──────「当主様、お久しゅうございます。息災で何よりでございます」
「おぉ、藍良か。久しいのう」
そう、彼女の名前は『千里藍良』。今年十七になる乙女である。
彼女の生まれは千里家という、この国で一番高い段と位である『天照神)』を賜っている家である。
千里家は現世にある家の中で最も優れているとされているため、この位を賜ったとされている。
『天照神』の他の段の位には、『山照神』と『土照神』、『水照神』がある。ここまでの四つの位が、国内で最高位とされている。
なお、この一段四位はこの世界の基礎を作った四人の神のことが記されている唯一の文献、『天山水土伝説』からきているとされている。
そして二段四位にあるのは、『草輝神 』と『蝶輝神』、『竹輝神』、そして『燒輝神』の四つがある。
そして、五つの段(二十の位)を現世ではこう言う。『創造神位』と。
人々はこの家に属する者たちのことを尊敬し、恐縮し、崇めていた。この世界を作った者たちの子孫なのだから、そうなることは当たり前と言えるだろう。
残りの三つの段(十二の位)は、話すと長くなるので省略させていただく。
話は戻るが、藍良の目の前にいる井達男は藍良の祖父であり、千里家の当主である『千里凰雅』という。
現在七十歳だというのに、若々しく現役バリバリの自慢の当主であられる。
(お祖父様、本当に久しぶりに見ましたが、お元気そうでなりよりなのです。健康が一番ですからね)
「藍良、『神能力』の訓練はどうだ?あの講師は厳しすぎるのではないかと儂に苦情が入っとるのじゃが・・・・・・」
「大丈夫でしたよ。あの程度、すぐに慣れっこになりましたので!なんなら、もう少し練習内容を増やしてほしかったですわね。皆さん私を甘やかし過ぎでは?」
「さすが藍良だな。今度儂とも神戦闘をやろうではないか。新しく出来た戦闘場は設備が整っているらしいからな」
藍良を甘やかしすぎているというのは凰雅にも自覚があったのか、その部分については無視をしていた。
「本当でございますか!私、更に精進してまいりますわね!お祖父様、今度こそ私が勝利を収めさせていただきますわね」
(普通はお祖父様くらいの年齢になられたら、神能力が封印されてしまうのですが、まだまだできるみたいなのです。さすがお祖父様、尊敬いたしますわ!)
『神能力』。これは藍良が生きる現代で、一部の人に発現するいわば超能力のことだ。
その力は人それぞれであり、本人の『神気』と呼ばれる神能力を使うための力の量と、人格や家柄に影響されるらしい。
神能力が発現するのは創造神位を賜った家の者がほとんどだ。位が高いほど、希少であり、能力の質が高いと言われている。
一般の者に発現した場合は、年に一度それらの者を集めて創造神位を賜った家たちで分配していく。
分配と言っても、神戦闘で決まるのだから、偏りがちではあるが。
ここからも分かる通り、この世界は神能力による力量で上下関係や勢力図が決まってくるのだ。故に、それぞれの家では質が高い『神戦士』を育てようと躍起になっている。
だが、千里家はこの世界が出来てから一度たりとも『天照神』の位を降りたことはない。この世界で一番の、絶対的な家なのである。
藍良はそんな家の当主になるには相応しいのだが・・・・・・。
(はぁ。やっぱり私が当主になったら色んな人と話さなければいけないのです。そんなの正直言って無理です!お祖父様にバレたらどうしましょうね・・・・・・)
彼女は人見知りであった。
家族にばれてしまえば、何を言われるかわからない。
ばれてはいけない理由は単純だ。
当主、特に一段四位の家は他の位の者たちや一般人とも関わらなければいけない。人脈作りや会議、時には取材を受けることだってある。
藍良の人見知りが作動してしまえば、千里家の信用度は下がる一方になってしまう。
だが彼女は克服するつもりはなかった。
それはそれで、受けが良いということを知っているからだ。
以前一般人に聞いてみたのだ。
『もし、私が人見知りだとしたら?』、と。
そうすると、身を引いてしまうほどの勢いで意見を言ってきた。
曰く、それはそれで可愛い。
曰く、仲良くしてもらえるまで話しかけるから大丈夫。
曰く、逆に話しかけられる口実ができて嬉しい。
(・・・・・・克服しなくても全く問題はないのです!)
