超絶クールな先輩は俺の前でふにゃふにゃのSubになる


(あき)、明日着いたら連絡するからね」

 仕事でいない日が多いから、珍しく両親揃っての夕飯だ。ちなみに碧斗は今日も塾か遊びで不在である。

「あー。なんか実行委員の仕事増えて、あんま付き合えないかもしれない」
「そうなの? 別にいいわ、勝手にまわるから」
「父さんも行きたかった……」

 母はパートナーのスゥさんと一緒に来るという。純粋に文化祭を楽しみたいらしく、俺には一瞬会えればいいと言われてありがたかった。
 父はどうしても外せない出張があるようで、シュンと項垂れている。

 俺とよく似た容姿の父はダイナミクス関連でいくつかの事業を展開していて、プレイバーの運営や各種治療薬の研究開発を熱心におこなっている。そのほとんどがSubのための事業だ。
 母は身近なSubが幸せであればいいスタンスだが、父はすべてのSubを守りたいのだそうだ。……従業員のSubにモテモテなのだと、たまにパートナーの男性が拗ねている。
 
 ここにいない碧斗もうちの高校を来年受験するから、見学がてら明後日友人と来るらしい。けどまぁ、わざわざ俺に会いたいとは言わないだろう。母が来る日ともずらしたっぽいし、そういうお年頃だ。
 一番確実なクラスの模擬店にいる時間を母に伝えて、そういえば、と俺は口を開いた。

「父さんと母さんは相手がDomかどうか、すぐに分かる?」
「「ん〜……」」

 不穏な事件のことには言及せず、とりあえず気になったので訊いてみる。するとふたりとも唸って同じ方向に首を傾げるから、なんだか似ていて可笑しかった。
 大人でも、やはり説明するのは難しい感覚らしい。

「私はスゥちゃんに近づくDomだけは一瞬で見抜ける自信があるわ!」
「まぁ、そうだな。Subに近づくDomはわかりやすい。あれはおそらく、グレアが漏れ出してるのかな」
「ふーん……」

 石田先輩の言っていたことはかなり的を射ていたようだ。たぶん他人に影響を与えないほど微量のグレアは、本人が意識せずとも出ているのだと思う。俺も朔先輩に近づくDomがいたら気づけるだろうか。

 それなら先輩をずっと見守っていたいけど、文化祭中の先輩の予定を俺は知らない。相変わらずメッセージの返信はないし、しつこく連絡し続けると余計に嫌われそうだし。
 でも……最後の悪あがきでもう一回、連絡してみようか。

 風呂上がり、自分の部屋でベッドに腰掛け、スマホとにらめっこする。
 最後のメッセージ数件は未読で宙ぶらりんに浮かんでいた。通知で読まれている可能性はあるが、未読無視はけっこう堪える。
 『ごめんなさい』『もうしません』『また会ってくれませんか……?』――嘆かわしいほどに哀れだ。
 
 勝手にキスしちゃったもんな。衝動的に。男でもあんな唇って柔らかいんだなー……

「…………」

 SNSのメッセージ画面から、右上の通話ボタンをタップする。今まで電話で話したことはないけど、メッセージより可能性があるかもしれない。というか先輩と話したい。わずかな望みに、賭ける。
 
 しばらく発信音が鳴り続け、やっぱそうだよな無理だってわかってたと自分に言い訳していたとき、突然音が切れた。緊張で身体が強張る。

『さく〜! 電話なってる〜!』
『ん。誰?』
『アキトって人!』
『は……? ってミソカ! お前電話出たな!? 通話中になってる!』
『え〜? ごめんなさ〜い』
「あははっ」

 スピーカー越しに聞こえてくる向こう側の会話に、思わず笑ってしまった。おそらく妹だろう。反省を微塵も感じない謝罪に、朔先輩が怒っているのが聞こえてくる。よかった……元気そうだ。
 
 俺の笑い声が向こうに届いたのか、しばらくシーン……と無音の間があった。
 このまま切られても仕方ないなと思う。それでもいい。俺は偶然先輩の声が聞けただけで、ひどく感動してしまったのだ。

『くそっ……』

 でも聞こえてきたのはいつもの文句と、どこかに移動するような物音だった。

『なんだよ』
「……っすみませんでした! この前」
『…………』

 突然話を促されて、頭が真っ白になる。やべ、なにを言おうとしてたんだっけ!?
 とにかくメッセージの繰り返しとなる謝罪をすると、また朔先輩が無言になってしまう。

「もうあんなことしません。あんなこと言いませんから、また俺とプレイしてくれませんか?」

 縋り付くような声が出てしまった自覚はあった。こんなの、今まで付き合ってきた子より俺のほうがよっぽど女々しい。
 俺、男としてもDomとしても駄目すぎでは……?

『……いいよ』
「えっ」

 自己嫌悪に陥る俺を掬い上げたのは先輩の返事だった。先輩の声は小さくて、尻すぼみだったけど確かに聞こえた。思わず聞き返したのは仕方ないだろ……一瞬夢を見ているのかと思って。

『予定はまたメールする。話はそれだけか?』
「あっ! 明日って……会えたりしませんか」

 もう? と訊かれて、たじたじになりながら文化祭中の予定をそれとなく確認する。いや別に、あわよくば一緒に回りたいとかそんなこと考えてないけど!
 しかし想像以上に先輩は頑なだった。会いに来るなと厳命され、逆に俺のクラスの模擬店に寄るくらいはするかもと言われて慌てて俺がいる時間を伝えたりして。

「あーー……」

 通話終了の表示がされているディスプレイを呆けた表情で見下ろす。たった四分。……なのに。
 心臓の音がうるさい。顔が熱い。変に汗をかいている。――俺は童貞か?

 その夜は目を閉じるたびにふにゃふにゃの先輩が浮かんできて、なかなか眠れなかった。