その名は時間管理局


 ============== これは、勿論フィクションです。 =======
 俺の名は、加賀見進。別名「異次元の殺し屋・万華鏡」。次元を渡り歩く殺し屋をしていたが、時間管理局に『異動』になった。俺の使命は、この未来世界(3026年)から、所謂タイムリープをして逃げた犯人を追って、『悪さ』をしていた場合、逮捕し、局に移送させることだった。殺しはしないが、痛め付けること位は許されている。
 今の俺は、『異次元のパトロール警官』。次元の『調整係』だ。

 午前9時。時間管理局。
 出勤するなり、ボスは言った。もう力石だと、ばれてるが、変な仮面を着けている。
 もう知らん振りするしかない。
 「五十嵐、お前は・・・お前、アイススケート、出来るよね?」
 「どうして、それを?」
 「かな子は、お前と滑った時のスケート靴、大事にしている。」
 「・・・あ、差異はスケート選手?」
 「その通り。差異が生じたのは、『歴の国』。お前が阪田尭世と再会した次元だ。時間軸は、2015年5月18日。人気スケーターだった、広田摩耶が引退発表した。その後は後輩の育成に力を注いだ。めでたしめでたし・・・がデータベースにある真実だ。ところが、『歴の国』の年鑑によると、その日行方不明になった彼女が、3026年、SNSで人気になっている。内容と言い声といい、そっくり。彼女の記録映像が沢山あるからね。おかしいよね。」

 MRIに似た移送装置に寝転がった。
 睡眠学習によると、彼女は惜しまれつつ引退したが、後輩の豊田美奈と共に、スケート界を牽引した、『国の宝』だった。か弱き乙女を誘拐するとは。恐らくシッパーのことだ。ただ未来で働かせているとは思えない。『臭いにおいは元から絶たなきゃダメ』だ。

 2015年5月18日。夜。『歴の国』。広田家。
 庭で立っていると、肩を叩かれた。
 阪田尭世だ。「ここじゃないわ、万華鏡さん。あの時は、処〇を奪ってくれて、ありがとう。成長したよ。じゃ、現場に行きましょう。」
 そう言って、尭世は俺の手を取った。
 漬いた先は、広田が練習用に使っていた、リンクだ。
 5人の男がスケートで滑りながら、広田に近づく。
 いつの間にかスケート靴を履いていた俺は、尭世も履いていることに気づいた。
 そうか。尭世の能力か。
 滑りながら、尭世は、男達を金縛りにした。
 俺は、すぐ『保安檻』に男達を送った。
 広田が近づいてきた。
 「貴方方は?」
 「君のピンチを救いに来たのさ。国の宝だからね。」
 「私、秘密、守ります。」
 「判ってる。でも、今の出来事は夢、だ。」
 俺と尭世は姿を消した。

 リンクの外に出て、「記憶消さなくても良かったかな?」と呟いた。
 「ううん。消して正解。あの子、万華鏡さんに魅力を感じたみたいだから。結婚する時、躊躇ってしまうわ。ねえ、決戦が終ったら、子供産んでいい?」
 「冗談よ。素敵な奥さんだもの。じゃ、また。」

 3026年某月某日。午後5時。時間管理局。
 俺はタイムレコーダーシステムに体内時計をスキャンさせた。
 ボスがやってきた。
 「どうだった?」
 「久しぶりに滑りました。」
 「そうじゃない。お前と『直接』接していない人物でも、承諾を得て助っ人を頼んであるんだ。阪田尭世もな。」
 「頼もしい仲間です。」

 午後7時。五十嵐家。
 かな子が泣いている。
 「どうした?」
 「カビっちゃってた。」
 「また、買えばいいさ。」「そうね。」
 俺は知っていた。その靴は、あの時のじゃない。
 ま、いいさ。

 ―完―

 ※浅田 真央(あさだ まお、1990年〈平成2年〉9月25日 - )は、日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)、プロフィギュアスケーター、フィギュアスケートコーチ。2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。世界選手権3度優勝、グランプリファイナル4度優勝、四大陸選手権3度優勝、全日本選手権6度優勝。

 ※愛知県名古屋市生まれ。5歳でスケートを始め、12歳の時に初めて出場した全日本選手権で「天才少女」として大きな注目を浴びた。2004年にはジュニア女子では史上初となる3回転アクセルを成功させ、ジュニアの大会を総なめにした。2005年にシニアに転向すると、当時の世界女王・イリーナ・スルツカヤを破り、グランプリファイナルで優勝を果たした。2006年トリノオリンピック出場を期待する声も上がったが、年齢制限のため出場はかなわなかった。

 ※2008年には世界選手権で初の優勝を果たし、同年のグランプリファイナルでは女子シングル史上初めて1つのプログラムで2度の3回転アクセルを成功させた。2010年バンクーバーオリンピックでは女子シングル史上初めて1つの競技会中に3度の3回転アクセルを成功させ、日本女子史上3人目のメダルとなる銀メダルを獲得した。その直後の世界選手権ではバンクーバーオリンピック金メダリストのキム・ヨナを破り、2度目の優勝を果たした。

 ※2010年からは全てのジャンプの技術を一から見直した。世界選手権では2シーズン連続で6位に終わったものの、2013年には3年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得。同年、シングル史上初めてグランプリシリーズ全7大会を制覇した選手となった。集大成と位置付けて臨んだ2014年ソチオリンピックは6位に終わったが、直後の世界選手権では日本史上初となる3度目の優勝を果たした。その後は1年間の休養ののち競技に復帰し、2シーズンを戦って競技を引退した。