懐にしまっていた懐中時計を見ると、講師が来る時間になってしまった。
話を切り上げるために声を上げる。
「お祖父様。そろそろ勉強をせねばなりませんので、失礼いたします」
「うむ。励むのだぞ」
物心ついたときから身に叩き込んだ最高位の挨拶を祖父にし、とてとてと静かに自室へ帰るのだった。
──────そんな藍良を廊下の影から見ている人物がいた。
藍良の従姉である『千里絢華』である。
「はあ。あいつさえあの時死んでいれば、お父様が次期当主となり、私は当主の長女として好き放題できたというのに・・・・・・。神能力があるからって調子に乗っちゃってまぁ」
誰にも気づかれないように絢華は藍良を恨んでいた。
そう。絢華は神気は多少あるのだが、神能力を持っていない。だから、年下なのに神能力を持っており、才能もある藍良を憎んでいるのだ。
なので時折藍良の夕食に毒を入れたり、神戦闘のときわざと傷をつけるようにしたり、講師を厳しく怖いと評判の者にしたりと嫌がらせをしていたのだ。
まぁ、全て藍良はたまたま回避しているし、何ならもっと良い状態にしてしまうのだが。
それが更に絢華を苛立たせる。
(本当に死んでほしいわ。死ななくても、この千里家から出ていってほしい。なんとかならないかしら・・・・・・)
考えていると、ふと頭に良い案が浮かんだ。
「そうだわ!藍良の奴を妖世に送って、そこで殺してもらえばいいのよ!」
ふふふ、と悪役のような嫌な笑い声が暗い廊下に響いた。
──────それから数刻後。凰雅の部屋にはたくさんの人が集まっていた。
「いや〜。藍良お嬢様、日に日に神気が上がってきておりますな」
「お嬢様には素晴らしい神能力がありますからな」
「さすが凰雅様のお孫様ですわ。さぞご両親もお喜びでしょうね」
「あの両親が遺した唯一の子じゃ。我々がお支えせねばなりませんな」
屏風で仕切られた部屋の向こうには、千里家の親族全員が集まって会議を行っていたのだ。
議題は藍良について。
直系の血が流れているというのはあるが、十七歳にも関わらず次期当主に選ばれた彼女は千里家全員の賛成を得ていた。
普通なら親族内で次期当主の座を巡って抗争を起こすところだったが、それほどの実力を持つ者も、反対する者もいなかった。
それはそうなのだが、やはり藍良のことを不安に思う者はいた。
「あぁ。桂蘭様と朱青様が生きていらっしゃったら、藍良様も肩の力が抜けていられたのではないでしょうか」
『千里桂蘭』と『千里朱青』。この二人は藍良の両親だ。
二人とも溢れんばかりの才能を持っていた。神戦闘においては、国内の優秀な神戦士の中でも一位を争うほどだった。
二人は通称『千の虎龍』と呼ばれるほど、恐れられていた。
────あの日、史上最大規模の『神のたたり』が起こるまでは。
「あの『たたり』は恐かったですな」
「妖世も莫大な被害を受けたみたいですし」
『神のたたり』。それは十二年前起こった出来事だ。
人間や妖から生まれる負の感情と親玉の体の一部から出来た『邪狂』という生物が溢れかえり、妖世も現世も莫大な死者と被害を受けた。
邪狂は神能力を使わねば祓えないとされ、一般人に被害が及ぶのは当然だ。
『たたり』が起こったとき、創造神位に属する全ての神戦士が戦った。邪狂が現世からいなくなり、人々の安全が確保されるまで、三日三晩だ。
その時に藍良の両親は死んだ。邪狂の親玉である『始まりの邪狂』と呼ばれるものを封印し、力尽きてしまったのだ。
その時二人が邪悪狂にした封印は、なぜか十二年と六ヶ月しか効果がないという。
現在十二年と一ヶ月が経った。そろそろ討伐の準備をしなければならない。
そのために、千里家では話し合いが行われていたのだ。もうこれ以上、千里家から優秀な神戦士を死なせまい、と。
「あと五ヶ月しかない。創造神位を賜った家の者たちと集まり、話し合いをしなければいけないのでは?」
「いい加減妖とも手を組まねばいけないのでは?」
『妖』。それは妖世という世界に住む生き物のことだ。
人間よりも神気を持つ者が多く、神能力の質も高いと言われる。彼らは神と遠い親戚とも言われるのだから、そうなるのは当然なのかもしれない。
人間とは少し似ている部分はあるが、全く違う生き物として分類されている。
そのためなのか、人間たちは妖に対しての評価があまり良くなかった。
「妖と?そんな単純に従うわけがないでしょう。あれらは反対するわよ」
「だが、何度も手を組みお互いの世を守ってきたと神本には記されているぞ」
「お試しで一度やってみてはいかがですか?一人の妖を迎えるとか」
「それは他の家の者たちが黙っていないと思いますわよ」
親族の者たちで議論が行われる。一致している意見は、妖と手を組むくらいだろう。
そんな中、扉から入ってきた凰雅はため息をつく。いい加減にあの『手紙』を見せなければ、と。
ゆっくりと立ち上がり、屏風の向こう側へ行く。姿を見せた瞬間、あれほどうるさくしていた者たちが、最高位の礼を取った。
話し合いを仕切っていた桂蘭の弟にあたる者が言葉を述べる。
「凰雅様、お待ちしておりました。現在話し合いは────」
「部屋の外からも聞こえておったわい。妖と手を組みたいのだろう?」
そこまで自分は耳が遠いわけではない。なんなら地獄耳でもあるのだから。
失礼だなと思いつつ、どんどん発言していく親族の者たちの顔を見ていく。
「そ、その通りでございます。ですが、なかなか手段が見つからず」
「創造神位を賜った家の者だけでも、一度会合を開かれては?」
「妖と手を組む方法が実在するのでしょうか?」
そりゃあそうだろう。妖と手を組んだ方法など、神能力やこの世界のことを忠実に書いた神本にすらも書いていなかったからな。
だが、ちゃんと存在するのだ。妖と手を組む方法が。
そしてそれを知れば、千里家の神能力が他の家よりも優れている理由も分かってしまうのだ。
「先日、妖世から一通の手紙が儂のところに来たのだ。あぁ、藍良のもとにも届いたが渡してはいない。『神宮翠』という名の妖からじゃ」
