるとぐいぐいと引っ張られた。

 この強引さ、聖だな。

「……った、わかった……から」

 まだほとんど寝ぼけ(まなこ)のまま起き上がると、なんかふにって頬の辺りにあったかくて柔らかい感触が。

「……おはよ」

 でも何されたのか聞く気力もなくて、俺は口の中で挨拶をする。

「おはよう蓮ちゃん。早く着替えて、ご飯食べよ?」

 ぱちぱちと何度か瞬きをすると、今日も今日とて綺麗に頭をセットした聖が視界に入った。

「ん……」

 窓から差し込む太陽が眩しいってのもあるけど最近、聖が俺に向ける笑顔が変わった気がする。

 普段はあんまり変わらないのに、ふとした時の笑顔が怖いというか……まぁ気のせいだろ、こういう勘が当たった試しは無いし。

 ガシガシと頭を掻きつつ、ベッドから降りる。

「もー、そんな雑にしたら絡まるでしょ。その癖、直した方がいいよ?」

 すかさず聖がカバンの中からポーチを取り出すのが視界の端に映って、俺の後ろに回ってくる。

「……ん」

 聖に髪を()かれる感覚が気持ちよくて、また睡魔に襲われそうになる。

「ほんっと、これさえなかったらなぁ……」

 どこか怒った口調の聖の声を聞きながら、そっと目を閉じる。

 避けられた日から頑張って一人で起きようと思って、スマホのスヌーズを細かくセットしていたけど、この数日で完全に用済みになった。

 聖がいなくても起きられるから、って何回も言ったのに当の本人に『起こすのは僕の役目だから』って却下されたから。

 出来るだけ聖に甘えないようにしよう、って思ったのに、どうやらことごとく俺を甘やかしたいらしい。

 おかげで朝起きるのはいつもと変わらなくて、なんなら眠気の強さは元に戻った気がする。

「──終わったよ……って、寝ないの!」

 鋭い聖の声が部屋に響いて、ついでにぺしんと後ろから頭を叩かれる。

「痛っ!」

「ほら、終わったから着替えて!」

 ちょっと投げやりにハンガーに掛けてる制服を渡してくれ、俺は『ありがとう』と小さく礼を言うと黙々と着替えた。

「先に降りてるからね」

 そう言うと聖は自分と俺のカバンを持って、部屋を出て行った。

 改めて聖って世話焼きだよな、幼馴染みだし同じ男だけど。

 ……でも、最近恋人になったからかな。

 まだ両想いになって少ししか経ってないけど、『恋人』って響きはどうも照れる。

 昨日の通話も、俺が眠そうにしてると優しい声が聞こえて……眠くてあんまり覚えてないけど、変なこと言ってた気がする。

 まぁ聖はいつも距離が近いから、普段とあんまり変わらないんだけど。

 ……あれ、本当に付き合ってるのか不安になってきた。

「俺ら、付き合ってるんだよな」

 学校の最寄り駅に着いてから、隣りを歩く聖にこそりと尋ねる。

 通勤通学の時間帯で人が行き交ってるとはいえ、付き合ってるか確認するは恥ずかしくて、あくまで聖に聞こえる声で言った。

「そうだよ。……けど、これがカップル専用って知らなかったんだね。蓮ちゃんの場合、すぐ調べると思ったのに」

 ちょっと驚いたように、聖がスマホを開いてスケジュール管理アプリを見せてくる。

「っ、だって聖が入れろって言ったアプリは信頼してるし。……調べる必要、ないと思って」

 お互いの予定が分かるのはありがたかったし、わざわざ写真フォルダやメッセージアプリを開かなくても共有してる写真とかは見られるし。

 あくまで友達同士が使うものだと思ってたから、このなんてことない葉っぱのアイコンが、恋人が使ってるものって聞いてめちゃくちゃ驚いた。

『入れておくね』って勝手にアプリをインストールされたその時から……って考えたけど、実際はもっと小さい時から俺のことが好きだったわけで。

「ごめん、今こっち見ないで」

 そこまで考えると改めて恥ずかしくなって、聖の方に向けて手をかざす。

「はいはい、蓮弥(れんや)は俺のことだぁい好きだもんねぇ」

 でも聖はなんてことないふうで、簡単に『大好き』って言うから心臓がいくつあっても足りない。

 あの告白、二人とも格好悪かったと思うんですが! なんなら聖も、最後の方は泣きそうになってたと思うんですが!

