俺にだけ可愛い幼馴染みの本性は、甘くて重い

「っ、……?」

 ざわざわと騒がしい声や足音が聞こえてきて、俺はうっすらと瞼を開けた。

 ぼんやり白い天井が視界に入って、次に少しの薬品の臭いが鼻をつく。

 ……そういえば神尾に付き添われて保健室に行って、薬を飲んで寝てたんだったな。

 もうこめかみの痛みはなくて、眠気もあまり無い。

 ゆっくりとベッドから起き上がると、意味もなく手をグーパーさせてみる。

「……何時だ、今」

 きょろきょろと保健室にある時計を探してみるけど、壁には掛けられてないみたいだ。

 よく考えたら、こうして保健室に入るのは入学してから初めてで、時計はもちろんだけど絆創膏とか薬がどこにあるかも知らないんだよな。

 怪我した時は聖が簡単に手当てしてくれるから、小さい怪我だったら必要なかったりする。

 まぁ本当はちゃんと保健室に行って、手当てをしないととは思うけど。

 こうして思い返してみると、聖は俺のために色々してくれたんだな。

 元々用意がいいから、そんな聖に甘えてしまってるのは否めない。

「れーんやっ……いってぇ! 何するの裕樹(ゆうき)!」

「バカ(れい)、一応病人がいるんだぞ!」

 すると、がやがやと騒がしい声がドアの向こうから聞こえてきて、その声が誰なのかはすぐに分かった。

 姫村と神尾かな、声大きいから神尾に頭でも叩かれたか。

「ほらほらバカ二人、保健室前ですよー」

「うっ」

「ちょ、明人(あきと)……くるし」

 あの中に伊藤も居るみたいだけど、二人とも羽交い締めでもされたのかな。

 伊藤は柔道部だから抜け出すのは大変だろうなぁ、なんて場違いなことを考える。

 いつもふざけてるけどあの中じゃ一番強いし、俺と同じくらい頭がいい文武両道タイプだった。

 やがてバンっと大きな音を立てて、ドアが開く。

「よ、よお。起きてたのか! ごめんなうるさく……うぐっ!?」

「蓮弥、だいじょーぶ?」

 一番目に顔を出したのは汗だくになった神尾で、でもその後ろから姫村がひょいと顔を覗かせた。

 でもあの、俺の心配してくれるのはありがたいけど、姫村くん? どさくさに紛れて神尾の脇腹を殴ったのが見えたんですけど。

「もう頭痛くない? 二限目から授業、出られそう?」

 俺が内心でそう思ってるとは露知らず、姫村はベッドの縁に膝を乗せて矢継ぎ早に聞いてくる。

「あ、ああ。次はなんだっけ」

 このまま黙っているのも駄目な気がして口を開くけど、俺の視線はドアに向けられたままだ。

 そこには伊藤が立っていて、俺が見ているのに気付くと申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせた。

 その仕草に、言葉がなくても察してしまう。

 ……ああ、やっぱり聖は来てないんだな。

 分かってはいたけど、いつも一番に心配して駆け付けてくれる奴がいないと寂しい。

「いてぇ……んだよ、さっきの仕返しか玲……」

 すると神尾がその場でうずくまったまま、きっと姫村を睨み付けるのが視界の端に映った。

「あ、ごめんね。たまたま、ほんっとうにたまたま手が当たっちゃって」

「おい、わざとだろ? そうだって言えよ、なぁ?」

 ぴきぴきと額に血管を浮かせて、神尾がややあって立ち上がる。

 同時に姫村が無言でベッドから離れて、神尾の前に向かおうとする。

「お、おい……」

 慌てて姫村の方に手を伸ばす。

 しっかり寝たから頭も身体も大丈夫だけど、さっきまで寝てた人間の前で喧嘩しようとするか普通。

 ここに養護教諭がいないって分かってるのか知らないけど、もし居たら真っ先に止められるだろうな。

 あれから一時間くらい眠ってたっぽいけど先生、俺が保健室にいるって忘れてないよな。

 伊藤ですら腕を組んでこっちを見てるだけだし……止めるのは誰もいないのか。

「よし、そろそろ出るか! 二限目始まるし!」

「っ」

 今にも一触即発しそうな雰囲気の中、ダルさの残る身体を叱咤してベッドから降りようとすると、パンっと大きく鋭い音が鼓膜に響いた。

 反射的に音がした方を見ると、伊藤が腕を組んだままにっこりと笑っている。

 いや、怒ってるというか……呆れて笑うしかないんだろうな。

 神尾と姫村が軽い言い合いをしてるのは日常茶飯事だけど、ここまで手が出そうになってるのは俺も見たことないし。

 案の定というか、さっき保健室の前で伊藤に何かされたのが堪えてるのかな。

 姫村も神尾もだんまりで、そんな二人の反応に笑みを深めると、伊藤が中途半端な体勢のまま固まってる俺の前にやってくる。

「もう教室戻れそ?」

「……まぁ、大丈夫だと、思う」

 伊藤があんまりにも普段と掛け離れた優しい声で言うから、ちょっと歯切れ悪い言葉になった。

「そか」

 でも俺の態度がいつも通りって分かってるからか、それ以上何も言わないでくれるのはありがたい。

「お前ら……ほれ、仲直りしろー」

 そう言うと伊藤は未だ睨み合っている神尾と姫村の間に割って入っていって、底抜けて明るい声が保健室に響いた。

 そこから教室まではほとんど無言で、きっと三人とも俺を気遣ってくれたのかもしれない。

 というか神尾と姫村が、俺と伊藤を挟んで険悪な雰囲気を出してるからだけど。

 まぁ聖は来てないし、俺以外が話題に出すのも違うからかな。

 なんであれ、聖が迎えに来てくれてないって事は教室で顔を合わせることになるわけで。

 そう思ったら、ほんのちょっとだけ『心配したんだよ』の言葉があるのかと期待してしまう。

 ……あれば、いいな。

 じんわりと身体の奥がなぜか震えるのを感じながら、俺は足を動かした。