その名は時間管理局


 ============== これは、勿論フィクションです。 =======
 俺の名は、加賀見進。別名「異次元の殺し屋・万華鏡」。次元を渡り歩く殺し屋をしていたが、時間管理局に『異動』になった。俺の使命は、この未来世界(3026年)から、所謂タイムリープをして逃げた犯人を追って、『悪さ』をしていた場合、逮捕し、局に移送させることだった。殺しはしないが、痛め付けること位は許されている。
 今の俺は、『異次元のパトロール警官』。次元の『調整係』だ。

 午前9時。時間管理局。
 出勤するなり、ボスは言った。
 「五十嵐、お前は・・・リストラをどう思う?」
 「あれ?解決済じゃあ?」
 「その案件はな。差異が生じたのは、『担の国』。我々が集まって、ファミレスで作戦会議をした次元だ。期間軸は、1987年4月1日。それまで大赤字だった、担の国鉄が担の国Rに生まれ変わったのだが、10万人規模のリストラが行われ、リストラされた人々への救済も問題視されていた。まあ、後に問題は鎮静化に向かった、というのがデータベースなんだが、担の国年鑑は大きく書き変わった。スタートしたその日、本社ビルが消えたんだ。それで、新体制がフル起動するまで10年の歳月がかかってしまった。」

 俺は、説明が終るのを待たず、MRIに似た移送装置に寝転がった。
 睡眠学習にとると、大赤字による分割・民営化は大規模だった。
 怨みを買ったリストラだったとしても、シッパーでなければ、こんな大掛かりなことは出来ない筈だ。

 1987年4月1日。午前8時。『担の国』。担の国R本社ビル前。
 上空に、円盤が現れた。
 前から変だとは思っていた。
 最初、ボスからは、時間管理局の移送装置のプロトタイプが盗まれて悪用されている、とは聞いていた。だが、シッパーの手先が一人でない時もあったし、毎日のように、おかしな事件が起こるのも不思議だった。
 人間でなく、円盤を移送する場合もあったのか。
 そして、その技術を使えば、人間どころかビルも移送出来る。
 「弾き跳ばすんだ、万華鏡。敵が行動を起こす前に。」
 どこかで聞いた声・・・まさか。
 右腕の方の腕時計から聞こえた指示に従い、俺は意識を集中した。
 時間を越えて跳ばすことは出来なくても・・・幸い、近くに大きな公園がある。
 俺は、円盤を跳ばした後、その場所に移動した。
 出てきたのは、宇宙人ではなく、未来人だった。俺は、未来人5人を『保安檻』に送った後、円盤を海に移送、沈めた。

 俺は意識を失った。

 目が覚めると、妙なベッドに寝かされていた。
 移送装置ではない。病院でもない。
 時間管理局の分室でもない。

 目の前にいるのは、ボスだけでは無かった。
 「おはよう、万華鏡。流石に体力がもたなかったようだね。」
 いつも通勤電車で会う、サラリーマンだ。
 「初めまして・・・かな。新局長の大川亘(おおかわ わたる)だ。」
 「敵が円盤を飛ばしたので、こちらも円盤を飛ばした、という訳だ。今のところ、AIによる自動操縦だが。」
 「ひょっとして・・・。」
 「そう。君の腕時計を追跡して、回収してきた。まあ、いつもやってることだが。」
 「え?」
 「お前は、安静状態で『逆移送』されていたんだ。」
 ボスは、妙な仮面を脱いだ。
 やはり、ボスは力石だった。

 「ここで営みをされても困るから、家に移送するよ。」

 言われて、5分も経った頃、家の寝室のベッドに俺は横たわっていた。
 「エネルギー交換の時間だ。48時間も待たせやがって。」
 かな子は、止揚に戻っていた。

 俺は、覚悟した。
 腹は減っているが・・・。

 ―完―

 ※1987年の国鉄分割・民営化は、巨額の赤字(最終年約1.4兆円)と約25兆円の債務処理を目的に、約10万人規模の削減・配置転換を行った「最大級のリストラ」でした。採用見送りや関連会社への転籍、地方路線の廃止、国労(国鉄労働組合)組合員への厳しい対応などが実施されました。

 ※国鉄は戦後の自動車・航空機の発達や、採算の合わない地方路線維持により、1960年代後半から急速に経営が悪化しました。慢性的な赤字に加え、ストライキの頻発(労使関係の悪化)により、公共企業体として存続不可能な状態(実質的破綻)に陥っていました。
 この危機を打開するため、政府は行政改革の一環として国鉄を解体し、1987年4月1日に「JRグループ」を発足させました。

 ※「鉄」の字について、ロゴ文字に限り「鉃」(金偏に矢)という字を採用しました。JR四国を除き、JRグループでは各社とも社名ロゴに「鉃」(金偏に矢、本来は「鏃(やじり)」の意)を使用しています。これは「金を失う」に繋がる「鉄」の字を避けるためのゲン担ぎであり、背景にはJRは国鉄の赤字が原因で発足したという経緯があります。かつては、近畿日本鉄道等にも同様の例がありました。

 ※JRグループにおける各社の略称は、分割民営化前の国鉄時代に原案が作られており、それらをもとに決定され、1987年2月20日に発表されました。1987年4月1日の新体制の発足に際し、呼称としての「JRグループ」・「JR○○」を前面に押し出した結果、「JR」の定着はスムーズに進みました。(ウィキペディアほかより)