超絶クールな先輩は俺の前でふにゃふにゃのSubになる


 外は明るいものの遮光のカーテンが半分ほど引かれ、室内は薄暗い。顔は見えるから電気もつけずに、僕は机に半分腰掛けた。

「暁斗……やりすぎじゃないか?」
「俺の顔みて嬉しそうに『僕のDom』って、言ってましたよね?」
「うぐ、いや……なんか。ちょうど来たから流れ的に…………」

 確かに調子に乗った自覚はあったから、ちょっと頬が熱くなる。心の奥底で「このイケメンは僕の彼氏なんだぞ」と自慢したい気持ちは、以前から確かにあったのだ。
 いろいろと矛盾している。横に並んでもつり合わないし噂になるような行動は控えるべきだと思っているのに。
 
「俺も嬉しかったです。先輩のDomって言ってもらえて。しかも今日……かわいいし」
「はぁ?」
「前髪上げてるの、休みの日だけだと思ってた」

 小さく口を尖らせる暁斗に、(こいつの目はどうなってるんだ?)と感じるも口にはしなかった。付き合ってからの暁斗はことあるごとに僕のことを『かわいい』と言う。まぁ別に、嫌ではないんだけど……
 僕も暁斗のことをかわいいと思ったことがあるから同罪だ。いまもちょっと拗ねてるのがかわいい。

 正面に立ったままの暁斗を見上げ、首を傾げた。

「卒業式だし、最後だからいいかなって」
「……まぁ、制服でこの姿を最後に見れたのはぶっちゃけ幸運でしたけど。――この丸いおでこは俺のものですからね?」
「っ!」

 屈んで、ちゅ、と唇が額に落とされる。小さな独占欲がことのほか嬉しくて、胸が光で満たされていくのを感じた。

 突発的にプレイしたことは何度か会ったけど、恋人同士になってから、学校でこんな風に過ごせるのは最初で最後といえる。

「あきと、」
「ん? ――っ!!?」

 机からぴょんと立ち上がって、暁斗の首のうしろに腕をまわす。顔を引き寄せて、自分は少し顔を斜めにする。

 不意打ちで唇を奪った。

 一瞬固まっていた暁斗も、僕がやめようとしないからすぐに合わせてくる。互いの唇をついばんでいれば、自然と深くなる。

「……あき……」

 キスの音が化学室に響いている気がする。プレイを挟まない口づけは頭の中が鮮明で、それでいて蕩けるように甘い。
 ブレザーの腰を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。制服越しに抱きしめ合えば、特別感と背徳感があいまってゾクゾクと興奮した。

 キスに夢中になっていると、三年の教室が並ぶ方向から大きな拍手が聞こえてきた。

「担任、戻ってきたんじゃないですか?」
「っぽいな」

 高校生活最後のホームルームだ。もちろん参加しようと思っていた。――さっきまでは。
 僕は濡れた唇のまま、熱に潤んだ眼差しを暁斗に向ける。

「な、もうちょっと……続き、しようぜ」
「……先輩って……、真面目そうに見えて不真面目ですよね」
「そういうお前は不真面目そうに見えて真面目だよな」

 抱き合ったままくすくす笑う。

 ほんとうに、第一印象は今とかけ離れた印象だった。お互いにそう思っていると思う。性格も、境遇も、正反対に近いだろう。
 でもダイナミクスが対になるDomとSubだったからこそ、こうしてかけがえのない存在になることができた。早熟な第二性なんて厄介だとしか思っていなかったけれど。

 これからの未来に、不安がないとはいえない。まだ付き合ってたった数ヶ月で、今後はこんな風に簡単には会えなくなる。
 ただ……どれだけすれ違ったとしても、努力してこの関係を続けていきたいと思う。簡単には崩れない土台をふたりで作りあげてきた自信もある。

 きっと、大丈夫。

「あの……セーフワードが『真面目』っての、もうやめません?」
「それは僕も思ってた。つい言ってもおかしくないもんな」
「誰だよ決めたの……あ。俺か」

 笑い声が重なって、すぐ化学室は静かになった。眼鏡が机に置かれるカタンという音がする。
 
 校舎には春の陽射しがあたたかく降り注いでいる。蕾だった桜がまたひとつ、ポンと花開いた。