俺にだけ可愛い幼馴染みの本性は、甘くて重い

「なんで……返して、くれないんだ」

 俺はベッドに横になったまま、スマホをじっと睨み付ける。

 まるで胸に何かが詰まったみたいで、むかむかして気持ち悪い。

「っ……!」

 なんだか夕飯に食べたカップ麺が逆流してきそうな気配がして、慌てて口元を抑えてゆっくり起き上がった。

 スマホの時間表示は、二十三時ちょうど。

 そろそろ寝ないとだけど、どうしても聖から返信が来ないのが気になって眠れそうにない。

「バカか、俺は」

 自嘲じみた声が唇から漏れて、その諦めた口調に更に笑う。

 正直、焦ってる自覚はある。

 我ながらメンヘラだな。もしくは彼女か……って、これは絶対にあり得ない。

 男同士だし、そもそも俺も聖も女の子が好きだから。

 聖が俺のことを恋愛的な意味で好き、って冗談でも言わない限りは。

「いや、何考えてるんだ」

 確かにあいつは綺麗な顔をしてて、でもそういう対象として見たことは一度たりとない。

 ……でも、どうしてだろう。

 どうしてか胸がちくりと痛んで、胃のむかつきが酷くなっていく。

「気のせいだ、気のせい!」

 ぶんぶんと首を振って腹をさする。

 けど胸の痛みとむかむかした感覚は更に酷くなっていって、気を紛らわせるためにスマホを開いた。

 その間に聖から返ってくるかもしれないし。

「そういえば写真、見てなかったな」

 それはスケジュール管理アプリの機能の一つで、お互いが撮った写真をアプリ上に共有出来るというものらしかった。

 俺はあんまり写真を撮らないし、聖や他の奴に誘われないと写りもしないから、ほとんど写真の共有はしていない。

「あ」

 でも案の定、聖から大量の写真が共有されていた。

 どれくらいあるのか分からないけど、最初に何を共有したのか気になって好奇心で一枚目を見る。

「……こんなの、撮ってたのか」

 それは小さい頃の聖と俺が笑顔でピースしてる写真で、ちょっと画質が古いから両親か聖のお母さんが撮ったんだろう。

 写真の中に収まる二人は自分とその幼馴染みなのに、無邪気で可愛くて図らずも小さく笑ってしまう。

「聖の家のアルバムからだよな、こんなの知らないし」

 一枚ずつ小さい頃の写真をゆっくり見返してると、ふと頭に疑問が浮かんだ。

 あれ、この時の俺達って距離近くないか?

