試験当日の早朝。
まだ日が出て直ぐの会場へ着いたが、案の定俺のほかに参加者は誰もいなかった。
眠そうな顔の受付から、参加受付に記入した際に、いくつか質問をされた。
基本的には生まれた場所やら、目的の普通のものだが、よく分からない質問といえば、何が得意か?というものがあった。
学園の意図に沿うよう、かなり魔法が得意ですと伝えた。まあ全く魔法なんて使えないんだけどな。
受付は、魔法が得意なのですね、なんて言いながら、首に金属の輪を付け何やら詠唱していた。
その後、様々な説明があったが、どうやらこれが参加証らしく、
外したり、睡眠以外での意識の喪失が認められた場合には、転移の加護で強制的に医務室送りにされ、棄権扱いとなるそうだ。
今回俺が参加することになったのは、年に一度行われるスワラ国にある最高学府への特別編入試験である。
難関と名高いこの試験は、過去様々な場所で執り行われていた。
半径十km程の孤島や、砂漠、迷宮で行われたこともあったようだが、そのどれもが危険で、
基本的にはこの首輪の加護のおかげでほぼほぼ死なないものの、視力やら片手を失うくらいは、ままあるという。
そんなリスクも承知のうえで、受かれば王族や貴族の子供と知り合えたり、
エリート扱いの騎士団に入りやすくなる、といった立身出世を夢見る者が後を絶たなかった。
目の前には鬱蒼とした森がひろがっている。きっと今回のステージなのだろう。
はるか彼方まで限り続いている様で、ゴールまでの道のりはかなり遠そうだ。
大きく息を吸い込む。試験のことを考え怠くなった頭に、冷たい空気が染み込んでいく。
試験も大事だが、俺の命を懸けた戦いはもう始まっていた。
――
受付から少し離れたところには広場があり、受付後の待機所に使われるようだった。
一番に着いた俺は、露店の準備の為、肩に乗るカムラに商品を出してくれと頼む。
カムラは金属生命体で、銀色のスライムの様な見た目をしている。手のひらほどの体はずっしりしていて、
普段は俺の肩に乗せているが、不思議と肩は疲れない。むしろ肩こりが取れているような気さえする。
この小さな身体に、何十倍もの量の物が入る。理屈は分からないが重さも変わらず、とても助かっている。
商品をすべて出し切ると、次に布になってくれと頼んだ。
そんなカムラは、丸くなったり平べったくなったり、自在に姿を変えられるとても便利な奴である。
ちょっと燃費が悪くて、すぐに腹が減るのは玉に瑕だが、それを補って助かっていた。
顔に布を巻き地面に腰掛けると、大きめの布になったカムラに商品を並べていく。
有り金の全て裏通りの闇金で金を用意して、回復薬や、保存食、水、テント等冒険に使うようなものは揃えたつもりだ。
ここで売れなければ、俺の人生は多分終わる。
町の道具屋くらい並んだ商品たちを見ると、この後試験に生き残れるかの不安よりも、
無事に商品がはけるかの不安の方が勝っていた。頼むぞ、俺の商品たちよ……。
――
段々と日が高くなるにつれて、広場には受付を終えた参加者が増えてきていた。
有り金全てを仕入に使ったのは賭けは、結果的には大勝利で、準備不足のバカのために、
商品を町の三倍の価格で販売していても上々の売れ行きだった。
文句を言いながらも買っていく様を見ると、困った人を救えた喜びで笑みがこぼれるぜ。ケケケ……毎度あり。
それにしても、様々ラインナップしているが、定番商品以外にも、爆薬、寝袋に使えそうな外套なんかもよく売れるんだな。
それと、この会場の近くに生えていた「朝採れ果実」もそこそこ売れていた。食べられるかわからない果物なのに、
まったく変わったやつらだぜ……。
広場にはかなりの人が集まってきていた。それに伴い、品薄の売れ筋商品を5倍、10倍と価格を上げていく。
それでも売れる。ああ、人助けは気持ちいい。
ついに、残り一個になった回復薬は、百倍ほどの値段になっていた。
商品を陳列している布からグゥゥという低い音が聞こえると、商品の果物が消える。
「もう二、三個食べていいぞカムラ」
そういうと、さらに果物が布に沈んでいった。燃費の悪い奴だなホント。
今日は暖かくなりそうだな、とあくびをしていると、遠くから、金色に光る鎧を着た男が向かってきた。
