桜と星と初こいと




織人(おりと)は?誰呼ぶ?」
「俺は、母親とクローバーの店長や今の店の人達とか…演劇部と手芸部の奴ら」
「え?」

槙が(まき)きょとんとすれば、織人は少し困った顔をして頬を緩めた。

「あんたが学校に来れなくなってから、先生どうしてるって、ずっと心配してた。今もたまに連絡来る、あんたに会いたいんだってさ」
「…そうだったんだ」

謝罪も挨拶も出来ずに別れたのに、生徒達がまだそんな風に思ってくれてるとは思いもしなかった。

「クラスの奴らとかもそうだよ、卒業する前からだけど、卒業しても会う度にあんたの事よく話してる。あんた、良い先生だったんだな」

優しい顔で教えてくれる織人に、鼻の奥がつんとして、槙は涙の気配と共に苦いハンバーグを飲み込んだ。

「はは、さすが俺だなー」

そんな軽口、織人には通用しないだろう。「はいはい」と返す声が優しくて、槙は差し出されたティッシュを素直に受け取った。

「…ちゃんと、先生やれてたかな俺。良いのかな、皆に会っても」
「じゃなきゃ、会いたいなんて思わないだろ」

さも当然だとでも言うような織人に、槙は勇気を貰って、笑って頷いた。

「へへ、そっか」
「そしたら、同窓会になるな」
「幹事はカズだね」
「うわ…とんでもない人数来そうだな」

辟易する織人に笑い、槙は涙を拭った。

どうしようもない、教師としても中途半端な自分なのに。
生徒達のお陰で、今、ようやく教師になれた気がする。

文人(ふみと)が見れなかった夢の先を紡ぐ為に教師になった、ずっと文人の影を追いかけていた。それでも、教師として過ごした日々は間違いじゃなかったと、生徒達が教えてくれるようで、槙は胸がいっぱいだった。

「皆、元気かな…」
「…早く祝って貰えるように、頑張るからさ」
「一緒にでしょ。俺を忘れんな」

槙は笑って、涙を拭いたティッシュを織人に投げた。それを受け取ってしまうと、織人は暫し手の中で弄んだ。

「…それに、俺達の事もな」
「ん?」
「俺はもう一度、あんたにプロポーズするから」
「…え?」

再びきょとんとする槙に、織人は真っ直ぐと告げる。

「だから、そん時までに覚悟しとけ。あんた、どうせ一年くらいは余裕で悩むだろ」
「…い、一年じゃきかないかも」
「その間も俺と居てくれんなら、それも良しとするよ」

そう男前に笑って、織人は槙の頬に伝った涙の跡を指で擦った。触れられた部分から熱を持つようで、槙は困って視線を泳がせてしまう。

「…本当、織人って物好きだよな。もっと考えた方が良いと思う」
「悪いな、一途なんだよ」

躊躇なく、織人はいつだって真っ直ぐに思いを伝えてくれる。それは、疑う余地もないくらい真っ直ぐで。
どうあったって、槙は織人の隣に居る以外の選択肢なんてないのに。

「…ありがとう」
「うん。そしたら、“先生”に報告だな」
「うん」

清々しく頷いた槙に、織人は意外そうに眉を上げた。

「随分素直だな」
「先生にはもうお前が宣言してたし、」

自分で言いながら、その光景を思い出してしまい、槙は赤くなった。織人はそれに気づいて面白そうに表情を緩めたので、槙はムッとしながらも、憎らしさなんてこれっぽっちも沸いてこない自分に気づき、力なく眉を下げた。

「それに、悩むよ。多分ずっと、これでいいのかって。でもその度…」

そこで言葉を切った槙を、織人はきょとんと見つめている。槙はそっと頬を緩めると、織人の手に視線を向け、その手を握った。槙の涙を吸い込んだ指先は、今日も優しい。

「俺は、織人が好きだよ」
「え?」
「…ちゃんと言ってなかったろ?」

照れくさくて、織人の手を弄びながら言えば、織人に体ごと引き寄せられ、その瞳に吸い込まれるように唇が重なった。


これからもきっと、悩んで迷って、自分を見失う事もあるかもしれない。でも、その度に織人を思う。
それだけで、ちゃんと生きていける。



壁に飾られたネモフィラの絵の隣には、夜空のペンダントが揺れている。
小さな夜空に、一番星が二人を見守るように煌めいていた。