その名は時間管理局


 ============== これは、勿論フィクションです。 =======
 俺の名は、加賀見進。別名「異次元の殺し屋・万華鏡」。次元を渡り歩く殺し屋をしていたが、時間管理局に『異動』になった。俺の使命は、この未来世界(3026年)から、所謂タイムリープをして逃げた犯人を追って、『悪さ』をしていた場合、逮捕し、局に移送させることだった。殺しはしないが、痛め付けること位は許されている。
 今の俺は、『異次元のパトロール警官』。次元の『調整係』だ。

 午前9時。時間管理局。
 出勤するなり、ボスは言った。
 「五十嵐、お前は、災害は好きか。」
 「頭がおかしくなったんですか、お義兄さんは。」
 「怒るなよ。ヒントじゃないか。差異が生じたのは、『努の国』。お前が『合議制』国家を夢見る女子大生に出逢った次元だ。時間軸は、2018年。『蒼シート』を開発し、販売してた『茂原興業』が国の産業栄誉賞を受賞した。伝統技術から発展し、国の災害時に役に立つシートを開発していたんだ。データベースでは、その受賞後も大いに発展、国の安全保障に役に立った。ところが、年鑑によると、意匠登録盗作騒ぎが起き、倒産してしまった、とある。」
 「詰まり、シッパーですか。」
 シッパーとは、(Shock Influence Popular Past On Existing Reset; 既存をやり直すことによる、影響的過去への打撃)と言う名の、歴史改竄集団のことである。
 早い話、歴史を弄ぶ犯罪集団だ。
 シッパーの移送装置システムは、時間管理局の『盗作』、いや、試作機だったものの改訂版だと言われている。

 俺は、『元祖』移送ステムの一部である、移送装置に横たわった。
 睡眠学習によると、小さな町工場から世界中の災害時に活躍した、という。
 詰まり。産業スパイか。

 2018年10月1日。『努の国』。産業栄誉賞授賞式会場。
 授賞式は、急遽中止になった。
 俺は、会場にいた者で『口角』が上がった男を特定し、彼の頭を読んだ。
 そして、一週間前。『茂原興業』本社。開発室。
 一人の男が侵入していた。
 「セキュリティーが甘すぎるな。」
 「同感だな。お前のセキュリティーもな。」
 男は、PCから離れて、声がする方角にラジカセがあるのを見て、近寄った。
 再生ボタンを押したが、何も聞こえない。
 俺は躊躇なく、男の手をフリーズガンで凍らせ、『金縛り』にした。
 PCに向かって座り、通信を遮断した。
 そして、通信履歴と文章を削除、PCをクローズしてから、『保安檻』に男を送った。

 午後5時。時間管理局。
 タイムレコーダーシステムに体内時計をスキャンさせた。
 「今日は、余計なことしなかったみたいだな。お疲れ様。」と、ボスは言った。

 午後7時。帰宅すると、バレンタイン用チョコの箱が山ほどあった。
 「えっと、誰が食べるのかな?」
 「あんたよ、宿六。」
 宿六?随分古いな、まてよ。
 「大丈夫。ダイエットチョコだから。毎日食べても。」

 え???
 「2週間後じゃなかった?」
 「何か問題でも?」
 「いいえ。」

 ―完―

 ※ちょっと長いですが、参考資料まで。

 □伝統工業から転換、国産のシェア9割超に
 工事現場、災害時など、様々な場面や用途で活用されるブルーシート。軽くて防水性があり、覆いとしても敷物としても使える万能資材だ。その“生みの親”の企業が、岡山県南部にある。
 □倉敷市の水島コンビナート内にある「萩原工業」。化学繊維製品や産業機械のメーカーで、国産ブルーシートでは9割超のシェア(占有率)を誇る。
 □「ブルーシートは伝統産業が盛んだった地域に、工業化の波が押し寄せたことで誕生した」。本社部門を統括する吉田淳一・取締役執行役員(58)は、地域の産業構造の変化が開発につながったと説明する。
 □イ草の一大産地だった岡山県倉敷
 同社は、イ草の一大産地だった倉敷で1892年に創業した畳表や花ござの製造会社「萩原商店」がルーツ。1960年代に入り、普及し始めたポリエチレンで花ござを製造するため、1962年に分社化して「萩原工業」を設立した。事業の要となる合成樹脂による糸「フラットヤーン」を開発すると、これを素材に1965年、ブルーシートの原型「万能シート」を売り出した。
 □青いのは安かったから?
 当初、シートの色は青ではなくオレンジ。「トラックの幌(ほろ)用に」と依頼してきた会社の企業カラーを採用した。ところが、長距離走行テストで風圧などに強くないことが分かり、納入を断念。そこで用途を限らず、商品名に「万能」を冠して販売し、農業用などで広く使われ始めると、今度はオレンジ色の顔料が有害との風評が立った。最終的に顔料が安価――などの理由から、青色に変更したという。
 □自治体と災害協定、被災地で使われたシートを再利用
 同社は現在、新潟、岡山県など20自治体や建設業団体とブルーシートや土のうを供給する災害協定を締結している。雨や強い日差しなどへの耐久性が評価された証左だ。「安価ではあるが、低品質の外国製品との差別化を今後も図っていきたい」という。

 西日本豪雨では、被災地で使われたブルーシートを再利用したトートバッグを販売し、売り上げを被災地に寄付する活動に協力。使用済みシートを再利用して、再び製品化する「水平リサイクル」にも取り組む。
 □原型の誕生から約60年たったブルーシート。今や暮らしに欠かせない製品に成長した。吉田さんは「日常に加え、災害時も重要な物資だからこそ、私たちには供給責任がある。社会の信頼に応える製品をしっかりと作り続けていく」と力を込めた。
 ◇2018年、人を大切にする経営学会選定の第8回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の経済産業大臣賞を受賞した。
 ■「萩原工業」の歴史
 1892年 畳表や花ござの製造を手掛ける「萩原商店」創業
 1962年 ポリエチレンで花ござのタテ糸を製造する工場を「萩原工業」として分社
 1964年 事業の要となる合成樹脂の糸「フラットヤーン」開発
 1965年 ブルーシートの原型 「万能シート」誕生
 2018年 人を大切にする経営学会選定の第8回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の経済産業大臣賞を受賞。

 ※蛇足ですが、私の知人宅の屋根には、令和元年の台風の被害にあった時配布されたシートが未だに張られています。
 工事関係が主流だったシートは、災害時に欠かせなくなりました。