ウェーブのかかった黄金色の髪が朝日を反射している。年も十四、五才、で俺とそんなに変わらないから、多分受験生だな。
「おい! なんだこの値段は!」
かなりお怒りの様子だ。男の子の日なのだろう。
「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
「ございますかじゃない! この法外な値付けを何とかしろと言っている」
「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
経験上、こういう熱くなった奴には、 心を無にするか、適当におだててうやむやにするしかない。
上から下まで眩しい。この金色の男はきっと目つぶし系の異能を持っているのだろう。
「この胸の金獅子を見ても、同じことが言えるかな!」
金男がマントをずらし、胸の紋章を見せた。成程、獅子の紋章が書いてあるな。かっこいいぜ。
「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
「おい! 頭がおかしいのか貴様! この回復薬、高すぎると言っている!」
「ご意見ありがとうございます。回復薬が入り用なのですね。ええと、百万Gになります」
よし。おまけで千倍の値段にしてやろう。
「この馬鹿道具屋!」
ザワザワと周りに人が集まってきた。周囲からは、そうだそうだ!ボッタクリ!なんて叫び声が聞こえてきた。
こうやっている間にも貴重な時間が過ぎていく。なんとかするしかないな……と思い、この金男に耳打ちした。
「お客様、あまり多くは申し上げられませんが、わたくしは「この試験の関係者です」」
試験に参加するということは、いわば関係者である。
急に金男の顔がこわばり、言葉を失う。
今、金男は開始前に関係者へ手を出して脱落という、みっともない姿を思い始めているのだろう。
相変わらずの怖い顔をしながら押し黙っていた。
「こ、事を荒立てる気はない。貴族の私がこの暴利を何とかせねばと思っただけだ」
よく言うわ。
「ご意見ありがとうございます。 あくまでわたくしは「規則」に則っていただけでございますので……」
この露店の規則は俺なのだ、どこまでもインフレさせるのも俺次第なのだ。はぁ……仕方ない。終わらせるか。
立ち上がり、周囲を見渡すと大きく息を吸い込んだ。
「この様に、試験開始前に事を荒立てないように、このお方が我々にお教えくださいました。 そうですよね?」
「あ、ああ! そうだとも! 皆も気を付けて売買するようにな!」
「で、お客様回復薬は……」
「は、ははははっ! 一つ貰おうか!」
少し声が裏返っていたが、豪快で良い発声だった。貴族?ってのも大変だなと思いながら、俺は満面の笑みで応えた。
「ご購入ありがとうございます!」
金男は、無理に作った笑顔で、次に会ったら覚えていろよと言い残すと。仲間の参加者たちと群衆に消えていった。
残された人だかりは、店内を様々物色していた。客寄せありがとう金男。
それから少したつと、段々と商品も欠品が増えていった。
開始時間も近づいているらしく、広場にはたくさんの人であふれていた。
その頃には冒険にあまり役に立たなそうなものが数点しか並んでおらず、最後の客も去っていた。
十分稼いだし、そろそろ店じまいかなと思い伸びをすると、視線を感じた。
視線の先には少女が立っていた。身長は俺の肩くらいで長い黒髪が風に揺れている。
なんだかニヤニヤしているのが気になるが、彼女が胸に付けた大きな宝石から金のにおいがするし、声かけてみるか……。
「お客様、なにかお探しでしょうか?」
「ああ、すまないね。色々役に立ちそうだなと思ってね」
「もちろんでございます。お客様、お連れの方はいらっしゃらないのですか?」
「あまり人間と行動するのは得意じゃなくてね。 あと、お兄さんは参加者なの?」
「いえいえ……私はただの露天商でございますので……。大変恐縮ですが、お客様でないようでしたら、お引き取りいただけませんでしょうか?」
面倒事は避ける。時間は有限なのだ。とりあえずこの少女が帰るまでは店を開いておこう。
少女は顎に手を当てると、ためらいなく「残りの商品全てくれ」と言った。
……この出会いが、今回の入学試験、いや、人生プランさえも大きく歪ませることになるとは、今の俺には全く想像すらできていなかった。
