俺にだけ可愛い幼馴染みの本性は、甘くて重い

「さっ、宇月くんのお戻りですよーっと」

 揃って教室に戻ると、開口一番に伊藤がやや大きな声で言った。

 それぞれ友達と話していたクラスメイト達の視線が一斉に俺に向いて、少したじろいでしまう。

 自分の席でスマホをいじっていた聖がこっちを見てるのも分かって、でもすぐに顔を伏せてスマホを操作し始めた。

 あ、あれ。こっちに来ないのか……?

 予想はしてたけど、こうして無視されるのは悲しい。

 でも胸の痛みが大きくなる前に、ざわざわと教室が騒がしくなった。

「宇月くん、大丈夫だった?」

「早退しなくて平気か?」

「誰が様子見に行くかくじ引きしようとしたんだけど、三人が行くって言って……」

 十人くらいのクラスメイトが俺を取り囲んで、めいめいに心配の声を掛けてくれる。

「ノート取っておいたからラインに送るな〜」

 って言ってる間にクラスメイトの一人から、現代文の板書が送られてきた。

 あ、分かりやすい。要点とか期末に出るところとか、しっかり書いてある。

「心配掛けてごめん……ありがとう、みんな」

 緩やかに口角を上げて、小さく頭を下げて礼を言う。

 普段はあんまり話さない人がほとんどだけど、こうして気に掛けてくれるのは嬉しいしありがたい。

「おいおい、これくらい普通だし常識じゃん」

「もっと頼れよ、俺らの仲だろー?」

「何かあったら言ってね」

 呆れたように言う男子や女子もいれば、真っ先に助けようとしてくれる人達もいる。

「……ああ、ありがとう」

 俺はそれしか言えないのか、ってくらいお礼の言葉を唇に乗せた。

「うおっ、なんだ入り口塞いで……」

 すると次の科目の教師が後ろのドアから入ろうとしてきていて、黒板の近くに集まっている俺達を見て軽く後退(あとずさ)る。

「ほら散った散った、授業始めんぞー」

 けれどすぐにパンパンと両手を打って、席に戻るように促した。

 そういえばもう二限目始まるんだったな、すみません。

 ちょっと急いで自分の席に戻る途中、ちらりと聖の方を見る。

 でも教科書を準備してたから顔は合わなくて、今声を掛けると注意されるからできなかった。

「──で、ここ期末に出るから赤で引いとけー」

 授業が始まってしばらく、ぼうっと教師の声を聞きながら、教科書に線を引いた。

 ついでに俺の中で『重要』って意味の赤い付箋を貼って、家で勉強する用の小さめのノートにも言葉を書き込む。

 教師の言葉はしっかり聞こえてるけど、まだどこかぼんやりした頭まま考えるのは聖のことだった。

 朝、姫村が言ったように俺の誕生日が近いからとか、別の考えがあるからとか、昨日のタイミングがいいメッセージといい、今日になって避けるのは少し不自然なんじゃないかって。

 目も合わせてくれないのは今まで無かったから、余計にそう思うのかもしれないけど。

 声を掛けたくても『話し掛けるな』って雰囲気があるからかな、ちょっと……いやかなり今の聖はおかしい。

 さっき後ろの方にプリントを配った時も、いつもなら後ろの人にプリントを渡し終えると、聖は俺の方を見て笑う。

 それだけじゃなくて小さく手を振ってくるから、俺は口パクで『前向け』ってちょっと笑いながら言うんだ。

 でもさっきは俺の方に顔を向けるのはもちろん、相手がちゃんと受け取るかの確認もしなかった。

 背を向けたまま器用に渡していて、受け取ったクラスメイトは俺の方をちらりと見てきたけど、理由が分からないから何も言えなくて曖昧に笑うしかできなかった。

 ……聖、なんで俺に怒っていて無視してくるんだ。

 そう、今すぐにあいつの目の前に立って言いたいけど、こうしている間にも授業はどんどん進んでる。

 ああ、板書が結構先に……でも追い付けない量じゃないからマシか。

 黒板とノートとを交互に見ながら急いでシャーペンを走らせていると、何もしてないのに不思議と心の奥がつきりと痛んだ。