「僕を……暁斗の、……パートナーにしてくれ」
声は静かに、しかしはっきりと届いた。
枕から頭を上げて僕を見下ろしている暁斗は、あんぐりと口を開け、固まっている。ぽかん……とした顔はちょっと幼く見えて、それさえも魅力的だ。
「……は?」
「嫌か? もうあの時のお願いは、無効?」
暁斗が「へ」とか「は」とかしか言わないから、だいぶ混乱しているのがわかる。僕は首をこてっと傾げ、最後に会ったときの話を持ち出した。
少しあざといかなと思ったけど、一ミリでも暁斗の気を引ければいい。ここまで来たら開き直ってやろう。
「そういうわけじゃ……いやでも、どうして急にそんなこと……。俺、ひどいこと言ったじゃないですか」
「僕のほうがひどいこと言った。そのせいでお前は……こんなに我慢して、ボロボロじゃないか」
「これは……俺の自分勝手な意地です。朔先輩のせいだなんて、思ったこともありません」
意外に頑固だな、と自分のことを差し置いて思った。
そもそも抱きついても駄目なら、これ以上どう迫ればいいのかわからない。プレイなら本能のまま甘えられるのに、いまは勢いだけで行動している。
「だからもう意地なんて張らなくていい。僕をパートナーにしてくれれば、万事解決だろ? 飽きたら……解消してくれればいいだけだ。他のやつとプレイしてもいい。この前は変なこと言って悪かったよ」
「違う!!」
正面から突風が吹いたかと思った。突然激昂した暁斗は腹筋の力だけで起き上がり、僕の身体も一緒に抱き起こす。こいつ……元気じゃね?
膝の上に横座りするかたちになり戸惑っていると、暁斗のほうから二の腕あたりを掴まれた。言い聞かせるみたいにして、肩を揺らされる。
「違うんです。あの日は俺……なにもわかってなかった。朔先輩の気持ちも、俺自身の気持ちも」
「お前の気持ち……?」
暁斗の気持ちははっきりと、あの日に聞いたはずだ。急に不安が込み上げてくる。
やっぱり、嫌だったのだろうか。あれは一時の気の迷いで……暁斗はふたたび僕を、絶望の海へ突き落とす気なのだろうか。
「先輩のことが好きです」
「……は」
…………は?
確かに聞こえたのに、言葉の意味が理解できなかった。ありふれた色なのに、誰よりも意志の強い瞳に射抜かれる。
「俺は、パートナーはプレイのためだけのものだって思い込んでました。恋人とか、将来結婚する相手は別の話だと……」
「なら、なんで」
「別だとしても、恋人にするなら朔先輩がいい。触れ合ったりキスしたり、そんなのたとえパートナーでも恋人じゃなきゃ無理だって、気づいたんです」
もうとっくに好きだったんです。――と暁斗が恥ずかしげもなく言うから、こちらの方が恥ずかしくなって目を逸らした。
こいつは超弩級にまっすぐすぎる。
「お前は……女が好きなんだろ。想像したことあるのか? 男だぞ、僕は」
「男とか女とかじゃなくて、先輩がいいんです。それに、もう触れたことだってあるじゃないですか」
「…………」
もうプレイで何度も身体に触れられ抜かれたことまで思い出し、頬にかっと血が集まる。
そうだ。暁斗はとっくに、いやってほど僕が男だと知っているじゃないか。
僕がいい、と言われてしまっては返す言葉もない。信じられなくて、まだなにか言い訳をしようと考えるのに、一度止まったはずの涙がふたたび瞳を覆う。
「もうっ、意外と泣き虫なんですね……」
今度は眼鏡を外されて、そっと袖で目元を押さえられる。これじゃどっちが年上かわからないな。
眉尻を下げた暁斗の、困ったような嬉しそうな顔を見るともうどうしようもなかった。
胸のなかに光が満ち、視界は煌めきであふれている。どうしようもなくこの男が好きだと思った。
僕が地味だとか、貧乏だとか、つり合わないとか。そんなことを伝えても一蹴されるだけだと、言わなくてもわかる。
まっすぐに差しだされた幸福を受け取らない理由を、僕は思いつかなかった。
「ぼくも……お前が、暁斗がいい。パートナーも……恋人も」
今度はしっかりと目を合わせて、精一杯のことばを紡ぐ。分かっていたくせに、暁斗は僕の告白を聞いてぱあっと表情を明るくする。
「よかった〜〜〜っ……!」
「……おう」
晴れて両想いだと思うとこそばゆい。嬉しいんだけど……空気が甘すぎないか? 暁斗の膝の上で尻をもぞもぞさせる。