まだ日が出て直ぐの会場へ着いたが、案の定俺のほかに参加者は誰もいなかった。
眠そうな顔の受付から、参加受付に記入した際に、いくつか質問をされた。
基本的には生まれた場所やら、目的の普通のものだが、よく分からない質問といえば、何が得意か?というものがあった。
学園の意図に沿うよう、かなり魔法が得意ですと伝えた。まあ全く魔法なんて使えないんだけどな。
受付は、魔法が得意なのですね、なんて言いながら、首に金属の輪を付け何やら詠唱していた。
その後、様々な説明があったが、どうやらこれが参加証らしく、
外したり、睡眠以外での意識の喪失が認められた場合には、転移の加護で強制的に医務室送りにされ、棄権扱いとなるそうだ。
今回俺が参加することになったのは、年に一度行われるスワラ国にある最高学府への特別編入試験である。
難関と名高いこの試験は、過去様々な場所で執り行われていた。
半径十km程の孤島や、砂漠、迷宮で行われたこともあったようだが、そのどれもが危険で、
基本的にはこの首輪の加護のおかげでほぼほぼ死なないものの、視力やら片手を失うくらいは、ままあるという。
そんなリスクも承知のうえで、受かれば王族や貴族の子供と知り合えたり、
エリート扱いの騎士団に入りやすくなる、といった立身出世を夢見る者が後を絶たなかった。
目の前には鬱蒼とした森がひろがっている。きっと今回のステージなのだろう。
はるか彼方まで限り続いている様で、ゴールまでの道のりはかなり遠そうだ。
大きく息を吸い込む。試験のことを考え怠くなった頭に、冷たい空気が染み込んでいく。
試験も大事だが、俺の命を懸けた戦いはもう始まっていた。
――
受付から少し離れたところには広場があり、受付後の待機所に使われるようだった。
一番に着いた俺は、露店の準備の為、肩に乗るカムラに商品を出してくれと頼む。
カムラは金属生命体で、銀色のスライムの様な見た目をしている。手のひらほどの体はずっしりしていて、
普段は俺の肩に乗せているが、不思議と肩は疲れない。むしろ肩こりが取れているような気さえする。
この小さな身体に、何十倍もの量の物が入る。理屈は分からないが重さも変わらず、とても助かっている。
商品をすべて出し切ると、次に布になってくれと頼んだ。
そんなカムラは、丸くなったり平べったくなったり、自在に姿を変えられるとても便利な奴である。
ちょっと燃費が悪くて、すぐに腹が減るのは玉に瑕だが、それを補って助かっていた。
顔に布を巻き地面に腰掛けると、大きめの布になったカムラに商品を並べていく。
有り金の全て裏通りの闇金で金を用意して、回復薬や、保存食、水、テント等冒険に使うようなものは揃えたつもりだ。
ここで売れなければ、俺の人生は多分終わる。
町の道具屋くらい並んだ商品たちを見ると、この後試験に生き残れるかの不安よりも、
無事に商品がはけるかの不安の方が勝っていた。頼むぞ、俺の商品たちよ……。
――
段々と日が高くなるにつれて、広場には受付を終えた参加者が増えてきていた。
有り金全てを仕入に使ったのは賭けは、結果的には大勝利で、準備不足のバカのために、
商品を町の三倍の価格で販売していても上々の売れ行きだった。
文句を言いながらも買っていく様を見ると、困った人を救えた喜びで笑みがこぼれるぜ。ケケケ……毎度あり。
それにしても、様々ラインナップしているが、定番商品以外にも、爆薬、寝袋に使えそうな外套なんかもよく売れるんだな。
それと、この会場の近くに生えていた「朝採れ果実」もそこそこ売れていた。食べられるかわからない果物なのに、
まったく変わったやつらだぜ……。
広場にはかなりの人が集まってきていた。それに伴い、品薄の売れ筋商品を5倍、10倍と価格を上げていく。
それでも売れる。ああ、人助けは気持ちいい。
ついに、残り一個になった回復薬は、百倍ほどの値段になっていた。
商品を陳列している布からグゥゥという低い音が聞こえると、商品の果物が消える。
「もう二、三個食べていいぞカムラ」
そういうと、さらに果物が布に沈んでいった。燃費の悪い奴だなホント。
今日は暖かくなりそうだな、とあくびをしていると、遠くから、金色に光る鎧を着た男が向かってきた。