妖世から来る手紙は特別な烏が持ってくるのだが、独特な神気を纏っているため、殺そうとしてしまった。少し申し訳なかった。
そんな風に呑気に考えていると、皆に質問攻めされ始めた。
「神宮翠!?妖の中でも最高峰の妖じゃないですか!」
「容姿端麗であられながら、いつも冷たく、縁談や恋愛方面ではまったく良い噂を聞かない!?」
「凰雅様に手紙を送るのもびっくりだが、なぜ藍良お嬢様のところに?女性には目を向けないのだろう?」
「中身は何だったのですか?まさか、脅迫とかではないでしょうね?」
そりゃあ騒ぐだろうな。妖世では神戦士として群を抜く実力を持っているのだから。
だが、彼は二十三歳。普通はもう結婚をしているはずだが、氷のように冷たく、女性には目を向けたことすらないというあの男。いや、妖から藍良に手紙が来るとは信じられないだろう。
(あの男、儂の藍良に何かするとなれば・・・・・・)
「必ずや我ら千里家の神戦士が殺しにかかる所存だ。たとえ、相手が『氷獅子の翠』だとしてもな」
心の声が漏れてしまい、周りのものがざわつく。
仕方ない。凰雅の子供は四人おったが全員男だったからな。女子がほしかったものだ。それに、才能のある孫を愛さないわけがない。
「え?今我々が聞いて良いような言葉をおっしゃっていた気が・・・・・・」
「気にするでない。それよりも、儂と藍良の分の手紙を開けるぞ」
「凰雅様、もうお読みではないのですか?」
「あぁ、呪いがかかっているかもしれん。念の為だ」
もし我々に悪意のある者が手紙を運ぶ途中、またはその前に呪いをかけている可能性だって十分ある。
別に親交があった訳では無いが、妖の中でも神宮家などの苗字がある者たちは信用ができる。
過去に手を組んできた妖たちは全員苗字のあるものだった。逆に、苗字のない妖は必ず決まって裏切ってきた。信用も信頼もできない。
「なるほど!さすが千里家御当主の凰雅様、様々な予測はしておいたほうが良いですしね」
「それでは開けましょう!」
「一応呪い弾きの神文(しんもん)は準備しておきますね」
神文とは呪文のようなものだが、神文は防御や正当な攻撃に使われる言葉のことだ。神気が少しでもあれば一般人でも使える。まあ、多少威力は低くなってしまうが。
呪文は負の感情を抱いているものに対しての遠距離、近距離の攻撃に使われる言葉を表す。こちらは一般人には使えないようにしている。すぐに呪文を使う者が続出してしまうからだ。創造神位を賜った家の、神戦士に限り使用できる。
(妖の基準はわからないが、神能力が使えるものは全員使えるかもしれんな。恐ろしいことだ)
「それでは凰雅様、開封いたしましょう。私が藍良お嬢様の分を開封してもよろしいでしょうか?」
「あぁ構わない。それでは行くぞ」
室内に緊張が走る。十数人分の心臓の音が聞こえるようで、ピリッとした空気が感じられる。
『ベリッ、ペリペリペリ・・・・・・』
「『・・・・・・』」
「な、何も起きませんね」
「ですが、手紙を読み終えた瞬間呪いが発動したという件もありますよ」
「油断するな、ということですね。皆さん、神文の構えは怠らぬよう」
「読んでみるぞ」
そう言って、凰雅は自分に宛てられた手紙を読み始めた。
──────拝啓 現世、天照神賜りし千里家・千里凰雅殿
息災であられますでしょうか?
花冷えの候、寒暖差がありますのでお体にはお気をつけください。
名乗りが遅れてしまいましたが、妖世、神宮家が当主・神宮翠と申します。
妖が創造神位に属する家の当主様に手紙を送るというのは殺されても文句は言えません。
ですが、それでも私には直々に申したいことがあるのです。
無理なことを言うのは承知の上ですが、一度検討していただければ幸いでございます。
妖世と現世にまた大きな災がもたらされるのは、あと五ヶ月ほどでしょう。
我々だけでまた防げるとは思えないのです。
そこで、妖と人間の皆様で手を取り合いませんか?
過去では何度か妖と人間は手を取り合い、邪狂からそれぞれの世を守ってきました。
そして絆が結ばれたと思ったら、すぐに手を離すのです。
我々が信用できないのはわかります。それで貴方がたは我々を拒否してきました。
ですが、それも今日までです。
私は一つの提案をします。
『妖の代表と人間の代表で婚約を結び、妖は危険ではないと証明する。そして、無期限で妖世と現世で手を結ぶ』
どうでしょうか?代表同士はそれぞれの世で信頼に値する者を選びましょう。
そうすれば、そちら側の世の者たちも納得するでしょう。
ちなみに、妖世の代表は言わずもがな私にございます。
妖世の家の者たちとの協議にて決定いたしました。
現世の代表を決めるために設ける期限は三日です。
代表の方がなにをお持ち込みになさっても私は文句を言いません。
なんせ、右も左もわからないような妖世に住むわけですから。
また大きな災いを防ぐために、こうするのはいかがでしょうか。
良いお返事をお待ちしております。
神宮翠
「追伸。差し出がましいですが、現世の代表は千里藍良様がよろしいかと」
──────「な、なんということだ。藍良様を婚約者にしろと・・・・・・!」
「凰雅様!こちら側も、藍良お嬢様を婚約者にしたいとの内容が記されておりました!」
この場がざわつく。
それはそうだろう。我々が愛してやまない次代当主、藍良を妖の婚約者にしろというのだ。
しかも、相手はあまりいい噂を聞かない妖だ。創造神位を賜った家の者たちも反対をするだろう。
そして、婚約を結ぶということは、必ず結婚するということだ。
この世界において婚約破棄は認められない。すると言う者がいれば、殺されてもおかしくはないだろう。
そのため、婚約を結ぶときは念入りに相手のことを注意深く観察し、信用できる相手かどうかを見定める。
なのでこんなに千里家の者たちはざわめいているのだ。
(だが、我々は絶対的な声を持っている。千里家が認めれば、他の者達も認めざるを得ないのではないだろうか?)
