俺が入院したのは一日だけだった。
朔先輩の容態もあれから安定していたし、用事もなくSub用の病棟をうろつくと他の患者に怖がられてしまう。したがってあれから俺も自分の病室に戻り、寝て起きたら家に帰っていいと言われたので入院した実感さえほとんどなかった。
文化祭の二日目は当然参加できず、家でぼーっと過ごすことしかできなかったのが悔しい。傷口はきれいに縫合されていたので悪化こそしなかったが、無理に動いたせいでなかなかに痛みが続いたのだ。
薬のせいか治そうとする身体の反応なのか、わからないけどずっと眠かった。だから心配する友人たちからのメッセージに、朔先輩からのメッセージが混じっていたことに気づいたときには、さらに翌日の朝になってしまっていた。
――怪我は大丈夫か? お前のおかげで助かった。ありがとう
「うわーっ。まじか!」
俺は自室のベッドに寝転がったまま、すぐに気づかなかった自分を呪った。何を隠そう、朔先輩の方からメッセージが送られてきたのは初めてなのである。
いつも俺の方から送ってしばらくポツポツとやりとりが続き、返事がなくてもよさそうなところで先輩のメッセージが止まる。しばらく経ってまた俺が話題を探してメッセージを送る、という流れだった。
こんなマメな性格じゃなかったはずなのに、先輩が相手だと小さなことが気になって仕方がない。先輩が俺を変えてしまった。
短いメッセージを何度も読みかえし、嬉しさに口元が緩む。
――助けになれてよかったです。俺は元気です! 先輩こそ、大丈夫ですか?
――ああ。もう不調もないし、月曜から学校いくわ
「よかったー……」
一日も放置してしまったメッセージへの返信に、すぐまた返信がもらえたこと。先輩が始業式から学校へ行けるほど回復していることにも、心の底からホッとした。
ただ、ひとつだけ残念なことがある。先輩が学校に来るならすぐにでも会いたかったけれど、俺の方が初日は休む予定なのだ。
文化祭は木曜と金曜だったため、夏休み最後の土日が終われば月曜日から学校だ。 俺は退院してから三日間安静が言い渡されていて、身体は拭けても風呂にさえ入れない。
さすがにこんな状態でいきなり学校へ行くのは嫌だし、安静にすればするほど治りも早くなると言われてしまったので登校は火曜からにしてある。
(夏休み、あっという間だったな……)
毎回思うことだが、今年は特に充実していたからちょっとだけ名残惜しい。
朔先輩と待ち合わせて一緒にプレイバーへ行ったり、学校でこっそりプレイしたり。他愛ないメッセージのやりとりや会ったときの会話から、知らなかった先輩の一面を垣間見ることができた。
プレイの内容も一歩進んだし……実際のところ先輩がどう思っているのかわからないけどな。どうしてもプレイ中は、お互いタガが外れてしまう。
正直中毒になりそうなほど楽しく、満足度が高い。Domの本能が満たされていると調子がいいし、勉強も以前より捗っている気がする。
(あーー。早く、会いたい……)
自己申告では大丈夫そうだったものの、どうしても元気な姿をひとめ見たい。昼休みとか、朔先輩の教室に行ったら怒られるか?
いや、怒られてもいいから行こう。嫌でも目立つんだから、俺という存在が先輩のことを気にしていると、まわりのやつに示してやればいい。
本当は、事件に巻き込まれるくらいならどこかに先輩を閉じ込めておきたい。俺だけのSubとして、他のDomから隠しておきたい。
らしくない独占欲が生まれているのを感じ、自分でも戸惑った。DomとSubの関係って、こんなものだったか……?
