その名は時間管理局


 ============== これは、勿論フィクションです。 =======
 俺の名は、加賀見進。別名「異次元の殺し屋・万華鏡」。次元を渡り歩く殺し屋をしていたが、時間管理局に『異動』になった。俺の使命は、この未来世界(3026年)から、所謂タイムリープをして逃げた犯人を追って、『悪さ』をしていた場合、逮捕し、局に移送させることだった。殺しはしないが、痛め付けること位は許されている。
 今の俺は、『異次元のパトロール警官』。次元の『調整係』だ。

 午前9時。時間管理局。
 出勤するなり、ボスは言った。
 「五十嵐、お前は・・・イジメは嫌いだよね。」
 「その通りです。動機が何であれ、イジメはダメです。下品!!!!!!!」
 「イマイチか。まあいい。今回の差異の場所は、『共の国』。お前が、万引きしようとした女子高生真子を助けた次元だ。お前が後で・・・、ああ、っと。差異が生じた事件があった。時間軸は、1986年。女性が男性を突き飛ばした為、駅に入線した列車に撥ねられ死亡。被害者が高校体育教師で加害者女性がストリッパーだったことから、マスコミは、一方的に被告になった女性を非難した。しかし、目撃者の証言により、被害者は泥酔しており、ストリップ劇場で彼女を見知っていたことから執拗に迫っていたことが判明、突き飛ばしたことが正当防衛だということで、傷害致死罪ではなく、無罪となった。当時は、無罪を求めて七千もの署名が集まったことでも有名になった。ココまでがデータベースにあった真実だ。ところが、変ってしまった年鑑によると、無罪判決になった翌日、遺書を残して自殺したことになっている。おかしいよな?」
 「おかしいでしょ。」

 本当は、ボスこそパワハラしている、イジメ野郎だと思ったが、黙っていた。
 MRIに似た移送装置の横には、また冬ものコートがあった。
 ボスなのかな?予め行く季節知っていないと、用意は出来ないが。
 「時間病」だと言っていたが、正体不明のボスだ。
 寝転がって、睡眠学習を受けると、どこの次元でも、どこの時代でも、マスコミはタチが悪い。風俗と言えども職業差別・・・って考え方は、後の時代か。いや、ストリップショーは、風俗じゃないか。単なるパフォーマンスだ。まあ、中には行きすぎたショーもあったろうが。明らかに、被害者になった男が、最初は加害者だった。証言した目撃者も勇気あるなあ。
 1986年1月14日23時頃の事件だが、結審したのは、1987年9月17日だ。コート要らないじゃん。

 1987年9月⒙日。『共の国』。被告になった女性の家の前。
 出刃包丁を持った女性が、雨にも拘わらず佇んでいる。
 その女性に冬物コートが被さった。
 「止めなよ。曙アキコさん。恋人の八坂さんは、事故で死んだんだ。彼女を殺しても何にもならない。唆したシッパーは逮捕したよ。あなたは、家に帰れ。一生悔いを残すより、一生、八坂さんを思っていてやれ。」
 俺は、曙を自宅まで跳ばした。八坂の行為は、死ななかったら、顰蹙もので済んだのかな?
 俺はコートを拾い、未来に帰った。コート、怒られるかな?

 3026年某月某日。午後4時。時間管理局。
 俺はタイムレコーダーシステムに体内時計をスキャンさせた。
 そして、今回は、『報告書』をさっさと書いた。いつもは、帰り際に書くのだが。
 「コート、クリーニング、出しておくよ。勘違いで置いておいた。済まなかったな。」

 えええええええええっ!!
 ボスが謝るなんて、明日は雨かな?

 午後7時。帰宅して、俺の背広を受け取った、かな子は「あ、濡れてる。傘、無かったの?」
 「うん、ゲリラ豪雨ってやつ。湿ったかな?」
 「そうね、体も湿ってるかどうか、確認しなくちゃ。」と、かな子はキスしてきた。

 じゅう、ぶん、シメってるよ。

 ―完―

 ※鉄道転落事件
 1986年(昭和61年)1月14日23時頃、日本国有鉄道(現在のJR東日本)総武線西船橋駅の4番線プラットホームで女性(当時41歳)と酒に酔って執拗に絡む男性(当時47歳)が口論となり、その最中に男性が両手で女性のコートの襟のあたりを掴んで離そうとしないことからもみ合いとなった。もみ合いの中で女性は男性を突き飛ばし、突かれてよろけた男性は線路上に転落した。その場にいた他の客数人がホーム上に引き上げようとしたが、男性は入線してきた上り電車に轢ひかれ死亡した。女性は傷害致死罪で逮捕・起訴されたが、裁判で正当防衛が認められ無罪となった。
 ※当事件については当時、男性(都立高校体育科教諭)と女性(ストリッパー)の職業の対比から、興味本位に報道するマスコミが多かった。しかし、このことが結果として、当事件のような女性に対する男性の暴力の問題を浮き彫りにし、被告女性に対する有志の女性たちの応援団が結成されるなど支援の輪を広げることとなった。無罪判決を求める署名運動が1987年1月から始まり、4千筆あまりが集まった
 ※千葉地裁は1987年(昭和62年)9月17日、上記判例に従い、女性が男性から逃れるために身体を突き飛ばしたことは、手段としては妥当なものであり、結果的に男性がプラットホーム下に転落し、ホームと到着した電車に身体を挟まれるという想定外の事情により死亡したとしても、男性による急迫不正な侵害行為から逃れる正当なる防衛行為にあたるとし、被告人に正当防衛を認め無罪とした。検察は控訴せず、無罪が確定した。

 ※この事件の頃から、セクシャルハラスメントは大きな問題として耳目を集めることになりました。
 その後、「〇〇ハラ(何でもハラスメント)」をマスコミが報道し始めました。
 大いなる皮肉です。
 クライングフリーマン