藍良を婚約者にするというのは心苦しいが、それで得られる利益は大きい。神宮翠と藍良が仲睦まじく過ごしてくれれば、現世の人々も認めるだろう。
千里家の次代当主であるにも関わらず、一般人にも気さくに話しかけ、時には人助けもする。一般人の中での藍良の株は他の創造神位を賜った家の同世代の者より、圧倒的に高い。
つまり、この二人の仲の良さが二つの世の運命を握ると言っても過言ではない。
「凰雅様、どうなさるのですか?」
「反対に決まっているでしょう!お嬢様はまだ齢十七ですよ」
「それに現在も神能力の訓練中でございましょう!」
「勉学もこれからだと言うのに」
「まぁ、お嬢様は学びすぎなくらいですよ。もうあのくらいやれば博士号取れるのでは?」
そうだ、その通りだ。普通は可愛い孫を見たこともない妖に嫁がせる馬鹿はいないだろう。
だがしかし、ここにいるのだ。
「儂は、藍良を婚約者に推薦する」
「『・・・・・・!』」
「なっ、凰雅様!?貴方が、千里家当主がそんなことをおっしゃれば、現世の人間は従うしかないのですよ?」
「分かっておる」
そんなこと、考えている。
「他の創造神位の家が黙っておりません!」
「知っておる」
そんなこと、当たり前だ。
「見ず知らずの妖に、我々の大切な藍良お嬢様を嫁がせるというのですか?」
「そんなこと分かっておる!儂が何も考えずに婚約を結ばせようと思っておるのか?そんなに儂が馬鹿だと思っておるのか?お前らと同じで、藍良のことが大切じゃ!」
凰雅は何年かぶりに大きな声を出した。藍良の両親が二人だけで『始まりの邪狂』を、『邪悪狂』を封印しに行くと言ったとき以来だ。
(儂だって嫌じゃ。大好きな藍良を、二人が遺した唯一の子を。これからたくさんの未来があるというのに、それを全て壊すような真似をしたくない)
だが、それ以上に守らなければいけないものがある。
「儂は千里家当主じゃ。創造神位を賜った家の者たちを、現世に暮らす者たちを守る義務がある」
「たしかにそうですが・・・・・・」
親族の者たちは渋っている。凰雅の言う言葉には従わなければいけないのだが、なかなか納得できないようだ。
「儂も言わせてもらうぞ。お前たちは藍良を甘やかし過ぎじゃ。たった一人のために、現世を生きる者たちを殺すということか?『邪悪狂』を儂たちだけで倒せると思うのか?」
「そ、そんな自惚れてはおりません」
「藍良お嬢様を婚約者にしなくても良いのでは?と思いまして・・・・・・」
弱々しく反論する皆にあきれてしまう。
(甘やかし過ぎだ。儂だって親族が納得した相手に、藍良が決めた相手と結ばれて幸せになってほしかったと思っておる)
────だが、これが藍良の運命だとしたら?天命だとしたら?
きっと我々は逆らえない。神の判断は全てなのだ。
「これは天命じゃ。我々を作ってくださった神々の判断なのじゃ」
「そ、そうですね」
「妖は神々の分家だと言われていますし、神々の言葉を授かったのかもしれません」
そうだ。妖は神々の遠い親戚の子だと言われている。簡単に言えば、妖は神々の『子孫』なのだ。
だから我々よりも神能力の質が高く、神気もほとんどの妖に宿っていると言われている。
そして、千里家にはある経歴がある。これを判断材料として出せば納得するだろう。
「儂の考えでは、創造神位を賜った家の者たちも藍良のことを認めておる。成人もしていない、女子にだぞ」
「たしかに藍良お嬢様には皆話しかけに行っていますね」
「話しかけると言うか、媚を売っているに近いがな」
「藍良と神宮翠が婚約を結ぶ、そして妖と人間は手を結べるということを証明する。そうすれば頭の硬い爺たちも納得できるだろう」
自分も爺の中に入っているだろうが、それは気にしないでおこう。
「藍良を婚約者にするのは本当に心苦しい。じゃが、心を鬼にして現世のために藍良を送り出すことも、時には重要なのではないのかね?」
「『・・・・・・』」
「それに、藍良はもう一つ神能力が発現するはずじゃ。それが妖世で発現すればあちらも認めざるを得ないじゃろう」
親族の者たちが俯く。意見には納得しているのだが、心が追いついていないのだろう。
『自分たちが愛してやまない藍良を、どこの馬の骨かも分からない妖と結婚してほしくない』と。
期限は三日もある。それまでに親族の者たちが心を整理できるようにし、創造神位の者たちを説得させる。この程度なら楽勝だろう。
(藍良は・・・・・・。きっとあの子なら『お祖父様の言うことならば、私は従うのみです』とでも言うじゃろうな。あの子は自分の意見を主張しているようで、していない)
今回も何も反論もせず、神宮翠と婚約を結んでしまうだろう。
