超絶クールな先輩は俺の前でふにゃふにゃのSubになる


「勝手に家を教えて、ごめん」
「あー……別にいい。どうせあいつがしつこかったんだろ」

 数日経って、武蔵と二人になったとき改めて謝られた。登校しはじめてから僕は、これまで以上に徹底的に風谷を避けていた。もしすれ違っても、決して視線を合わせない。
 昼も、食堂で食べる楽しみを犠牲にして教室から出なくなったので、さすがの武蔵もなにかあったと感づいたらしい。

 謝られると気まずくて、小さく舌打ちする。武蔵は悪くないし、ましてや風谷も悪くはないのだ。ただ、互いの望みが決定的に噛み合わないだけで。

 後悔はしている。関係を断つにしても、あんな言い方はよくなかった。
 あのとき風谷がどんな顔をしていたのか僕は見ていなかったけど、必要以上に傷つけてしまったと思う。

 でもあれくらいしなければ、風谷は諦めてくれないかもしれない。どうせなら徹底的に嫌われてしまったほうが、こちらとしても都合がいい……早く忘れるために。
 もうどうでもいい、後に引けないところまで来てしまったと納得しているくせに、まともに顔を合わせるのが怖くてこのザマだ。

 窓からぼんやりと空を見上げていた僕は、どんよりと暗い天気にため息をもらす。分厚い雲は隙間なく空を覆い、息苦しささえある。天気予報のとおりなら、夕方から雨が降り出すだろう。

「もう終わったことだ。大丈夫だよ」
「……いいのか?」
「いいんだよ」

 教室の壁に背をつけた武蔵が気づかわしげに眼鏡の奥で目を細めた。『いいのか』という言葉にどれほどの意味が込められているのか、考えたくもなくて視線を逸らす。
 いいんだ、これで。

 無事に受験戦争を勝ち抜いて卒業したあかつきには、僕は家を出て県外の大学へ通うことになる。物理的に離れてしまえば、視界のはしに風谷が映ったからといって慌てて窓に背を向ける必要もなくなる。

「え、どうしたの? ――あ……噂の彼か。よくこの距離ですぐに見つけるね」
「違う! 気のせいだからっ」
「はいはい。あんまり意地はるなよ」

 あからさまな反応をしてしまい、じわじわと顔が熱くなった。なんか武蔵、風谷に優しくなってないか?





 それからさらに一ヶ月ほど経ち、街のプレイバーへと向かった。さいごに来たのは夏休みだったから、もう二ヶ月は経っている。体調はぎりぎりだった。

 僕は上がっていくエレベーターの階数表示を見つめながら、風谷が来ていないことを願った。よっぽどタイミングが合わないかぎり会うことはないと思いつつ、同じ高校で早熟のDomとSubという関係性は、油断していると『偶然』の確率がはね上がるのだ。

「あれっ、珍しいね〜平日なんて。休暇じゃないんでしょ?」
「あいつは……アキは来てないよな?」
「待ち合わせ? ……でもなさそうだな。まだこじらせてるの? カイくん」

 高校生男子をつかまえて『こじらせ』はないと思う。これでも最近は風谷のことを考えてズンと落ち込むことも減ってきた……はず。

「あの……プレイの内容なんですけど、触れるのもNGって……できますか?」
「ええっ。それって頭撫でたりとかもできないってこと?」
「……はい。いまは誰にも、さわられたくなくて……」
「ははーん」

 もともと性的接触は完全NGかつ、脱ぐのもNGにさせてもらっていた。その上さらに制限を加えたのは、どうしてもいまは無理だと思ったからだ。事件のせいだと自分に言い聞かせてはいるが、まだまだ僕は引きずっているらしい。

 なにかを理解しニヤニヤ笑った雪さんが、「それならぼくがやったげる」と言いだす。ぽかんと口を開け驚いてしまった。この人、Domだったのか!?

「グレアの完全制御が絶対条件だけどね、Domの方が都合いいんだ」

 プレイバーの店長になるには、厳しい条件をクリアしなければならないようだ。パートナーがおり安定していて、客同士のトラブルにも対応できる。
 そんな彼も、僕の出した制限を守ってくれる相手を探すより自分が相手した方がよっぽど早いと判断した。さすがに申し訳なさがたつ。

「すみません……」
「ごめん、五分で終わらせるよ」

 短い時間制限はなんとも色気がないものの、ビジネスライクな態度は都合がいい。てきぱきとセーフワードを決めて、軽いプレイをしてもらった。
 離れたところからコマンドを投げ、言葉だけで褒められる。このDomじゃない、と心は違和感を訴えていたけれど、とりあえずの欲求は満たされる。頭がすうと軽くなった。

 雪さんだってそういう契約で雇われているとはいえ、パートナー以外とプレイなんてしたくないはずなのだ。
 自分の心の折り合いがなかなかつかなければ、最悪薬に頼ろうか。これ以上、他人に迷惑をかけるようなことはしたくない。

「おーいカイくん。なんか思い詰めてない? これくらいのプレイならいつでもやってあげるから、ガキんちょが勝手に遠慮するなって。大人に頼りなさい」
「……はい」

 雪さんから見れば、成人したての僕なんてほんの子どもだ。ちょっと泣きそうになって、スンと一度だけ鼻をすすった。
 帰りぎわ、引き止めるわけでもなく雪さんは僕の背中に話しかける。

「アキくんは来てないよ。あれから一度も」