「ねぇ先輩。ちょっとだけ、プレイしたいです」
そのお願いには素直に頷いた。いま、暁斗の不安症を解消する以上に優先すべきことはない。
ふわっとグレアに包まれたのを感じ、期待に心臓がトクトク高鳴る。
「俺の目を見てください――あぁ、目が腫れちゃいましたね」
「んっ……」
久しぶりの感覚に、すぐさま身体が蕩けてしまう。トロンとした目でこげ茶色の瞳を見つめていると、目の下の薄い皮膚を優しく撫でられた。
「あ……っ、暁斗……」
「はい、先輩。……あ〜〜〜嬉しいな。もう一回言ってください」
「あきと、」
「……朔先輩。よくできました」
頬に添えられていた手が今度は頭を柔らかく撫でてくれる。嬉しくて頬がゆるむのを感じた。
Subであることが嬉しい……暁斗に支配されるのはこんなにも幸せだ。
「ぇへへ」
「あーーー。かわい……」
「ッ!」
額にちゅっと唇が当たり、僕は目を丸くする。それを見た暁斗が「ん?」と首を傾げるから、彼にとってこれはなんでもないことらしい。
確かに僕たちはプレイの延長線上でキスをしたことがあるし、いまや恋人同士でもある。慣れないスキンシップに驚いてしまったけれど、これからこんなことが普通になるのかもしれない。
はにかんで、どうしようもなく幸福感に包まれた。
腰を支えていた手に引き寄せられ、胸のなかにポスンと収まってしまう。
(こいつ、けっこう愛情表現豊かなタイプだよな……)
僕はこれまでのプレイの経験から、暁斗の恋人に対する甘さを納得する。普段の姿からは想像できないが、相当相手を甘やかすタイプに違いない。
そんなことをぽやぽやと考えながら恋人感を堪能していると、突然パッと両腕が離れた。
「……ん?」
「せ、……せんぱい」
引きつった声に顔を上げ、暁斗の視線が別の方向にあることを知る。
力の入らない身体を預けたまま、首だけ扉の方へ動かすと――
「姉貴……」
「父さん、母さんも……先生まで」
病室の引き戸を十センチほど開けた隙間から四人の顔が覗いていた。隠す気はないらしい、目が合っても親指を立てて『グッジョブ!』と言わんばかりの笑顔だ。
僕は羞恥と呆れが入り混じった顔になる。ま、恥ずかしいのはこっちだけですよね……
◇
声は静かに、しかしはっきりと届いた。
枕から頭を上げて僕を見下ろしている暁斗は、あんぐりと口を開け、固まっている。ぽかん……とした顔はちょっと幼く見えて、それさえも魅力的だ。
「……は?」
「嫌か? もうあの時のお願いは、無効?」
暁斗が「へ」とか「は」とかしか言わないから、だいぶ混乱しているのがわかる。僕は首をこてっと傾げ、最後に会ったときの話を持ち出した。
少しあざといかなと思ったけど、一ミリでも暁斗の気を引ければいい。ここまで来たら開き直ってやろう。
「そういうわけじゃ……いやでも、どうして急にそんなこと……。俺、ひどいこと言ったじゃないですか」
「僕のほうがひどいこと言った。そのせいでお前は……こんなに我慢して、ボロボロじゃないか」
「これは……俺の自分勝手な意地です。朔先輩のせいだなんて、思ったこともありません」
意外に頑固だな、と自分のことを差し置いて思った。
そもそも抱きついても駄目なら、これ以上どう迫ればいいのかわからない。プレイなら本能のまま甘えられるのに、いまは勢いだけで行動している。
「だからもう意地なんて張らなくていい。僕をパートナーにしてくれれば、万事解決だろ? 飽きたら……解消してくれればいいだけだ。他のやつとプレイしてもいい。この前は変なこと言って悪かったよ」
「違う!!」
正面から突風が吹いたかと思った。突然激昂した暁斗は腹筋の力だけで起き上がり、僕の身体も一緒に抱き起こす。こいつ……元気じゃね?
膝の上に横座りするかたちになり戸惑っていると、暁斗のほうから二の腕あたりを掴まれた。言い聞かせるみたいにして、肩を揺らされる。
「違うんです。あの日は俺……なにもわかってなかった。朔先輩の気持ちも、俺自身の気持ちも」
「お前の気持ち……?」
暁斗の気持ちははっきりと、あの日に聞いたはずだ。急に不安が込み上げてくる。
やっぱり、嫌だったのだろうか。あれは一時の気の迷いで……暁斗はふたたび僕を、絶望の海へ突き落とす気なのだろうか。
「先輩のことが好きです」
「……は」
…………は?