(ならば、婚約を結んでからも安心して暮らせるような環境を整えようではないか。少ししか持っていけないであろう、藍良の持ち物となる『人間』を)
「『千守爽春』を呼んでくれ。話したいことがあるんじゃ」
儂が藍良を安心させられる数少ない方法だ。この者に、爽春に結婚生活がかかっている。
「・・・・・・頼んだぞ、爽春」
「おぉ、藍良か。久しいのう」
そう、彼女の名前は『千里藍良』。今年十七になる乙女である。
彼女の生まれは千里家という、この国で一番高い段と位である『天照神)』を賜っている家である。
千里家は現世にある家の中で最も優れているとされているため、この位を賜ったとされている。
『天照神』の他の段の位には、『山照神』と『土照神』、『水照神』がある。ここまでの四つの位が、国内で最高位とされている。
なお、この一段四位はこの世界の基礎を作った四人の神のことが記されている唯一の文献、『天山水土伝説』からきているとされている。
そして二段四位にあるのは、『草輝神 』と『蝶輝神』、『竹輝神』、そして『燒輝神』の四つがある。
そして、五つの段(二十の位)を現世ではこう言う。『創造神位』と。
人々はこの家に属する者たちのことを尊敬し、恐縮し、崇めていた。この世界を作った者たちの子孫なのだから、そうなることは当たり前と言えるだろう。
残りの三つの段(十二の位)は、話すと長くなるので省略させていただく。
話は戻るが、藍良の目の前にいる井達男は藍良の祖父であり、千里家の当主である『千里凰雅』という。
現在七十歳だというのに、若々しく現役バリバリの自慢の当主であられる。
(お祖父様、本当に久しぶりに見ましたが、お元気そうでなりよりなのです。健康が一番ですからね)
「藍良、『神能力』の訓練はどうだ?あの講師は厳しすぎるのではないかと儂に苦情が入っとるのじゃが・・・・・・」
「大丈夫でしたよ。あの程度、すぐに慣れっこになりましたので!なんなら、もう少し練習内容を増やしてほしかったですわね。皆さん私を甘やかし過ぎでは?」
「さすが藍良だな。今度儂とも神戦闘をやろうではないか。新しく出来た戦闘場は設備が整っているらしいからな」
藍良を甘やかしすぎているというのは凰雅にも自覚があったのか、その部分については無視をしていた。
「本当でございますか!私、更に精進してまいりますわね!お祖父様、今度こそ私が勝利を収めさせていただきますわね」
(普通はお祖父様くらいの年齢になられたら、神能力が封印されてしまうのですが、まだまだできるみたいなのです。さすがお祖父様、尊敬いたしますわ!)
『神能力』。これは藍良が生きる現代で、一部の人に発現するいわば超能力のことだ。
その力は人それぞれであり、本人の『神気』と呼ばれる神能力を使うための力の量と、人格や家柄に影響されるらしい。
神能力が発現するのは創造神位を賜った家の者がほとんどだ。位が高いほど、希少であり、能力の質が高いと言われている。
一般の者に発現した場合は、年に一度それらの者を集めて創造神位を賜った家たちで分配していく。
分配と言っても、神戦闘で決まるのだから、偏りがちではあるが。
ここからも分かる通り、この世界は神能力による力量で上下関係や勢力図が決まってくるのだ。故に、それぞれの家では質が高い『神戦士』を育てようと躍起になっている。
だが、千里家はこの世界が出来てから一度たりとも『天照神』の位を降りたことはない。この世界で一番の、絶対的な家なのである。
藍良はそんな家の当主になるには相応しいのだが・・・・・・。
(はぁ。やっぱり私が当主になったら色んな人と話さなければいけないのです。そんなの正直言って無理です!お祖父様にバレたらどうしましょうね・・・・・・)
彼女は人見知りであった。
家族にばれてしまえば、何を言われるかわからない。
ばれてはいけない理由は単純だ。
当主、特に一段四位の家は他の位の者たちや一般人とも関わらなければいけない。人脈作りや会議、時には取材を受けることだってある。
藍良の人見知りが作動してしまえば、千里家の信用度は下がる一方になってしまう。
だが彼女は克服するつもりはなかった。
それはそれで、受けが良いということを知っているからだ。
以前一般人に聞いてみたのだ。
『もし、私が人見知りだとしたら?』、と。
そうすると、身を引いてしまうほどの勢いで意見を言ってきた。
曰く、それはそれで可愛い。
曰く、仲良くしてもらえるまで話しかけるから大丈夫。
曰く、逆に話しかけられる口実ができて嬉しい。
(・・・・・・克服しなくても全く問題はないのです!)
