その名は時間管理局

 ============== これは、勿論フィクションです。 =======
 俺の名は、加賀見進。別名「異次元の殺し屋・万華鏡」。次元を渡り歩く殺し屋をしていたが、時間管理局に『異動』になった。俺の使命は、この未来世界(3026年)から、所謂タイムリープをして逃げた犯人を追って、『悪さ』をしていた場合、逮捕し、局に移送させることだった。殺しはしないが、痛め付けること位は許されている。
 今の俺は、『異次元のパトロール警官』。次元の『調整係』だ。

 午前9時。時間管理局。
 出勤するなり、ボスは言った。もう力石だと、ばれてるが、変な仮面を着けている。
 もう知らん振りするしかない。
 「五十嵐、お前は・・・歌手は好きか?」
 「ファイナルアンサー。」
 「歌わなくて良いぞ。差異が生じたのは、『対の国』。お前が、誘拐された新宗理を救い出した次元だ。時間軸は1988年。不死鳥のように蘇った大歌手深山ひばりの復帰公演が大成功を収めた。ここまでがデータベースにある真実だ。ところが、年鑑が変わった。復帰公演の後、病院に入院したはずが行方不明となり、失踪は迷宮入りした。おかしいよね?」

 俺はMRIに似た移送装置に寝転がった。
 睡眠学習によると、初めての「国民的大スター」と言われた歌手・女優は数奇な運命を辿った。事実上の生涯独身だった。俺は生涯を知って、涙を流していた。

 1989年2月8日。再生改病院に入院する為に、ひばりの会社の人間が車椅子を押して救急搬入口から入ろうとした。
 「どうせ、死ぬんだ。今でも、いいだろう?」
 突然現れた、黒服の男達。
 「そうは行かないねえ。」
 止揚は、いつも以上に迫力満点で言った。
 葉子が、律子が、真子がいた。皆、くノ一の格好だ。
 男達は、あっという間に倒され、消えた。俺が、陰から『保安檻』に送ったのだ。
 「いかがでしたか、寸劇は?東栄の社長からの『退院前祝い』だそうです。」
 止揚の挨拶に、ひばりは車椅子から拍手した。
 「ありがとう。きっと、不死鳥のように復帰します。」
 社員達は面食らっていたが、止揚の言葉を信じて、病院の中へと消えた。

 3026年某月某日。午後5時。時間管理局。
 俺はタイムレコーダーシステムに体内時計をスキャンさせた。
 ボスがやってきた。
 「かな子がファンでね。どうしても、って言うから。」
 「お陰で助かりました。敢えて記憶を消さずにおきました。守秘義務を言う必要も無かったと思いますが、年鑑には?」
 「特段、異常はない。いつも通りに戻った。」

 午後7時。五十嵐家。
 普通の夕食だったが、居間の方から、『レコード』の歌声が流れてきた。
 「いい歌でしょ。」
 「ああ、いい歌だ。」

 ―完―

 ※美空 ひばり(みそら ひばり、1937年〈昭和12年〉5月29日 - 1989年〈平成元年〉6月24日)は、日本の歌手・女優・実業家。神奈川県横浜市磯子区出身。横浜市立滝頭小学校、精華学園女子中学校・高等学校(現:東海大学付属市原望洋高等学校)卒業。

 ※9歳でデビューし、その天賦の歌唱力で天才少女歌手と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台などで目覚ましい活躍を見せ、自他共に歌謡界の女王と認める存在となった。昭和の歌謡界を代表する歌手であり、没後の1989年7月2日に国民栄誉賞を受賞した。本名:加藤 和枝(かとう かずえ)。愛称は「お嬢(おじょう)」。

 ※しかし、誕生日から15日後の6月13日に呼吸困難を起こして重態に陥り、人工呼吸器がつけられた。ひばりの生涯最後の言葉は、順天堂医院の医師団に対して「よろしくお願いします。頑張ります。」だったという。また和也が死の数日前に「おふくろ、頑張れよ」「大丈夫だよ」と声を掛けると、ひばりは最期を覚悟したのか両目に涙を一杯溜めていたと、後に和也が語っている。

 ※そして最後のステージから136日後、再入院から3ヶ月後の1989年6月24日午前0時28分、特発性間質性肺炎の悪化による呼吸不全併発のため、和也らに看取られ死去した。52歳没。

 ※6月25日に通夜、翌26日に葬儀がひばり邸で行われ、芸能界やスポーツ界、政界からも多数の弔問があった。ひばりの棺を乗せた霊柩車がひばり邸を出る際には、多くのファンが沿道を埋め尽くし、彼女の死を悼んだ。7月22日に青山葬儀所で行われた葬儀には当時最高記録の4万2千人が訪れた。
 (Wikipediaより)