放課後、朝よりもさらに浮ついていると感じる校内を早足で駆け抜ける。去年は自分もいたはずの下の階は、顔ぶれが違うからか懐かしさよりアウェー感のほうが強い。
廊下にはいなかった。風谷のクラスについて深呼吸する間もなく、見慣れた姿を探すがいない。
(やっぱり、今日は休んでる……?)
もしそうなら風谷の家にいくか。だいたいの場所は聞いたことがあるけど、せめて住所を……いきなり連絡して教えてくれるか?
ドアの前で考え込む僕を、教室から出ていく生徒はチラッと見はするがそれ以上の興味は持たずに去っていく。これが普通なのだ。個性の埋没した僕にわざわざ注目するやつなんて、あいつ以外いなかった。
「あ!」
突然声の上がったほうを見ると、一人の生徒が僕を見て指をさしている。おい、人を指さすな。
「アキのサ……えーっと、先輩?」
「お前は……」
こいつまさかSubって言おうとした?
しかしへら、と笑った人当たりの良さそうな顔には見覚えがあった。アキ、は風谷のことだ。よくあいつの隣にいた気がする。
「アキの親友木谷康裕でっす!」
「よし、ちょっと話がある。こっち来い」
「ひぃ」
調子良く敬礼して見せた木谷をひっぱり、ひと気の少なくなった廊下のホールへ連れて行く。なぜか怯えているが、僕は自分より高いところにある顔をひたと見つめて尋ねた。
「風谷は今日、休みなんだな? 家は知ってるか?」
「は、はい……てか、今から見舞いに行こうと思ってて……」
「よし、僕も連れて行け」
「えぇ! あっすみません。わ、わかりました……」
風谷の家は学校から歩いて十五分ほどの場所にあるらしい。うちとは逆方向の高級住宅街といわれる界隈だ。雪の溶けてしまった道を木谷と歩き、その間に色々聞くことができた。
僕に怯えていたのは部活の先輩との上下関係があったからだという。サッカー部の先輩ってそんなに怖いのかと問うと、結局僕に妙な迫力があったからだと白状した。遠慮しているようで遠慮のないやつだな。
武蔵の言っていたとおり、風谷は秋から冬にかけて休みがちになったようだ。学校へ来ても途中から保健室に行ったり、クラスメイトは大いに心配した。
ただそこはやはりムードメーカーというか、カラッと笑って『大丈夫だ』と本人が言えばみんな安心してしまうらしい。
「おれ、あの事件がきっかけであいつの身体に何かあったんじゃないかって、疑ってるんです。タイミング的にあの後からだし……」
「…………」
木谷のことばに、心臓がいやな音を立てた。別に責めるつもりはないのだろう。
でも僕は自分のせいだと確信してしまい、握り込んだ手にぐっと力を入れた。遠くで救急車のサイレンが聞こえる。
「アキって意外と苦労性だと思いません? ほらあいつ、恵まれてるじゃないですか。家も容姿も。その分周りの期待が大きくて、ああ見えて真面目なもんだから応えようとする。一緒にいるとおれみたいな能天気馬鹿と変わんないとこあるのに。あ、これ悪口か? まぁあと、二次性も……なんの苦労もないのかと考えてましたけど、そうじゃないみたいだし」
「……だな」
Domだとしてもその本能からくる欲求に振り回されるのはSubと変わらない。不安症になることもあれば、自分を支配者だと勘違いしてしまう奴もいる。
完璧そうに見えがちな風谷は、実際付き合ってみるとただの年相応な男子高校生だ。持って生まれたものが華やかなだけで普通に迷って悩んだり、間違えて反省したり、勢いのまま突っ込んできたりする。
年下らしいところもあれば、リーダーシップがあり、誰よりも優しく、正義感が強い一面もある。
新たな一面を知れば知るほど惹かれてしまうのは僕の勝手だ。逆に反感を持つ人もいるだろう。とはいえ風谷が必要以上に苦労したり、傷ついてほしくないと思う。
絶賛苦しめているのは僕か? いや、でもこれは、あいつの将来のためで……
サイレンの音がどんどん大きくなり、救急車が近づいてきたことを知る。僕たちは道の脇に避けた。
救急車は五十メートルほど先で止まり、サイレンの音も止まる。耳の奥でサイレンの名残がワンワンと響いている。
「え……」
「どうした?」
立ち止まったまま、木谷は見晴らしの良い道路の向こう側を凝視している。――まさか。
「あそこ……アキの家だ」