懐にしまっていた懐中時計を見ると、講師が来る時間になってしまった。
話を切り上げるために声を上げる。
「お祖父様。そろそろ勉強をせねばなりませんので、失礼いたします」
「うむ。励むのだぞ」
物心ついたときから身に叩き込んだ最高位の挨拶を祖父にし、とてとてと静かに自室へ帰るのだった。
──────そんな藍良を廊下の影から見ている人物がいた。
藍良の従姉である『千里絢華』である。
「はあ。あいつさえあの時死んでいれば、お父様が次期当主となり、私は当主の長女として好き放題できたというのに・・・・・・。神能力があるからって調子に乗っちゃってまぁ」
誰にも気づかれないように絢華は藍良を恨んでいた。
そう。絢華は神気は多少あるのだが、神能力を持っていない。だから、年下なのに神能力を持っており、才能もある藍良を憎んでいるのだ。
なので時折藍良の夕食に毒を入れたり、神戦闘のときわざと傷をつけるようにしたり、講師を厳しく怖いと評判の者にしたりと嫌がらせをしていたのだ。
まぁ、全て藍良はたまたま回避しているし、何ならもっと良い状態にしてしまうのだが。
それが更に絢華を苛立たせる。
(本当に死んでほしいわ。死ななくても、この千里家から出ていってほしい。なんとかならないかしら・・・・・・)
考えていると、ふと頭に良い案が浮かんだ。
「そうだわ!藍良の奴を妖世に送って、そこで殺してもらえばいいのよ!」
ふふふ、と悪役のような嫌な笑い声が暗い廊下に響いた。
──────それから数刻後。凰雅の部屋にはたくさんの人が集まっていた。
「いや〜。藍良お嬢様、日に日に神気が上がってきておりますな」
「お嬢様には素晴らしい神能力がありますからな」
「さすが凰雅様のお孫様ですわ。さぞご両親もお喜びでしょうね」
「あの両親が遺した唯一の子じゃ。我々がお支えせねばなりませんな」
屏風で仕切られた部屋の向こうには、千里家の親族全員が集まって会議を行っていたのだ。
議題は藍良について。
直系の血が流れているというのはあるが、十七歳にも関わらず次期当主に選ばれた彼女は千里家全員の賛成を得ていた。
普通なら親族内で次期当主の座を巡って抗争を起こすところだったが、それほどの実力を持つ者も、反対する者もいなかった。
それはそうなのだが、やはり藍良のことを不安に思う者はいた。
「あぁ。桂蘭様と朱青様が生きていらっしゃったら、藍良様も肩の力が抜けていられたのではないでしょうか」
『千里桂蘭』と『千里朱青』。この二人は藍良の両親だ。
二人とも溢れんばかりの才能を持っていた。神戦闘においては、国内の優秀な神戦士の中でも一位を争うほどだった。
二人は通称『千の虎龍』と呼ばれるほど、恐れられていた。
────あの日、史上最大規模の『神のたたり』が起こるまでは。
「あの『たたり』は恐かったですな」
「妖世も莫大な被害を受けたみたいですし」
『神のたたり』。それは十二年前起こった出来事だ。
人間や妖から生まれる負の感情と親玉の体の一部から出来た『邪狂』という生物が溢れかえり、妖世も現世も莫大な死者と被害を受けた。
邪狂は神能力を使わねば祓えないとされ、一般人に被害が及ぶのは当然だ。
『たたり』が起こったとき、創造神位に属する全ての神戦士が戦った。邪狂が現世からいなくなり、人々の安全が確保されるまで、三日三晩だ。
その時に藍良の両親は死んだ。邪狂の親玉である『始まりの邪狂』と呼ばれるものを封印し、力尽きてしまったのだ。
その時二人が邪悪狂にした封印は、なぜか十二年と六ヶ月しか効果がないという。
現在十二年と一ヶ月が経った。そろそろ討伐の準備をしなければならない。
そのために、千里家では話し合いが行われていたのだ。もうこれ以上、千里家から優秀な神戦士を死なせまい、と。
「あと五ヶ月しかない。創造神位を賜った家の者たちと集まり、話し合いをしなければいけないのでは?」
「いい加減妖とも手を組まねばいけないのでは?」
『妖』。それは妖世という世界に住む生き物のことだ。
人間よりも神気を持つ者が多く、神能力の質も高いと言われる。彼らは神と遠い親戚とも言われるのだから、そうなるのは当然なのかもしれない。
人間とは少し似ている部分はあるが、全く違う生き物として分類されている。
そのためなのか、人間たちは妖に対しての評価があまり良くなかった。
「妖と?そんな単純に従うわけがないでしょう。あれらは反対するわよ」
「だが、何度も手を組みお互いの世を守ってきたと神本には記されているぞ」
「お試しで一度やってみてはいかがですか?一人の妖を迎えるとか」
「それは他の家の者たちが黙っていないと思いますわよ」
親族の者たちで議論が行われる。一致している意見は、妖と手を組むくらいだろう。
そんな中、扉から入ってきた凰雅はため息をつく。いい加減にあの『手紙』を見せなければ、と。
ゆっくりと立ち上がり、屏風の向こう側へ行く。姿を見せた瞬間、あれほどうるさくしていた者たちが、最高位の礼を取った。
話し合いを仕切っていた桂蘭の弟にあたる者が言葉を述べる。
「凰雅様、お待ちしておりました。現在話し合いは────」
「部屋の外からも聞こえておったわい。妖と手を組みたいのだろう?」
そこまで自分は耳が遠いわけではない。なんなら地獄耳でもあるのだから。
失礼だなと思いつつ、どんどん発言していく親族の者たちの顔を見ていく。
「そ、その通りでございます。ですが、なかなか手段が見つからず」
「創造神位を賜った家の者だけでも、一度会合を開かれては?」
「妖と手を組む方法が実在するのでしょうか?」
そりゃあそうだろう。妖と手を組んだ方法など、神能力やこの世界のことを忠実に書いた神本にすらも書いていなかったからな。
だが、ちゃんと存在するのだ。妖と手を組む方法が。
そしてそれを知れば、千里家の神能力が他の家よりも優れている理由も分かってしまうのだ。
「先日、妖世から一通の手紙が儂のところに来たのだ。あぁ、藍良のもとにも届いたが渡してはいない。『神宮翠』という名の妖からじゃ」
