俺にだけ可愛い幼馴染みの本性は、甘くて重い

「おはよー、宇月(うづき)くん」

「ああ、おはよう」

「おはよ、元気か蓮弥(れんや)ぁ」

「っ、……びっくりした。おはようございます」

 学校に近くなると男女問わず同級生はもちろん、後輩や先輩たちから声を掛けられる。

 いつもならここに聖がいて、一緒に挨拶を返してるんだけどな。

 挨拶をした流れで部活の助っ人に呼ばれたり、放課後の予定を聞かれたり、人によって色々だ。

 当たり障りのない会話をして、クラスメイトが居ると一緒に話しながら教室に入ったりもする。

 まぁここ何日かは俺一人だし、みんな気を遣って挨拶だけに(とど)めてくれてるんだろう。

 というか、気遣われるくらい俺の態度って分かりやすいのか?

 毎日眠いから大体は聖に促されて話したり、休み時間に教えてくれたり、もはや介護だろって言う方が正しい時もあったっけ。

 そんな俺を見て、聖はいつも『仕方ないなぁ』って笑って……うん、なんか今までごめん。

 隣りにいない聖に向けて、無意識に謝罪するくらいには限界みたいで笑いそうになる。

 ……また体調悪くなったりしない、よな。

 今ですらちょっと泣きそうになってる気がして、不自然にならないくらい俺は軽く頭を振った。

 廊下を歩きながら考えるのは、やっぱり聖のことだった。

 メッセージ送ったのに返ってこないな、って思っててくれたら嬉しい。

 そうじゃなくても会話の糸口くらいにはなるだろ、って話し掛けてくれた方が、もっと嬉しいんだけど。

 まぁ何もなかったら、それはそれで俺の方から話し掛けるだけだ。

 無視されても今日は簡単にめげないからな。覚悟しろよバカ聖。

「ふぅ……」

 って昨日と同じく意気込んだはいいけど、教室が近くなるにつれて心臓がドキドキしてくる。

 同時に腹の奥がキリキリ痛んで、胸のむかむかもちょっと強くなってる気がした。

 もう聖のことで体調を崩して、保健室に行くのはごめんだ。

 その場で立ち止まってゆっくり深呼吸すると、意を決して脚を進める。

「よ、おはよ」

 教室に入ってすぐ、俺が来たのに気付いた神尾(かみお)が軽く手を上げて挨拶してくる。

「蓮弥おはよー」

「あら、加宮(かみや)より宇月が早いの、結構珍しいわねぇ」

 姫村(ひめむら)が元気よく手を振ってきて、伊藤(いとう)は口元に手を添えてわざと高い声で言ってくる。

 いつも思うけどやめろ、その顔と口調。

「おはよう。……聖、まだ来てないのか?」

 伊藤の言葉を華麗に無視すると、ちらりと聖の席を見る。

 確かにカバン無いな、教室に入ったらすぐ机に置きっぱなしにしてるから分かりやすい。

「おう。俺が着いた時ライン送った」

 俺の問い掛けに、三人の中だと一番来るのが遅い伊藤が答える。

「あいつ、宇月と一緒じゃなかったら一番乗りみたいでさ。寝坊してんのかなって話してたとこ」

 どうやら俺を避けるようになった日から、聖はクラスの中で一番に学校に来てるみたいだった。

 部活には入ってないから、早く来てもやる事はないだろうに。

「早く来て何してんだろうな、ほんと」

 俺の心を読んだみたいに、神尾が短く相槌を打つ。

「……そうだな」

 カバンを机に置いて椅子に座ると、俺はいつもよりちょっとすっきりしてる頭で考える。

 ぼうっとしてる時間はあいつが一番嫌っていて、そういう時はほとんど俺と話してるから、聖が一人で何してるのかあんまり考えた事はなかったっけ。

 まぁゲームでもやってるんだろうけど、それを抜きにしてもおかしいってみんな思ってるみたいだった。

 すると軽く肩を叩かれた感覚があって、そっちに目を向けると姫村が俺を見つめていた。

「そんなに気になるんなら聞こうか? 僕なら怪しまれなさそうだし」

「え、いや……」

「あのね、蓮弥は自分が思ってるよりも分かりやすいから。周りが濃いから目立ってないだけで、一番分かりやすいよ」

 大丈夫、って言うよりも早く姫村が口早に(まく)し立てる。

 二回も言うくらい分かりやすいのか、俺は。

「……や、聞かなくていい。ありがと」

 かろうじてそれだけを言うと、俺はそのまま机に顔を伏せた。

 もしも学校に来る途中、事故に()っていたら。

 電車が遅れていたり単に寝坊して遅くなった方が一番いいけど、怪我をしていたらって不安ばかりが大きくなっていく。

 なんで俺の方から話し掛けようとした時は、それを読んだみたいに避けていくんだ。

 なんで俺のことは無視するのに他の奴とは楽しそうに話すんだ、って苛立ちも湧き上がってくる。

 ってか、姫村に『分かりやすい』って言われたくらいだし、聖はもっと前から俺が何を考えてるのか分かってて、何も言わないでくれていたわけで。

 あいつの性格なら、空気を読んで黙ることくらい分かってるのに、なんか……悪いことしたな。

「よーし、今日も始めんぞー」

 そうしている間に担任の間延びした声が聞こえてきて、朝のホームルームが始まった。

「──加宮、は……来てないのか。誰か知ってる奴は」

「後から来るみたいでーす」

 出席を取っている手が聖の席で止まって、担任が続ける前に伊藤が手を上げて気だるそうに言った。

 連絡事項や近々始まる模試の説明を合わせて、五分くらいかな。

 担任は授業で使う機材を抱えて、慌ただしく教室を出ていった。

 一限目の授業が始まるまで十分もないけど、周りからちらほらと聖を心配する声が聞こえてくる。

「……聖くんってさ、母子家庭だっけ」

「学校休まないのもだけど、バイト詰め込んでるみたいだし。アタシらより頑張ってるよねー」

 尊敬するーって、ちょっと素行悪めな女子たちの声がいやに鼻につく。

 お前らに聖の何が分かるんだ、あいつが誰よりも頑張ってるのは俺が一番知ってるのに。

 でも、聖はまだ来る気配が無いから段々心配になってきた。

 一回メッセージ送ってみるか? でも見てくれなかったら意味ないし。

 スマホを出そうか迷ってると、ガラリとドアが開いた。

「──は、っ……間に、あった……?」

 荒い息遣いとともに少し高い声が聞こえたかと思うと、ふんわりと柔らかい柑橘系の匂いが鼻を掠める。

 これ、聖がたまに付けてるハンドクリームの匂いだ。

 声がした方に顔を向けると、ドアに手をついた聖がやや顔を俯けて呼吸を整えていた。