「ひ、じ……」
「ねぇ、先生まだ来てない?」
「……え、うん。まだ、だけど」
俺が名前を呼ぶよりも先に、聖の後ろ──すなわち俺の右側の席の男子生徒に聞いた。
ドアから一人分は離れてるから俺には聞かないだろうな、って思ってたけど、こうもあからさまだとちょっと落ち込む。
「あ……っ」
聖が自分の席に座る前に一瞬だけ顔が合って、でもすぐに視線を逸らされる。
子供じゃないんだし、そんな態度取らなくてもいいだろ。
なんて言ってやりたいけど、そうやって避ける理由に気付いたからかな。
今は聖が幼稚で、頑張って意地を張ろうとしてる小さな子供みたいで、怒りを通り越して呆れてしまう。
やがて聖が席に着いて二、三分くらいすると教師がやってきて、すぐにチャイムが鳴って授業が始まった。
「……素直になれたら苦労しない、か」
一定の間隔で話す教師の声に耳を傾けながら、時折聖の後ろ姿を見つめて人知れずぽつりと呟く。
まぁ、聖は昔っから頑固だもんな。
そういうところは今も変わらなくて安心するけど、挨拶くらいはしてくれてもいいだろうに。
お前が俺のことを避け続けるから、こっちはどうしたら顔を見てくれるのか、どうしたら名前を読んでくれるのか、ずっと考えてるってのに。
一限目の授業が終わって休み時間になっても、自然と聖を目で追ってしまうのはもはやお約束だった。
俺が教室に居る時は大体背中を向けてスマホを弄ってるっぽくて、クラスメイトも聖の雰囲気が変わったって分かってるからかな。
何か用が無い限り、もしくはよっぽど聖が好きな猛者じゃない限り、あいつが話してるところを見てないかもしれない。
「……ん?」
ぼうっと聖の背中を見てると、ぽんと肩を叩かれた。
誰だ、と思いながら肩を叩かれた方を見ると、伊藤がウザったいくらい綺麗な笑顔で親指を立てていた。
なんだその、腹立つ顔は。
自然と眉間に皺が寄って、俺が口を開こうとするよりも早く伊藤の唇がゆっくりと動く。
「ま、任せとけって」
「……はい?」
任せる? 何を?
俺が頭にハテナを浮かべてると、伊藤はふっと笑みを深めた。
「やっほー、加宮ぁ!」
俺の疑問に答えることなく、伊藤はどんっと聖の背中目掛けてダイブする。
「わっ、どしたの」
聖はびくっと肩を跳ねさせて驚きこそしたものの、相手が伊藤だと分かると、ぱっと笑顔を浮かべたのが顔を見なくても想像できた。
俺と話す時と声の高さが同じくらいで、こうして聞いてると言葉の抑揚が違うから。
「ちょーっとこのガチャ引いてくれん? 加宮はいっつも引きいいしさ、今回は絶対欲しいんだよなぁ」
言いながら、伊藤が聖に向けてスマホを渡した。
俺の方からはあんまり見えてないけど、ソシャゲの期間限定ガチャっぽい。
「いいよ、このキャラ?」
「そうそう、お願いします加宮様!」
……なんだか面白くない。
伊藤や聖にとっては至って普通の、いつも通りのやり取りなのに。
聖は背中を向けてるから顔は分からないといっても、これ以上二人が何をしてるのか見るのは嫌で、俺はそのまま机に顔を伏せた。
でもクラスメイトの雑談に混じって聞こえてくるから、嫌でも全部耳に入ってしまう。
「……って、十連でSSR二枚抜き!? え、俺五十連くらいやってほぼRか良くてSRばっかだったのに!」
「や、たまたまだよ。前のガチャで天井いった事あるし、今日は運が良かったのかも」
伊藤の絶叫じみた声が聞こえてきて、くすくすと聖が笑う声が聞こえる。
楽しそうだな。
伊藤と聖は同じゲームをやってて、好きな配信者やテレビも被ってるから必然的に会話も増えていく。
逆に俺はこれっていう好きなことはないから、ああやってすぐに会話を作れる伊藤が羨ましい。
……昨日の夜、ダメ元で聖に話し掛けよう、って意気込んでたけどそれすら無理かもしれない。
「──おっしゃ、勝ったー!」
「いえーい、やったね!」
