その名は時間管理局


 ============== これは、勿論フィクションです。 =======
 俺の名は、加賀見進。別名「異次元の殺し屋・万華鏡」。次元を渡り歩く殺し屋をしていたが、時間管理局に『異動』になった。俺の使命は、この未来世界(3026年)から、所謂タイムリープをして逃げた犯人を追って、『悪さ』をしていた場合、逮捕し、局に移送させることだった。殺しはしないが、痛め付けること位は許されている。
 今の俺は、『異次元のパトロール警官』。次元の『調整係』だ。

 午前9時。時間管理局。
 出勤するなり、ボスは言った。
 「五十嵐、お前は、引退をどう思う?」
 「ボスは引退するんですか?」
 「お前、本気で言ってる?かな子に言いつけてやる。」
 「冗談ですよ、お義兄さん。アスリートの引退ですか?」
 「いや、歌手だ。復帰する歌手もいたが、この人は潔く引退した。差異が生じたのは、『味の国』。お前が偽の『国のトップ爆死』を演出した次元だ。 1980年10月5日。山田桃子という、伝説の歌手が最後のコンサートを行った。大観衆の前でな。データベースでは、その後、10月15日に最後の仕事を行った、とあるが、年鑑から、その仕事の記事は無くなった。彼女が10月6日に亡くなったからだ。それが差異だ。」
 「詰まり、消されたんですね。」

 俺はMRIに似た移送装置に横たわった。
 睡眠学習では、10月6日未明。山田の婚約相手西表敏夫の家に『運転を誤った』トラックが突っ込み、即死した、と年鑑に載っている、と教えられた。
 明らかにファンの仕業ではない。
 トラックかドライバーに細工して、強盗したに違い無い。

 1980年10月6日。午前3時。西表家。
 暴走する予定のトラックを駐め、警備員に化けた俺はドライバーに言った。
 「パーキングランプ、付けっぱなしですよ。確認した方がいい。」
 ドライバーがランプを確認に行った隙に、俺はトラックを確認した。
 ドライバーは、ブレーキに細工があることを知らず運転していたようだ。
 「ありがとう。気をつけます。」
 ドライバーの言葉に、「お気を付けて」と声をかけ、トラックを見送った。
 俺は、事故が起こった時間軸にタイムリープした。
 西表家の近くで、リモコン押して、クビを傾げる男がいた。
 トラックは一分前に通過していた。
 「ここ、圏外なんですよ。」
 俺の言葉に驚いた男を、躊躇無く俺は『保安檻』に送った。

 午後5時、時間管理局。
 俺は、タイムレコーダーシステムに体内時計をスキャンさせた。
 「修復したよ、お疲れ様。」と、ボスはマイクを差し出した。
 「何です?」
 「かな子から頼まれていたんだ。市販品だけどな。」


 午後7時。帰宅した俺を待っていたのは、ステージ衣装のかな子だった。
 覚悟はしていた。
 勢いよく歌い出したが、マイク音声はスピーカーから流れない。
 俺は、何度か配線し直したが、直らない。
 そこで、カラオケセット付属のマイクを持たせたら、ちゃんと音が入り、かな子は歌い出した。スカートが似合うな。きょうだい喧嘩になっても知らないぞ、と思って、預かったマイクをを見たら、キャップが填まっていた。
 黙っていよう。

 ―完―

 ※山口百恵 引退の詳細
 引退日: 1980年10月5日(コンサート)/ 同年10月15日(最後の仕事)
 場所: 日本武道館(「伝説から神話へ」と名付けられたさよならコンサート)
 年齢・活動期間: 21歳、デビューから約7年半
 ラストの行動: アンコール曲「さよならの向う側」を歌い終え、ステージにマイクを置いて立ち去る
 理由: 俳優の三浦友和との結婚・家庭に入るため
 引退の経緯と影響
 人気絶頂での引退: 70年代のアイドルブームを牽引し、歌手・女優としてトップに立ちながらの「完全引退」は当時の日本社会に大きな衝撃を与えた。
 ゴールデンコンビ: 三浦友和との婚約(1980年3月)と同時に引退を発表し、「仕事は完全に辞める」と表明した。
 伝説のラストシーン: 武道館では、「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」と言葉を残した。
 引退後: 1980年10月15日、ホリプロ20周年記念式典を最後に芸能界を完全に離れた。
 サブスク解禁: 引退から40年後の2020年5月、600曲以上の楽曲がストリーミング配信され、若い世代にも再評価されている。
 山口百恵の引退は、その短い活動期間と鮮烈な去り方から、日本歌謡史における「伝説」として今も語り継がれている。