両親のパートナーたちとの関係とは少し違う気がするけれど、どこがどう違うのかはわからなかった。
開いた窓から入ってくる風がカーテンを揺らす。夏も終盤とはいえ、日が高くなってくるとかなり暑い。短い生をまっとうする蝉が強く存在を主張している。
俺は肩を庇いながら起き上がり、窓を閉じてからエアコンをつけた。一気にとおのいた蝉の鳴く声が、まだ耳の奥に残っている。
朔先輩の容態もあれから安定していたし、用事もなくSub用の病棟をうろつくと他の患者に怖がられてしまう。したがってあれから俺も自分の病室に戻り、寝て起きたら家に帰っていいと言われたので入院した実感さえほとんどなかった。
文化祭の二日目は当然参加できず、家でぼーっと過ごすことしかできなかったのが悔しい。傷口はきれいに縫合されていたので悪化こそしなかったが、無理に動いたせいでなかなかに痛みが続いたのだ。
薬のせいか治そうとする身体の反応なのか、わからないけどずっと眠かった。だから心配する友人たちからのメッセージに、朔先輩からのメッセージが混じっていたことに気づいたときには、さらに翌日の朝になってしまっていた。
――怪我は大丈夫か? お前のおかげで助かった。ありがとう
「うわーっ。まじか!」
俺は自室のベッドに寝転がったまま、すぐに気づかなかった自分を呪った。何を隠そう、朔先輩の方からメッセージが送られてきたのは初めてなのである。
いつも俺の方から送ってしばらくポツポツとやりとりが続き、返事がなくてもよさそうなところで先輩のメッセージが止まる。しばらく経ってまた俺が話題を探してメッセージを送る、という流れだった。
こんなマメな性格じゃなかったはずなのに、先輩が相手だと小さなことが気になって仕方がない。先輩が俺を変えてしまった。
短いメッセージを何度も読みかえし、嬉しさに口元が緩む。
――助けになれてよかったです。俺は元気です! 先輩こそ、大丈夫ですか?
――ああ。もう不調もないし、月曜から学校いくわ
「よかったー……」
一日も放置してしまったメッセージへの返信に、すぐまた返信がもらえたこと。先輩が始業式から学校へ行けるほど回復していることにも、心の底からホッとした。
ただ、ひとつだけ残念なことがある。先輩が学校に来るならすぐにでも会いたかったけれど、俺の方が初日は休む予定なのだ。
文化祭は木曜と金曜だったため、夏休み最後の土日が終われば月曜日から学校だ。 俺は退院してから三日間安静が言い渡されていて、身体は拭けても風呂にさえ入れない。
さすがにこんな状態でいきなり学校へ行くのは嫌だし、安静にすればするほど治りも早くなると言われてしまったので登校は火曜からにしてある。
(夏休み、あっという間だったな……)
毎回思うことだが、今年は特に充実していたからちょっとだけ名残惜しい。
朔先輩と待ち合わせて一緒にプレイバーへ行ったり、学校でこっそりプレイしたり。他愛ないメッセージのやりとりや会ったときの会話から、知らなかった先輩の一面を垣間見ることができた。
プレイの内容も一歩進んだし……実際のところ先輩がどう思っているのかわからないけどな。どうしてもプレイ中は、お互いタガが外れてしまう。
正直中毒になりそうなほど楽しく、満足度が高い。Domの本能が満たされていると調子がいいし、勉強も以前より捗っている気がする。
(あーー。早く、会いたい……)
自己申告では大丈夫そうだったものの、どうしても元気な姿をひとめ見たい。昼休みとか、朔先輩の教室に行ったら怒られるか?
いや、怒られてもいいから行こう。嫌でも目立つんだから、俺という存在が先輩のことを気にしていると、まわりのやつに示してやればいい。
本当は、事件に巻き込まれるくらいならどこかに先輩を閉じ込めておきたい。俺だけのSubとして、他のDomから隠しておきたい。
らしくない独占欲が生まれているのを感じ、自分でも戸惑った。DomとSubの関係って、こんなものだったか……?
両親のパートナーたちとの関係とは少し違う気がするけれど、どこがどう違うのかはわからなかった。
開いた窓から入ってくる風がカーテンを揺らす。夏も終盤とはいえ、日が高くなってくるとかなり暑い。短い生をまっとうする蝉が強く存在を主張している。
俺は肩を庇いながら起き上がり、窓を閉じてからエアコンをつけた。一気にとおのいた蝉の鳴く声が、まだ耳の奥に残っている。