ウェーブのかかった黄金色の髪が朝日を反射している。年も十四、五才、で俺とそんなに変わらないから、多分受験生だな。
「おい! なんだこの値段は!」
かなりお怒りの様子だ。男の子の日なのだろう。
「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
「ございますかじゃない! この法外な値付けを何とかしろと言っている」
「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
経験上、こういう熱くなった奴には、 心を無にするか、適当におだててうやむやにするしかない。
上から下まで眩しい。この金色の男はきっと目つぶし系の異能を持っているのだろう。
「この胸の金獅子を見ても、同じことが言えるかな!」
金男がマントをずらし、胸の紋章を見せた。成程、獅子の紋章が書いてあるな。かっこいいぜ。
「いらっしゃいませお客様。何かお探しのものはございますか?」
「おい! 頭がおかしいのか貴様! この回復薬、高すぎると言っている!」
「ご意見ありがとうございます。回復薬が入り用なのですね。ええと、百万Gになります」
よし。おまけで千倍の値段にしてやろう。
「この馬鹿道具屋!」
ザワザワと周りに人が集まってきた。周囲からは、そうだそうだ!ボッタクリ!なんて叫び声が聞こえてきた。
こうやっている間にも貴重な時間が過ぎていく。なんとかするしかないな……と思い、この金男に耳打ちした。
「お客様、あまり多くは申し上げられませんが、わたくしは「この試験の関係者です」」
試験に参加するということは、いわば関係者である。
急に金男の顔がこわばり、言葉を失う。
今、金男は開始前に関係者へ手を出して脱落という、みっともない姿を思い始めているのだろう。
相変わらずの怖い顔をしながら押し黙っていた。
「こ、事を荒立てる気はない。貴族の私がこの暴利を何とかせねばと思っただけだ」
よく言うわ。
「ご意見ありがとうございます。 あくまでわたくしは「規則」に則っていただけでございますので……」
この露店の規則は俺なのだ、どこまでもインフレさせるのも俺次第なのだ。はぁ……仕方ない。終わらせるか。
立ち上がり、周囲を見渡すと大きく息を吸い込んだ。
「この様に、試験開始前に事を荒立てないように、このお方が我々にお教えくださいました。 そうですよね?」
「あ、ああ! そうだとも! 皆も気を付けて売買するようにな!」
「で、お客様回復薬は……」
「は、ははははっ! 一つ貰おうか!」
少し声が裏返っていたが、豪快で良い発声だった。貴族?ってのも大変だなと思いながら、俺は満面の笑みで応えた。
「ご購入ありがとうございます!」
金男は、無理に作った笑顔で、次に会ったら覚えていろよと言い残すと。仲間の参加者たちと群衆に消えていった。
残された人だかりは、店内を様々物色していた。客寄せありがとう金男。
それから少したつと、段々と商品も欠品が増えていった。
開始時間も近づいているらしく、広場にはたくさんの人であふれていた。
その頃には冒険にあまり役に立たなそうなものが数点しか並んでおらず、最後の客も去っていた。
十分稼いだし、そろそろ店じまいかなと思い伸びをすると、視線を感じた。
視線の先には少女が立っていた。身長は俺の肩くらいで長い黒髪が風に揺れている。
なんだかニヤニヤしているのが気になるが、彼女が胸に付けた大きな宝石から金のにおいがするし、声かけてみるか……。
「お客様、なにかお探しでしょうか?」
「ああ、すまないね。色々役に立ちそうだなと思ってね」
「もちろんでございます。お客様、お連れの方はいらっしゃらないのですか?」
「あまり人間と行動するのは得意じゃなくてね。 あと、お兄さんは参加者なの?」
「いえいえ……私はただの露天商でございますので……。大変恐縮ですが、お客様でないようでしたら、お引き取りいただけませんでしょうか?」
面倒事は避ける。時間は有限なのだ。とりあえずこの少女が帰るまでは店を開いておこう。
少女は顎に手を当てると、ためらいなく「残りの商品全てくれ」と言った。
……この出会いが、今回の入学試験、いや、人生プランさえも大きく歪ませることになるとは、今の俺には全く想像すらできていなかった。