妖世から来る手紙は特別な烏が持ってくるのだが、独特な神気を纏っているため、殺そうとしてしまった。少し申し訳なかった。
そんな風に呑気に考えていると、皆に質問攻めされ始めた。
「神宮翠!?妖の中でも最高峰の妖じゃないですか!」
「容姿端麗であられながら、いつも冷たく、縁談や恋愛方面ではまったく良い噂を聞かない!?」
「凰雅様に手紙を送るのもびっくりだが、なぜ藍良お嬢様のところに?女性には目を向けないのだろう?」
「中身は何だったのですか?まさか、脅迫とかではないでしょうね?」
そりゃあ騒ぐだろうな。妖世では神戦士として群を抜く実力を持っているのだから。
だが、彼は二十三歳。普通はもう結婚をしているはずだが、氷のように冷たく、女性には目を向けたことすらないというあの男。いや、妖から藍良に手紙が来るとは信じられないだろう。
(あの男、儂の藍良に何かするとなれば・・・・・・)
「必ずや我ら千里家の神戦士が殺しにかかる所存だ。たとえ、相手が『氷獅子の翠』だとしてもな」
心の声が漏れてしまい、周りのものがざわつく。
仕方ない。凰雅の子供は四人おったが全員男だったからな。女子がほしかったものだ。それに、才能のある孫を愛さないわけがない。
「え?今我々が聞いて良いような言葉をおっしゃっていた気が・・・・・・」
「気にするでない。それよりも、儂と藍良の分の手紙を開けるぞ」
「凰雅様、もうお読みではないのですか?」
「あぁ、呪いがかかっているかもしれん。念の為だ」
もし我々に悪意のある者が手紙を運ぶ途中、またはその前に呪いをかけている可能性だって十分ある。
別に親交があった訳では無いが、妖の中でも神宮家などの苗字がある者たちは信用ができる。
過去に手を組んできた妖たちは全員苗字のあるものだった。逆に、苗字のない妖は必ず決まって裏切ってきた。信用も信頼もできない。
「なるほど!さすが千里家御当主の凰雅様、様々な予測はしておいたほうが良いですしね」
「それでは開けましょう!」
「一応呪い弾きの神文(しんもん)は準備しておきますね」
神文とは呪文のようなものだが、神文は防御や正当な攻撃に使われる言葉のことだ。神気が少しでもあれば一般人でも使える。まあ、多少威力は低くなってしまうが。
呪文は負の感情を抱いているものに対しての遠距離、近距離の攻撃に使われる言葉を表す。こちらは一般人には使えないようにしている。すぐに呪文を使う者が続出してしまうからだ。創造神位を賜った家の、神戦士に限り使用できる。
(妖の基準はわからないが、神能力が使えるものは全員使えるかもしれんな。恐ろしいことだ)
「それでは凰雅様、開封いたしましょう。私が藍良お嬢様の分を開封してもよろしいでしょうか?」
「あぁ構わない。それでは行くぞ」
室内に緊張が走る。十数人分の心臓の音が聞こえるようで、ピリッとした空気が感じられる。
『ベリッ、ペリペリペリ・・・・・・』
「『・・・・・・』」
「な、何も起きませんね」
「ですが、手紙を読み終えた瞬間呪いが発動したという件もありますよ」
「油断するな、ということですね。皆さん、神文の構えは怠らぬよう」
「読んでみるぞ」
そう言って、凰雅は自分に宛てられた手紙を読み始めた。
──────拝啓 現世、天照神賜りし千里家・千里凰雅殿
息災であられますでしょうか?
花冷えの候、寒暖差がありますのでお体にはお気をつけください。
名乗りが遅れてしまいましたが、妖世、神宮家が当主・神宮翠と申します。
妖が創造神位に属する家の当主様に手紙を送るというのは殺されても文句は言えません。
ですが、それでも私には直々に申したいことがあるのです。
無理なことを言うのは承知の上ですが、一度検討していただければ幸いでございます。
妖世と現世にまた大きな災がもたらされるのは、あと五ヶ月ほどでしょう。
我々だけでまた防げるとは思えないのです。
そこで、妖と人間の皆様で手を取り合いませんか?
過去では何度か妖と人間は手を取り合い、邪狂からそれぞれの世を守ってきました。
そして絆が結ばれたと思ったら、すぐに手を離すのです。
我々が信用できないのはわかります。それで貴方がたは我々を拒否してきました。
ですが、それも今日までです。
私は一つの提案をします。
『妖の代表と人間の代表で婚約を結び、妖は危険ではないと証明する。そして、無期限で妖世と現世で手を結ぶ』
どうでしょうか?代表同士はそれぞれの世で信頼に値する者を選びましょう。
そうすれば、そちら側の世の者たちも納得するでしょう。
ちなみに、妖世の代表は言わずもがな私にございます。
妖世の家の者たちとの協議にて決定いたしました。
現世の代表を決めるために設ける期限は三日です。
代表の方がなにをお持ち込みになさっても私は文句を言いません。
なんせ、右も左もわからないような妖世に住むわけですから。
また大きな災いを防ぐために、こうするのはいかがでしょうか。
良いお返事をお待ちしております。
神宮翠
「追伸。差し出がましいですが、現世の代表は千里藍良様がよろしいかと」
──────「な、なんということだ。藍良様を婚約者にしろと・・・・・・!」
「凰雅様!こちら側も、藍良お嬢様を婚約者にしたいとの内容が記されておりました!」
この場がざわつく。
それはそうだろう。我々が愛してやまない次代当主、藍良を妖の婚約者にしろというのだ。
しかも、相手はあまりいい噂を聞かない妖だ。創造神位を賜った家の者たちも反対をするだろう。
そして、婚約を結ぶということは、必ず結婚するということだ。
この世界において婚約破棄は認められない。すると言う者がいれば、殺されてもおかしくはないだろう。
そのため、婚約を結ぶときは念入りに相手のことを注意深く観察し、信用できる相手かどうかを見定める。
なのでこんなに千里家の者たちはざわめいているのだ。
(だが、我々は絶対的な声を持っている。千里家が認めれば、他の者達も認めざるを得ないのではないだろうか?)