 ……なんて、面と向かって言ったら絶対丸め込まれる。

 ちくしょう、俺がもっと口が上手ければ……。

 イライラだか恥ずかしさだかで、頬が熱くなっていくのを嫌でも自覚する。

「暑いな、そろそろ六月だし……っ!?」

 パタパタと逆の手で仰ぐふりをしていると、聖に向けていた手を摑まれた。

 かと思ったら、ぎゅうと指を絡め合わされた。

「じゃあ学校に着くまで恋人らしいこと、しよっか?」

 反射的に見つめた聖はにっこりと口角を上げていて、可愛くて……それ以上に格好良くて、綺麗だった。

「……正門が見えたら離すからな」

 ぷいとそっぽを向いて言うと、返事の変わりに指先に力が込められる。

 絡んだ指先の一本一本から聖の想いが伝わってきて、お返しするように俺も指に力を込めた。

 余裕があってムカつくけど、多分ずっと聖には敵わないんだと思う。

 でもしばらくの間、こうして手を繋いで学校に行くのもいいかもしれない。

 俺はかすかに聖の手を引くと、すぐに見上げてくる瞳を見つめながら口を開いた。

「俺も好き……、だよ」

 あれから何度も『好き』って伝えてるのに、最後の方はまだ小声になってしまう。

 でも、聖にはしっかり伝わったみたいだ。

 ちらりと聖の方を見ると軽く目を見開いていて、かと思えば背伸びをしてきた。

「っ」

 いきなり近付かれるのには慣れてるけど、幼馴染みから恋人になったと思うと、どう接したらいいのか分からなくて照れる。

 そんな俺の感情の変化を分かってるみたいで、聖は耳元に唇を寄せてくる。

「俺の方がもっと、もーっと好き!」

 いつもより少し低い、でも楽しげな聖の声が俺の耳にじんわり響いていく。

 ああ本当、敵わない。

 俺は自分の想いを伝えるように、もう一度聖の手をきつく握り締める。

 すると聖も同じくらい返してきて、たまらず笑ってしまう。

「……ちょっと痛い」

「お互い様でしょ」

 ふふ、と聖の笑い声を横で聞きながら、正門までの道を歩いた。

 この温もりがもう少ししたら離れるって寂しさもあるけど、聖は変わらずくっついてくるから、実際あんまり寂しくない。

 ……手を繋ぐ以外はいつも通りだけど、少し違う日常に慣れるまであとどれくらい掛かるんだろう。

 きっと聖に言ったら、『そんな蓮弥も好き』って言うのかもしれない。

 可愛くて格好良くて、ちょっと嫉妬深くて……俺もそんな聖が好きだ。

 いつか、照れずにこの気持ちを伝えられたらいいな。

「──でさー、って何笑ってるの?」

 ちらちらと俺の顔を見て話していた聖が、頬を膨らませて尋ねてくる。

 こうして聖を観察してると思うけど、やっぱり俺は顔に出やすいみたいだな。

「……なんでもない」

 俺は誤魔化すように、ふっと口角を上げて聖に笑い掛ける。

「えー、気になるじゃん。教えてよ」

 聖の声を横で聞きながら、やがてお互いにどちらからともなく笑った。

 傍に居るのは変わらないけど、ちょっと甘い日常が、これからもずっと続いていく。

 それだけは変わらないと、確かに言えた。