桜と星と初こいと



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とはいえ、槙の生活が劇的に変わる訳ではない。
織人は、いつか自分の店を持つ為に修行を頑張っている最中だし、咲良も暫くは日本に拠点を置くようで、アトリエを他の町に移し、変わらず絵を描いている。恋矢(れんや)龍貴(たつき)も早速新しいアトリエにやって来て、好き勝手に過ごしている。彼らとの関係は、これからも変わる事はないだろう。

槙も、咲良のマネージャーを続けている。変わった事といえば、織人と暮らす事になった事や、いつでも織人のサポートが出来るよう、一から料理の練習を始めた事くらい。元々、レストランや料理の情報は集めていたので、そちらの方も引き続き熱心に取り組んでいた。


槙と織人は、新たな生活の為、新しく部屋を借りる事にした。場所は、アトリエと織人の店とも通いやすい場所に決めた。変わらず安いアパートだったが、織人との二人暮らしに、困る事はない。

数年前の自分は思いもしないだろう、織人と身を寄せ合って、将来どんな店を作ろうかと夢を膨らませているなんて。
そんな自分を許す事が出来たのは、織人のおかげだ。


ローテーブルを囲んでの夕飯は、槙が作ったハンバーグだ。気合いを入れて作ったは良いが、残念ながら裏側は丸焦げである。

「…ごめんな、」
「…まぁ、あれだけ何も出来なかったのに、ここまで出来たら上出来じゃない?」

仕方なさそうに笑う織人に、槙の胸が高鳴って、「なんだよ織人のくせに」と、照れくささから思わず憎まれ口を叩いたが、隠しきれない頬の緩みは、織人にも気づかれているだろう。

「咲良も苦労したんだな…」
「ん?」
「なんも。そういや、クローバーの店長が、帰って来てるなら顔見せろって」
「そういや全然行ってないもんな…咲良君にも声掛けとく。店長は元気そう?」
「あぁ、娘婿が跡継いでくれるらしくて、元気にしごいてた」
「はは、クローバーの名物復活だな」

店長と織人の言い合う様は、クローバーの常連には最早名物だった。それを思い出して槙は笑ったが、織人は苦い顔を浮かべている。

「あんたらは良いけど、俺は気の毒だよ」
「何、一丁前な事言っちゃって!」

槙が笑えば、織人は不満顔で唇を尖らせたが、槙はそれには構わず、焦げたハンバーグに箸を入れた。

「でも嬉しいよな、何年も行ってないのに覚えてくれてるの。俺達もさ、作るなら、そういう店にしたいよな」

固いハンバーグに苦戦しつつも、槙は上機嫌に言う。今は、槙の未来に当たり前に織人がいる。織人の夢は、槙の夢になった。織人はそれを実感したのか、今度は機嫌良く頷いた。




「あ、もし店が持てたら、初日は、身内集めてパーティーしようよ」

(まき)は目を輝かせて提案したが、ようやく切れたハンバーグを口に含み、顔を顰めた。

「苦っ…」
「身内?」
「そう。お互い親は母親一人だろ?あと、龍貴(たつき)と」
「カズと咲良(さくら)?」
「だね。あと…出来れば先生のご家族とか」

それには、織人(おりと)は目を瞪った。先生とは、文人(ふみと)の事だ。

「連絡取ってんの?」
「うん、ひなちゃんとは。これも贅沢な縁だよな…こんなの、良いのかなって思うけど」

槙が苦笑えば、織人は視線を皿に移して、それからぶっきらぼうに呟いた。

「…“先生”が、会わせてくれたんじゃない?」

ハンバーグと格闘しながら、織人は素知らぬ顔を決め込むようだ。槙は、織人のぶっきらぼうな優しさに胸が温かくなって、はにかむように笑った。

「…織人は優しいよな」
「あんた限定ね」
「はは、照れますなー」
「調子に乗ってんな」

目が合えばお互い擽ったくて、笑い声が零れてしまう。