確かに聞こえたのに、言葉の意味が理解できなかった。ありふれた色なのに、誰よりも意志の強い瞳に射抜かれる。
「俺は、パートナーはプレイのためだけのものだって思い込んでました。恋人とか、将来結婚する相手は別の話だと……」
「なら、なんで」
「別だとしても、恋人にするなら朔先輩がいい。触れ合ったりキスしたり、そんなのたとえパートナーでも恋人じゃなきゃ無理だって、気づいたんです」
もうとっくに好きだったんです。――と暁斗が恥ずかしげもなく言うから、こちらの方が恥ずかしくなって目を逸らした。
こいつは超弩級にまっすぐすぎる。
「お前は……女が好きなんだろ。想像したことあるのか? 男だぞ、僕は」
「男とか女とかじゃなくて、先輩がいいんです。それに、もう触れたことだってあるじゃないですか」
「…………」
もうプレイで何度も身体に触れられ抜かれたことまで思い出し、頬にかっと血が集まる。
そうだ。暁斗はとっくに、いやってほど僕が男だと知っているじゃないか。
僕がいい、と言われてしまっては返す言葉もない。信じられなくて、まだなにか言い訳をしようと考えるのに、一度止まったはずの涙がふたたび瞳を覆う。
「もうっ、意外と泣き虫なんですね……」
今度は眼鏡を外されて、そっと袖で目元を押さえられる。これじゃどっちが年上かわからないな。
眉尻を下げた暁斗の、困ったような嬉しそうな顔を見るともうどうしようもなかった。
胸のなかに光が満ち、視界は煌めきであふれている。どうしようもなくこの男が好きだと思った。
僕が地味だとか、貧乏だとか、つり合わないとか。そんなことを伝えても一蹴されるだけだと、言わなくてもわかる。
まっすぐに差しだされた幸福を受け取らない理由を、僕は思いつかなかった。
「ぼくも……お前が、暁斗がいい。パートナーも……恋人も」
今度はしっかりと目を合わせて、精一杯のことばを紡ぐ。分かっていたくせに、暁斗は僕の告白を聞いてぱあっと表情を明るくする。
「よかった〜〜〜っ……!」
「……おう」
晴れて両想いだと思うとこそばゆい。嬉しいんだけど……空気が甘すぎないか? 暁斗の膝の上で尻をもぞもぞさせる。
「ねぇ先輩。ちょっとだけ、プレイしたいです」
そのお願いには素直に頷いた。いま、暁斗の不安症を解消する以上に優先すべきことはない。
ふわっとグレアに包まれたのを感じ、期待に心臓がトクトク高鳴る。
「俺の目を見てください――あぁ、目が腫れちゃいましたね」
「んっ……」
久しぶりの感覚に、すぐさま身体が蕩けてしまう。トロンとした目でこげ茶色の瞳を見つめていると、目の下の薄い皮膚を優しく撫でられた。
「あ……っ、暁斗……」
「はい、先輩。……あ〜〜〜嬉しいな。もう一回言ってください」
「あきと、」
「……朔先輩。よくできました」
頬に添えられていた手が今度は頭を柔らかく撫でてくれる。嬉しくて頬がゆるむのを感じた。
Subであることが嬉しい……暁斗に支配されるのはこんなにも幸せだ。
「ぇへへ」
「あーーー。かわい……」
「ッ!」
額にちゅっと唇が当たり、僕は目を丸くする。それを見た暁斗が「ん?」と首を傾げるから、彼にとってこれはなんでもないことらしい。
確かに僕たちはプレイの延長線上でキスをしたことがあるし、いまや恋人同士でもある。慣れないスキンシップに驚いてしまったけれど、これからこんなことが普通になるのかもしれない。
はにかんで、どうしようもなく幸福感に包まれた。
腰を支えていた手に引き寄せられ、胸のなかにポスンと収まってしまう。
(こいつ、けっこう愛情表現豊かなタイプだよな……)
僕はこれまでのプレイの経験から、暁斗の恋人に対する甘さを納得する。普段の姿からは想像できないが、相当相手を甘やかすタイプに違いない。
そんなことをぽやぽやと考えながら恋人感を堪能していると、突然パッと両腕が離れた。
「……ん?」
「せ、……せんぱい」
引きつった声に顔を上げ、暁斗の視線が別の方向にあることを知る。
力の入らない身体を預けたまま、首だけ扉の方へ動かすと――
「姉貴……」
「父さん、母さんも……先生まで」
病室の引き戸を十センチほど開けた隙間から四人の顔が覗いていた。隠す気はないらしい、目が合っても親指を立てて『グッジョブ!』と言わんばかりの笑顔だ。
僕は羞恥と呆れが入り混じった顔になる。ま、恥ずかしいのはこっちだけですよね……
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