一年のクラス展示をあれこれ覗き、同学年の知り合いがいたら声を掛け、声を掛けられ。三年生のクラスは朔先輩のところ以外見られなかったけれど、文化祭実行委員や去年のミスターコンで一緒になった先輩が話しかけてきてくれたりした。
普段はそうでなくとも、イベント中はみな一様にテンションが高い。おかげで巡回と言いつつ、自分も結構文化祭を楽しんでいることに気づく。
途中問題がないか教師から電話がかかってきたときに、途中すれ違った大学生っぽいグループについて思い出し報告しておく。怪しい行動を見たわけではないものの、犯人像には当てはまるからだ。
それに加えて、昼を迎えた頃から模擬店の並ぶ前庭の混雑が目立つようになってきていた。悪い人がいなくてもトラブルが起きそうではある。
「ヤス、買い出しありがとな」
「聞いてくれ、あいつの運転はやばい」
担任の車に乗るという貴重な経験をしたヤスは、みんなに同じ話をしているらしい。短時間ですごく酔ったというドライブを臨場感たっぷりに語り、何度も聞いているであろうクラスメイトでさえも大笑いしている。
模擬店にかんしては材料が揃ってから調理部隊が頑張ってくれたおかげで、いまは順調そのものだ。
俺はもうすぐ交代時間なので早めに自分のクラスのブースに戻ったのだが、誰もその場を離れたがらず白いテントの下の人口密度が高まっただけだった。
物々交換で別のクラスの模擬店から得た食べ物を遅い昼飯代わりに食べる。具材に偏りのある焼きそば、冷めたフランクフルト、焦げの多めなベイクドポテト。完璧じゃなくても雰囲気で美味しいと感じる。
立っているだけで売れるからいいという言葉に甘えさせてもらう。受付の後ろで客に手を振りながらタピオカミルクティーをズズッと吸っていると、いつの間にか近くまで来ていた母親に話しかけられた。受付のクラスメイトが「うわ、めちゃくちゃ美人」と呟く。
「暁ぃ〜。あんたサボってるじゃない」
「げ、母さん」
そういえば来るんだった。母は「ここにたどり着くの大変だった!」と俺に文句を言いながら、愛想良く受付で代金を支払いクロッフルを二個購入する。
ヤスが前に出て、俺の親友であることをわざわざ自己申告している。それ、なんか意味あるの?
そんな二人を眺めていると、母のうしろでちらちらと背後を気にするスゥさんの姿が見えた。ちょっと不安そうだ。そこに何が見えるのかと思うも、人が多すぎてよくわからない。
「あ……」
ちょうど人が抜けてできた隙間から見えたものに目を奪われた。中天を過ぎた太陽がその白い顔をはっきりと照らす。
「え……朔先輩?」
眼鏡をかけていない。真ん中より少し脇で前髪が分かれている。――午前中に見た映像のままの朔先輩が、そこに、いた。
まさか、服装もそのままなのか? いや、宣伝なら充分にあり得るけど……いやいやいや駄目だろ!
俺は先輩から目を離さないまま、前に一歩踏み出す。ミルクティーはヤスに押し付ける。
「うぉ! あぶねぇーって。アキどした!?」
また人が途切れる。周囲の人が驚いて足を止めている。そこだけ時間が止まったように人の流れが止まった。
先輩は女子の制服を着ていた。似合いすぎて違和感がない。……が、その表情は不快さを表すように険しく、目の前を睨み上げている。
その手首を掴み、目の前で話しかけている人がいる。明るい茶髪以外には特徴のない男だが、その横顔には見覚えがあった。
「あの男……!」
プレイバーで朔先輩に危害を加えようとした、アツシだ。アツシの後ろには、にやにやと嗤いながら見ているだけの男女。先輩の教室前ですれ違ったグループだった。
まさか、あいつらは……!
「風谷!」
でかい声で名前を呼ばれチラッと視線を送ると、午前中に俺も行った廊下の窓からこちらを見下ろす石田先輩がいた。
一瞬視線が交差し、互いに頷く。スマホを耳に当てていたから教師に連絡してくれているはずだ。
片手を付き長机を飛び越えると、何かが倒れてガシャンと音がする。
その瞬間、威圧のグレアがアツシの方から放たれるのを感じた。すぐそばにいたスゥさんが驚いて倒れかけ、母が手に持っていたもの全てを放りだし支える。
いつも穏やかな母の目には憤怒が見え、グレアの発生元を睨みつけている。その横顔に「俺が行く」と伝え、大丈夫だと伝えるようにポンと肩を叩いて追い越す。
朔先輩はその場でうずくまってしまっていた。俯いていて表情は見えない。
俺が駆け寄るあいだにも、同じ状態になっている生徒や来客の姿が何人か見えた。グレアの影響範囲が大きいのは、アツシだけでなく同じグループの他の奴らもグレアを放っているからだろう。あいつらみんなDomだ。
「おい、おれにひざまずけ。この前はよくも恥をかかせてくれたなぁ? お前のお陰で出禁だよ」
「ぅあ……やめっ……」
「なぁ、聞いてる? カイ。その格好、めちゃくちゃおもしろいじゃん。そういう趣味なの? 女の子みたいに弄んであげようか? おい、返事くらい言えよ!」
威圧的なコマンドが聞こえてくる。最低最悪の奴らだ。そんなことをしたら、Subがどうなるか分かってんのか!
過去の記憶が蘇ってくる。ここにいる全てのSubがあの日のSubに重なる。
怖い。サブドロップなんて見たくない……!
眼の前が何度も真っ暗になりかけ、そのたびに自分を叱咤した。
朔先輩を守りたい。いまの俺なら対処できるはずだろ!?
近いようで、彼らの居場所までは距離があった。くそっ、もどかしい。群衆が障害物になり、ときおり肩をぶつけながら駆ける。
「あの人、映画の……」「三年じゃね?」などあちこちから聞こえてくるが、何が起きているのか分かっていない者がほとんどだ。
Usualでも威圧の不快感は感じるのだろう。みんなが一歩下がり、円になって遠巻きに起きていることを見守っている。
うずくまったまま動かず従わない朔先輩の髪をアツシが左手で掴み、無理やり上を向かせる。
「お仕置きだな」と吐き捨てるようにいい、勢いをつけた右脚で……
「やめろ!!!」