嬉しそうにハイタッチする伊藤と聖を見てると、俺が水を指すのは違うと思うから。
「でも、ちゃんと……しないと、だよな」
腕で口元を隠すようにして、小さく呟く。
頭では『聖と話さないと』と思うのに、こうしている間にもゆっくり過ぎていく時間が恨めしい。
伊藤も伊藤で、聖に話し掛ける前に腹立つ顔を向けてきたのは、俺が避けられてるって知ってて楽しそうに話してるのは、全部俺への嫌がらせか? そうだったら怒るぞ、さすがに。
改めてイライラが限界になりそうで、気を紛らわせるためにスマホを開くと、件の伊藤から丁度メッセージが来た。
『加宮、今日は機嫌良さそう』
『次の休み時間、話し掛けてみ』
メッセージが目に入ってすぐに伊藤を見ると、俺にだけ分かるようにスマホを持っていない手で小さくハートポーズをしていた。
キュンです、じゃないんだよ。あとそのサイン、ちょっと古いと思う。
……まぁなんであれ、聖はいつも通りらしい。
ここ数日、俺がいない時の聖はずっと元気がなさそうだった、って途切れ途切れの文章が送られてきた。
「……ふっ」
『大丈夫、今日の加宮なら絶対話せる』
親指を立てるゆるい犬のスタンプを、伊藤が追加で送ってくる。
思ったよりもゆるくて、のほほんとしたスタンプに図らずも笑ってしまう。
でも聖はこっちを見る気配すらなくて、やっぱり何も反応されないのは寂しい。
ちょっと分かりにくかったけど、せっかく伊藤が助け舟を出してくれたんだ。
ここで俺が行動しなかったら、ちゃんと話さなかったら、今度こそ本当に聖が離れていくかもしれない。
昨日になってやっと自分の気持ちに気付いたっていうのもあるけど、俺は聖がいないと駄目だって思ってしまったから。
「ふぅ……」
無意識にぎゅっと手を握り締めると、緊張からか手汗が滲んでるのが分かる。
そんな自分に苦笑しながら、ドキドキしながら次の授業を受けた。
「ねぇ、先生まだ来てない?」
「……え、うん。まだ、だけど」
俺が名前を呼ぶよりも先に、聖の後ろ──すなわち俺の右側の席の男子生徒に聞いた。
ドアから一人分は離れてるから俺には聞かないだろうな、って思ってたけど、こうもあからさまだとちょっと落ち込む。
「あ……っ」
聖が自分の席に座る前に一瞬だけ顔が合って、でもすぐに視線を逸らされる。
子供じゃないんだし、そんな態度取らなくてもいいだろ。
なんて言ってやりたいけど、そうやって避ける理由に気付いたからかな。
今は聖が幼稚で、頑張って意地を張ろうとしてる小さな子供みたいで、怒りを通り越して呆れてしまう。
やがて聖が席に着いて二、三分くらいすると教師がやってきて、すぐにチャイムが鳴って授業が始まった。
「……素直になれたら苦労しない、か」
一定の間隔で話す教師の声に耳を傾けながら、時折聖の後ろ姿を見つめて人知れずぽつりと呟く。
まぁ、聖は昔っから頑固だもんな。
そういうところは今も変わらなくて安心するけど、挨拶くらいはしてくれてもいいだろうに。
お前が俺のことを避け続けるから、こっちはどうしたら顔を見てくれるのか、どうしたら名前を読んでくれるのか、ずっと考えてるってのに。
一限目の授業が終わって休み時間になっても、自然と聖を目で追ってしまうのはもはやお約束だった。
俺が教室に居る時は大体背中を向けてスマホを弄ってるっぽくて、クラスメイトも聖の雰囲気が変わったって分かってるからかな。
何か用が無い限り、もしくはよっぽど聖が好きな猛者じゃない限り、あいつが話してるところを見てないかもしれない。
「……ん?」
ぼうっと聖の背中を見てると、ぽんと肩を叩かれた。
誰だ、と思いながら肩を叩かれた方を見ると、伊藤がウザったいくらい綺麗な笑顔で親指を立てていた。
なんだその、腹立つ顔は。
自然と眉間に皺が寄って、俺が口を開こうとするよりも早く伊藤の唇がゆっくりと動く。
「ま、任せとけって」
「……はい?」
任せる? 何を?
