「柴谷ってさ、彼女とかいんの?」
ずいぶんと日が落ちるのがはやくなった十二月半ば。ふとそんな質問をしてきた友人の顔を振り向くと、「きれーな顔でこっちみんな照れるから」とおどけた口調とともに手で顔を覆われた。まぶしくなるほどの金髪頭が見えなくなる。
「きも」
「うわー、そういうこと言っちゃうんだ、ひーくん」
「その呼び方やめろ、タツキ」
「ふは、こっわい顔」
タツキとは大学の学科が同じで、偶然隣の席に座ったことをきっかけにして仲良くなった。
「こいつにいないわけなくね? 顔だけはピカイチなんだから」
「だけどさあ、恋愛っていう概念存在してなさそうじゃん」
「まあたしかに。普通にきもとか言ったら女の子泣いちゃうしな」
「そーそー」
タツキの横にいた男──マヤトが話にのってくる。非常に不名誉なことを言われているような気がするのは、気のせいだろうか。
「お前ら、好き勝手言いすぎだろ」
「いやー、もうすぐクリスマスがきますね。恋人の季節、冬、非リア同士仲良くしよう」
「柴谷、お前は今からでも全然間に合うと思うぜ」
いったい、こいつらから俺はどう見えているのだろう。けなしたいのか励ましたいのか、よくわからない。
「あのさ、」
ふわ、と脳内にひとりの姿が浮かんだ。こういうとき、浮かんでくるのは目を細めて心底幸せそうに笑う、愛しい。
「俺、彼女いるから」
────
『もしもし、ひーくん? なんかちょっと久しぶりな気がするね』
「ん。元気?」
『元気元気! ひーくん、ちゃんとご飯食べてる?』
「それは紬のほうな」
スマホから聞こえてくる声は弾んでいるけれど、長らく会えていないため寂しい思いをさせていないだろうか、と心配になる。というのは、ただの俺の願望だ。ただ、スマホの先にいる彼女も、自分と同じ気持ちだったらいい、なんて。
「……もうすぐ、クリスマスだな」
『そうだね。あと一週間とちょっとくらい?』
「その日は、会いにいくから」
『え? いいよいいよ、柴谷忙しいだろうし』
俺に気を遣うとき、呼び方が「柴谷」に戻ることを、彼女は気づいているのだろうか。名字呼びの期間、無意識的に気を遣わせることが多かったせいか、と申し訳なくなる一方で、砕けた呼び方をしてくれるまでに近くなった距離にほんの少し浮かれてもいる。
「紬は、会いたくない?」
『え、? わ、わたしは……』
「俺は会いたいよ、紬に」
離れていても、心地よく息ができる理由は、ここに。
*
雪が舞い降りてくる。彼女なら、これをどのように描くだろうか。
そんなことを思いながら、待ち合わせ場所に立っていると、突然ふわりと花の香りがした。
「ふふ、おまたせ」
その一言だけで、俺の心を満たすことができてしまう彼女は、やっぱり偉大で、大切で。ゆっくりと彼女の姿を目に映す。
普段まっすぐな黒髪が、今日はくるくると巻かれていて、化粧も相まってより大人っぽい雰囲気が出ている。
「きれいだよ」
思わずこぼれた言葉に、紬が、え、と目を丸くする。それから、丸い目がふっと細まって、ゆっくりと笑みの形を作った。
「ひーくんのためだよ。じゃ、いこっか」
今日も好きだ、と思う。
彼女を初めて見たときから、ずっと、どんどん、好きになっている。こんなにも人を好きになれるだなんて、思ってもいなかった。
出会ったときから、なにかが違っていた。気づけばふと目で追ってしまって、助けてやりたいと思うようになって、できるだけ苦しみの少ない世界で生きていてほしいと思っていた。そばにいたいと思った。あわよくば、同じ気持ちを返してほしいと望むようになった。
こんな想いを、彼女は「ありがとう、わたしもだよ」とその言葉だけでまるごと受け取ってくれる。
それが、たまらなくうれしかった。
手をとると、俺の顔を見上げた彼女が、ふわりと溶けるように笑う。
シャン、とどこかで鈴の音が聞こえたような気がした。
俺はこれからも、彼女の手を握って、何度も言うのだ。
「落ち着いて、息吐いて。吸って、前向いて」
「懐かしいね。ふ──っ」
キミのことが好きだ、と。
*2025ver. fin*
追記 去年に増して紬ちゃんのことが好きな柴谷がかわいらしい。



