ここ数年、日本の四季を感じたことがない。

 四季といえば優雅に聞こえるが、私がいっさい家の外に出ないことに起因する。
 暑ければ冷房を、寒ければ暖房をつける。家内がいじるのでしっかり把握していないが、前者は24度、後者は28度くらいに設定している。

 年中エアコンが止まることはない。電気代は気にしたこともないが、大した額ではないだろう。
 そういうわけで、私の部屋着は常に半袖Tシャツに短パンだ。家内も同様の格好で、自室でスマホを見ながら転がっている。
 世間一般(この概念はすでにないように思う)の夫婦がどのような距離感ないし関係性を維持しながら生活しているのか知らない。

 そもそも、私のような昭和老人は結婚バイアスが尋常ではなかったので仕方なく結婚したが、イマドキの若者が結婚を望む理由がさっぱり理解できない。
 今朝もその筋では名の知れた女性が結婚発表していて、はらわたが煮えくりかえるどころか飛び出しそうになった。
 祖父は亭主関白だった。父は新人類なので母より家事に熱心だった。

 私は亭主関白だ。もう絶滅危惧種なのではないか。
 国が昭和の遺産なり負の遺産なり名目はどうでもよいから文化財として保護してほしいものだ。

 たいてい、こういった物書きをしている際に家内がくしゃみをすることが多い。不愉快極まりない。
 あっちはあっちで私が禍々しい音色の放屁に苛々しているかもしれない。家内も平然と屁をかますが、きのう洗濯物を取り入れている際にプリッとかました。
 私は気にすることもなくスマホとムスコをいじっていた。家内が突然、
「あ、失礼」
 と言ったので、一瞬なんのことか理解できなかったが、放屁したことを謝ったのだと解した。
 こちらとしてはブリブリかましてもらって結構なのだが、家内にはまだ羞恥心というものがあるようだ。

 私たちは互いの自室で転がっているうえ、動きたくないので自然とコミュニケーションはLINEを用いることになる。
 ついさっき家内は、
『買い物に行くけど欲しいものある?』
 と送信してきた。いちいち訊かずとも己で判断して買ってこいと頭に血が上る。
 
 車のエンジンをかける音が聞こえたので出発したようだ。
 家内がいないこのひと時が天上の露天風呂に浸かっているようで心地いい。
 しばらくしてドッタドッタと足音が聞こえた。
 私はノートパソコンのキーボードに拳固をくらわした。l、yhhhhh、どうやら壊れてはいないようだ。家内は忘れ物がないか気になる病、施錠したか気になる病だ。
 買い物に出かけるのに財布以外に何が必要だというのだろう。
 天上から地獄湯に落とされてしまった。私は叫んだ。
「鍵は閉めなくていい! さっさと行けよ!」
「はーい! すみませーん!」
 律儀に返答してくるのも腹が立つ。

 とはいえ、年中、同じ部屋着で過ごせるのは家内の功労あってこそであるから、買い物の出費にいくらかかろうが文句は言わない。
 ただ、買ってきたものが私の求めていないものであった場合、叱責する。
 瞬く間に不安が胸裏に飛び込んでくる。
 今日はもう天上の露天風呂に浸かれそうにない。