俺が頭にハテナを浮かべてると、伊藤はふっと笑みを深めた。
「やっほー、加宮ぁ!」
俺の疑問に答えることなく、伊藤はどんっと聖の背中目掛けてダイブする。
「わっ、どしたの」
聖はびくっと肩を跳ねさせて驚きこそしたものの、相手が伊藤だと分かると、ぱっと笑顔を浮かべたのが顔を見なくても想像できた。
俺と話す時と声の高さが同じくらいで、こうして聞いてると言葉の抑揚が違うから。
「ちょーっとこのガチャ引いてくれん? 加宮はいっつも引きいいしさ、今回は絶対欲しいんだよなぁ」
言いながら、伊藤が聖に向けてスマホを渡した。
俺の方からはあんまり見えてないけど、ソシャゲの期間限定ガチャっぽい。
「いいよ、このキャラ?」
「そうそう、お願いします加宮様!」
……なんだか面白くない。
伊藤や聖にとっては至って普通の、いつも通りのやり取りなのに。
聖は背中を向けてるから顔は分からないといっても、これ以上二人が何をしてるのか見るのは嫌で、俺はそのまま机に顔を伏せた。
でもクラスメイトの雑談に混じって聞こえてくるから、嫌でも全部耳に入ってしまう。
「……って、十連でSSR二枚抜き!? え、俺五十連くらいやってほぼRか良くてSRばっかだったのに!」
「や、たまたまだよ。前のガチャで天井いった事あるし、今日は運が良かったのかも」
伊藤の絶叫じみた声が聞こえてきて、くすくすと聖が笑う声が聞こえる。
楽しそうだな。
伊藤と聖は同じゲームをやってて、好きな配信者やテレビも被ってるから必然的に会話も増えていく。
逆に俺はこれっていう好きなことはないから、ああやってすぐに会話を作れる伊藤が羨ましい。
……昨日の夜、ダメ元で聖に話し掛けよう、って意気込んでたけどそれすら無理かもしれない。
「──おっしゃ、勝ったー!」
「いえーい、やったね!」
嬉しそうにハイタッチする伊藤と聖を見てると、俺が水を指すのは違うと思うから。
「でも、ちゃんと……しないと、だよな」
腕で口元を隠すようにして、小さく呟く。
頭では『聖と話さないと』と思うのに、こうしている間にもゆっくり過ぎていく時間が恨めしい。
伊藤も伊藤で、聖に話し掛ける前に腹立つ顔を向けてきたのは、俺が避けられてるって知ってて楽しそうに話してるのは、全部俺への嫌がらせか? そうだったら怒るぞ、さすがに。
改めてイライラが限界になりそうで、気を紛らわせるためにスマホを開くと、件の伊藤から丁度メッセージが来た。
『加宮、今日は機嫌良さそう』
『次の休み時間、話し掛けてみ』
メッセージが目に入ってすぐに伊藤を見ると、俺にだけ分かるようにスマホを持っていない手で小さくハートポーズをしていた。
キュンです、じゃないんだよ。あとそのサイン、ちょっと古いと思う。
……まぁなんであれ、聖はいつも通りらしい。
ここ数日、俺がいない時の聖はずっと元気がなさそうだった、って途切れ途切れの文章が送られてきた。
「……ふっ」
『大丈夫、今日の加宮なら絶対話せる』
親指を立てるゆるい犬のスタンプを、伊藤が追加で送ってくる。
思ったよりもゆるくて、のほほんとしたスタンプに図らずも笑ってしまう。
でも聖はこっちを見る気配すらなくて、やっぱり何も反応されないのは寂しい。
ちょっと分かりにくかったけど、せっかく伊藤が助け舟を出してくれたんだ。
ここで俺が行動しなかったら、ちゃんと話さなかったら、今度こそ本当に聖が離れていくかもしれない。
昨日になってやっと自分の気持ちに気付いたっていうのもあるけど、俺は聖がいないと駄目だって思ってしまったから。
「ふぅ……」
無意識にぎゅっと手を握り締めると、緊張からか手汗が滲んでるのが分かる。
そんな自分に苦笑しながら、ドキドキしながら次の授業を受けた。