藍良を婚約者にするというのは心苦しいが、それで得られる利益は大きい。神宮翠と藍良が仲睦まじく過ごしてくれれば、現世の人々も認めるだろう。
千里家の次代当主であるにも関わらず、一般人にも気さくに話しかけ、時には人助けもする。一般人の中での藍良の株は他の創造神位を賜った家の同世代の者より、圧倒的に高い。
つまり、この二人の仲の良さが二つの世の運命を握ると言っても過言ではない。
「凰雅様、どうなさるのですか?」
「反対に決まっているでしょう!お嬢様はまだ齢十七ですよ」
「それに現在も神能力の訓練中でございましょう!」
「勉学もこれからだと言うのに」
「まぁ、お嬢様は学びすぎなくらいですよ。もうあのくらいやれば博士号取れるのでは?」
そうだ、その通りだ。普通は可愛い孫を見たこともない妖に嫁がせる馬鹿はいないだろう。
だがしかし、ここにいるのだ。
「儂は、藍良を婚約者に推薦する」
「『・・・・・・!』」
「なっ、凰雅様!?貴方が、千里家当主がそんなことをおっしゃれば、現世の人間は従うしかないのですよ?」
「分かっておる」
そんなこと、考えている。
「他の創造神位の家が黙っておりません!」
「知っておる」
そんなこと、当たり前だ。
「見ず知らずの妖に、我々の大切な藍良お嬢様を嫁がせるというのですか?」
「そんなこと分かっておる!儂が何も考えずに婚約を結ばせようと思っておるのか?そんなに儂が馬鹿だと思っておるのか?お前らと同じで、藍良のことが大切じゃ!」
凰雅は何年かぶりに大きな声を出した。藍良の両親が二人だけで『始まりの邪狂』を、『邪悪狂』を封印しに行くと言ったとき以来だ。
(儂だって嫌じゃ。大好きな藍良を、二人が遺した唯一の子を。これからたくさんの未来があるというのに、それを全て壊すような真似をしたくない)
だが、それ以上に守らなければいけないものがある。
「儂は千里家当主じゃ。創造神位を賜った家の者たちを、現世に暮らす者たちを守る義務がある」
「たしかにそうですが・・・・・・」
親族の者たちは渋っている。凰雅の言う言葉には従わなければいけないのだが、なかなか納得できないようだ。
「儂も言わせてもらうぞ。お前たちは藍良を甘やかし過ぎじゃ。たった一人のために、現世を生きる者たちを殺すということか?『邪悪狂』を儂たちだけで倒せると思うのか?」
「そ、そんな自惚れてはおりません」
「藍良お嬢様を婚約者にしなくても良いのでは?と思いまして・・・・・・」
弱々しく反論する皆にあきれてしまう。
(甘やかし過ぎだ。儂だって親族が納得した相手に、藍良が決めた相手と結ばれて幸せになってほしかったと思っておる)
────だが、これが藍良の運命だとしたら?天命だとしたら?
きっと我々は逆らえない。神の判断は全てなのだ。
「これは天命じゃ。我々を作ってくださった神々の判断なのじゃ」
「そ、そうですね」
「妖は神々の分家だと言われていますし、神々の言葉を授かったのかもしれません」
そうだ。妖は神々の遠い親戚の子だと言われている。簡単に言えば、妖は神々の『子孫』なのだ。
だから我々よりも神能力の質が高く、神気もほとんどの妖に宿っていると言われている。
そして、千里家にはある経歴がある。これを判断材料として出せば納得するだろう。
「儂の考えでは、創造神位を賜った家の者たちも藍良のことを認めておる。成人もしていない、女子にだぞ」
「たしかに藍良お嬢様には皆話しかけに行っていますね」
「話しかけると言うか、媚を売っているに近いがな」
「藍良と神宮翠が婚約を結ぶ、そして妖と人間は手を結べるということを証明する。そうすれば頭の硬い爺たちも納得できるだろう」
自分も爺の中に入っているだろうが、それは気にしないでおこう。
「藍良を婚約者にするのは本当に心苦しい。じゃが、心を鬼にして現世のために藍良を送り出すことも、時には重要なのではないのかね?」
「『・・・・・・』」
「それに、藍良はもう一つ神能力が発現するはずじゃ。それが妖世で発現すればあちらも認めざるを得ないじゃろう」
親族の者たちが俯く。意見には納得しているのだが、心が追いついていないのだろう。
『自分たちが愛してやまない藍良を、どこの馬の骨かも分からない妖と結婚してほしくない』と。
期限は三日もある。それまでに親族の者たちが心を整理できるようにし、創造神位の者たちを説得させる。この程度なら楽勝だろう。
(藍良は・・・・・・。きっとあの子なら『お祖父様の言うことならば、私は従うのみです』とでも言うじゃろうな。あの子は自分の意見を主張しているようで、していない)
今回も何も反論もせず、神宮翠と婚約を結んでしまうだろう。
(ならば、婚約を結んでからも安心して暮らせるような環境を整えようではないか。少ししか持っていけないであろう、藍良の持ち物となる『人間』を)
「『千守爽春』を呼んでくれ。話したいことがあるんじゃ」
儂が藍良を安心させられる数少ない方法だ。この者に、爽春に結婚生活がかかっている。
「・・・・・・頼んだぞ、爽春」