 それと同時に、まだ避けられる前に神尾から言われた言葉を思い出した。

『お前らが幼馴染みってのは知ってるけど、ちょーっと……いや、かなり距離が近いというか』

 あの時は何も疑問に思わなかったし、聖もにこにこ笑ってたっけ。

「……そういえばそう、だな」

 いつからなのか正確には覚えてないけど、聖と遊ぶようになると自然と隣りに居るのが常だった。

 現に頬をくっつけ合って、もしくは手を繋いで、ってそういう小さい時の写真が何枚かある。

 ……この時の聖は、まるで俺のことが好きだって言ってるみたいだった。

「好き……か」

 思い返すと出会った時から聖はいつもまっすぐで、なのに隠し事をする時はするから『教えて』って必死になって、何回か口喧嘩をしたような。

 今思えば俺が子供にしては恥ずかしいくらい短気だったからで、聖の性格をよく分かってなかったからだけど。

「小学生の時、だったかな」

 ──蓮ちゃん、好きだよ。

 あれはなんで言われたんだっけ。

 会話の前後は覚えてないけど、おかしいなって思ったことだけは覚えてる。

 明るい口調に反して、ちょっと寂しそうに笑っていたから。

 まぁそれも一瞬だったし、俺の見間違いで記憶違いってのもありそうだけど。

「そういや、その後ずっと一緒にいるって言ってくれたっけな」

 ──僕ね、大きくなってもずーっと蓮ちゃんと一緒にいるんだぁ。

 正直言って、嬉しかった。

 まぁ俺がその後なんて言ったのかは(おぼろ)げで、でも言葉通り高校に上がってからもずっと隣りにいてくれた。

 感謝しているし、これからもこういう関係が続くと思ってたのに。

「っ」

 ぎゅう、と強く瞼を閉じる。

 小さい時から今まで、俺に対しての言葉や感情がもっと親密な──恋愛的な意味を含んでいたとしたら。

 そういう、あり得ない考えがぽつんと頭に浮かんだ。
 そもそも男同士だろ、どう恋愛に発展するんだ。

 理性は鼻で笑い飛ばそうとしていて、でもそれ以上に『嬉しい』って思ってしまった。

 この気持ちが好きじゃなかったらなんなんだ、って。

 というかこの時間だと相談出来るような奴がいないから、何が正しいのか分からない。

 神尾はちゃんと聞いてくれるかもだけど、恋愛にはピュアであってほしい。納得出来るのかって話とは別に。

 姫村は聖と仲いいから相談したいけど、よく考えたらあいつは口が軽いんだよな。いつも人の恋路は、とか言ってるくせに。

 消去法で伊藤は……真面目に聞いてくれたと思ったら話の腰を折るところがあるから、最初から相談しない。

「……どうしよ」

 いつもの奴ら以外にも、何人か話を聞いてくれそうな相手を思い浮かべてみたけど、よく考えたら今から通話やメッセージを送るのは迷惑かもしれない。

 時計は優に二十三時を回っていて、そろそろ四十分になろうとしているから。

 みんな大体寝てるか、寝る準備してるよな。

 そう思うと、なんだか相談相手を選ぶのが時間の無駄に思えて、スマホを手に持ったままごろりと寝返りを打った。

「俺と聖は幼馴染みで……一番大切な、友達で。でも」

 誰にともなく呟いて、そっと身体の力を抜く。

 白い壁をじっと見つめながら、今までの聖の言動を思い出した。

 あいつが今まで距離が近かったのは小さい頃からの延長で、これが聖なりのスキンシップで。

 聖は他の奴とは違う、って無意識に自分に言い聞かせて特別扱いしていた節はある。

 本人や周りが何も言わないのをいいことに、その立場に甘えていたのは俺だ。

 ありえないって思うけど、もしも聖が俺を避ける理由が『恋愛としての好き』で、その気持ちがバレるのが怖いからだとしたら。

「……聖は俺のことが、そういう意味で好きで」

 口にすると声が震えて、でもそれがなぜなのかは分からない。

 でも俺の予想が当たってたら、聖の考えそうなことだ。
 男同士だから距離が近いのは不自然じゃない、って思ったのかもしれない。

 時々俺の顔を見ないで誤魔化すところは、隠し事があるからじゃなくて俺に好意を寄せていたからで。

 自分の気持ちがバレた時には、『もう幼馴染みじゃいれない』って俺が言うと考えたのかもしれない。

 あいつは人一倍感情の変化に敏感で、些細な事でも空気を読んで周りを(なご)ませようとするから。

 そう考えると今までの聖の言動に納得がいくところもあって、でも俺の中に芽生えたのは嫌悪じゃなかった。

 むしろ『好き』って感情で、しかもそれはただの友達としてじゃない。

「それから、俺は……」

 段々と震えていく声に、このもやもやした感情の正体に、いやでも気付いてしまった。

 どうして今まで、一度も気付かなかったんだろう。

 聖が俺のことを恋愛対象として見ていて、そういえば俺も聖と居る時が一番落ち着いて、素を見せていることに。

 女の子と付き合っても無意識に聖を優先していて、それが原因で離れていってしまうことに。

 付き合った子のことを大事にしよう、っていうのは結局口だけで、俺のすべては聖で回ってたんだって。

「……聖が、好きで。あいつがいないと、きっと俺は駄目になる」

 他の奴にはすぐに返すのに、俺にはなかなか返ってこなくてやきもきしたのも。

 俺を意図的に避けて無視して、他の奴と楽しそうに話しているのも。

 聖から避けられているから落ち込むんだ、って思っていたけどこれはあれだ。

「嫉妬、だ」

 口にすると笑えてきて、自分でもまだあんまり分かってないけど合ってるんだろうな。

 感情を言葉にしたからか、さっきよりもちょっとだけ胸がすっきりしたし。

「……まだ起きてる、よな」

 スマホの時間表示を見ながら、ぼうっと画面を見る。

 やっぱり聖からのメッセージは来ていなくて、ただモノクロの画面が映るだけ。

 ぼんやりとスケジュール管理アプリを見ても、新しい予定は入れてなかった。

 SNSに写真や文章を投稿した形跡もない。

 全部が昨日見た時と変わってなくて安心したけど、この時間だったらそろそろ『通話しよう』ってメッセージが来るはず。

 もう一度メッセージアプリを開くけど、やっぱり未読のままだった。

「無視するな、バカ聖」

 一人きりの薄暗い部屋で、小さく悪態をついた。

 今すぐに聖と話したいのに、どうしたらメッセージを見て返してくれるのか分からない。

 でもこのまま何もしないで寝るのは嫌で、まぁ寝られるかは分からないんだけど。

 俺はほとんど衝動的になって、メッセージを打ち込んだ。

『話したいから返信してほしい』

 こうなったら、既読のままでもいいから見てくれた事に賭けたい。

 返信が欲しいのが本音だけど、これ以上催促しても面倒くさがられて、もっと避けられるのは目に見えてるから。

 明日教室に着いたら、ダメ元で聖に話し掛けて。最悪、誰か他の人に『蓮弥が呼んでる』って伝言を頼んで。

 我ながらバカなこと考えてると思う。

 でも避けられるのが怖いから行動しないなんて、それじゃあ何も変わらないじゃないか。

 このまま聖が離れでもしたら、俺は自分を許せないかもしれないから。

「……よし」

 震える指先で送信ボタンを押すと、そのまま画面を閉じる。

 朝起きた時、聖からメッセージが来てますように。

 祈るようにきつく瞼を閉じて、細く長く息を吐き出す。

 無意識に強張っていた身体の力を抜いて、俺はスマホを持ったまま眠った。