――私はあおくんだけが、ずっとずっと大好きだった。
 あおくんだけを追いかけ続けた。
 だけど、あおくんには全く追いつかなくて、私に少しも振り向いてはくれなかった。

 あおくんは物心がつく前とか後とか、そういう自覚を抜きにしても、パパやママと同じように当たり前にそばに居る存在だった。
 誕生日が同じで、産まれたクリニックも同じで、同じマンションで。
 ほぼ毎日のようにあおくんと私とママ同士で過ごしていた。
 休日はパパたちも含めて、海や山、レジャー施設など、いろいろなところに車で出かけることも多かった。
 水泳の習いごとも、そろばんの習いごとも、習字の習いごとも、学習塾も一緒に始めた。
 合う合わないがあって、年齢があがるにつれて、それぞれ辞めたり続けたり、新たに始めるものもあったり、バラバラになっていったけれど。

 『蒼くんと澄玲が結婚したら、私たち親戚になるんだよ』

 よくママ同士が話していたから、私の結婚相手はあおくんなんだろうなって勝手に思っていた。
 基本的にあおくんは私より何でも先に出来てしまう。
 おむつがとれたのも、補助輪なしで自転車に乗れるようになったのも、逆上がりが出来るようになったのも、ひらがなが読めるのも書けるのも……。
 私が出来るようになるまで苦労することが、あおくんはさらっと何でも先にこなす。
 かけっこだって、あおくんは足が速いから全然追いつけなくて……。
 ――だから、私はいつだって、何だって、あおくんを追いかけている感覚だった。
 あおくんは、とても優しい。
 例えば私が転んでしまった時、

 「大丈夫? すぅ痛かったよね」

 すぐに心配と共感して、私の気持ちに寄り添ってくれる。
 膝を擦りむいた痛みより、私はいつもあおくんの優しさに泣いてしまった。
 3歳児健診で弱視の指摘をされて眼科を受診した結果、私の眼鏡を作ることになった。
 眼鏡をかけることが、みんなと私だけ違ってしまうようで……。
 思いっきり大泣きして、拒否して、ママを困らせた。

 「ねぇ、すぅ。この紫の眼鏡かわいいよ。すぅ、紫色好きでしょ?」

 一緒に眼鏡選びに専門店に来ていたあおくんが一つの眼鏡を指差した。
 ラベンダー色のフレームのキッズ用眼鏡。
 それをつけた私を、

 「すぅ、とってもかわいい。似合ってる。かわいい!」

 あおくんはたくさん褒めてくれた。
 私のファースト眼鏡はあおくんが選んでくれたものにした。
 私は眼鏡をかけることに全く抵抗がなくなって、お気に入りになった。

 「ねぇ、あおくん。このお人形さんの中でどの子が1番かわいいと思う?」

 私は自分が持っているおもちゃのお人形の女の子たちを全てあおくんに見せて尋ねた。
 たぶん私たちが年中の頃だったと思う。

 「この三つ編みしてる子かな」

 あおくんが答えたのは、長い髪を三つ編みにしている女の子のお人形だった。
 その日から私は髪を伸ばし、腰の長さから短く切らなくなり、途中から自分で縛れるようになるまでママに三つ編みをしてもらっていた。

 幼稚園を経て、小学校に入学し、あおくんとはクラスが離れていた。
 それでも頻度こそ減ったものの、同じマンションだし、家族同士で交流もあった。
 学年が上がるに連れて、私と同じようにあおくんを好きな女の子が想像以上に多いことが理解できてきた。
 あおくんは一目で美少年だとわかる整った綺麗な目鼻立ちをしている。
 運動神経が良くて、頭も良くて、優しくて、他の男子がふざけてはしゃぎ倒している時でも、あおくんは落ち着いていて、あおくんの周りには自然と人が集まっていて……。
 そんな勝手に目立ってしまう男の子を女の子たちが見逃すはずもなかった。

 「蒼斗くん、かっこいいよね」
 「足も早いし、サッカーも上手だったよ」
 「バレンタイン蒼斗くんにあげたいよね。チョコ持ってきちゃう?」
 「先生に叱られるよ」
 「でも、みんな持ってきてるじゃん」

 あおくんの話題は私の耳に自然と入ってきた。
 どうしよう……。
 あおくんが誰かと付き合ったりしちゃったら……。
 あおくんは好きな人いるのかな?
 聞きたくても、はっきりするのが怖くて、あおくんに聞けなかった。
 あおくんの好きな子を受け止める自信がない。
 自分に脈がないんだと少しも希望がなくなるのは怖い。
 だから曖昧なままにしていた。

 「すぅ。算数の教科書貸してくれる?」
 「いいよ、あおくん」

 クラスが離れてても、あおくんは私に話しかけてくれて、4年で私が学童を辞めてからは昇降口で待ち合わせて一緒に帰るようになって……。
 それが私は嬉しくて浮かれてしまっていたけれど。

 「澄玲ちゃん、調子にのらないでくれる?」
 「山園さんみたいな地味な子が蒼斗くんに近づくなって言ってるの!」

 クラスも様々な女の子たち10人くらいに学校裏に呼び出されて、あおくんに近づくなと何度も言われた。
 殴られたり蹴られたりはしなかったけど、学年でも目立っている強そうな敵意剥き出しの女の子たちに1人ぼっちで囲まれるのはとっても怖くて……。

 「あおくん、学校では私に話しかけないでくれる?」

 放課後、あおくんの家で一緒に勉強をしている時に私はあおくんに伝えた。
 あおくんは不思議そうな顔で、「どうして?」と聞いてくる。

 「あおくん、女子に人気だから、学校で話しかけられると、その……」
 「……」

 あおくんの眉が歪む。
 傷ついているのだとわかったけれど、

 「あとね、小学校から一緒に帰るのも、やめたいんだ」

 胸が痛む前に言葉を続けた。
 あおくんは気がついていない。
 自分がどれほど女の子に人気があるか、きちんとわかっていない。
 そんな人気者に話しかけられる私みたいな地味で目立たない子がどういう風に見られるか……。
 いつだって真っ直ぐで正しいあおくんには理解できないだろう。
 あおくんは納得していないようだったけど、私も譲れなくて。

 「わかった。そうしよう」

 あおくんが頷いてくれた時、自分から提案したくせに泣きそうになってしまった。