【中編】ブルー、ステイ、サイド

 すぅの表情が、全身が、強張っている。
 でも、こうでも僕が言わないと、すぅを守れない。
 女子たちのすぅに向かうヘイトを逸らさなければ、僕の知らないところですぅに何かされるかもしれない。

 「じゃあ谷内の好みのタイプってどんな子なんだよ?」
 「尊敬できる子」
 「それじゃ真面目すぎてつまんねぇよ。見た目は? 髪の長さとか」
 「かわいらしい子、かな。髪は似合っていれば何でも。でも長すぎないほうがいい」

 三つ編みにされているすぅの髪は腰の辺りまで伸びている。
 正直、好みのタイプなんて考えたこともなかった。
 髪の長さだってどうだっていい。
 女の子はすぅにしか僕の気持ちが動かない。
 すぅはいたたまれなさそうに2組の教室を出ていく。
 ――思えば、これがすぅとの隔たりを決定的なものにしたかもしれない。
 小学校卒業式の日、母親から

 「せっかくだから、すぅちゃんと写真撮りなさいよ」

 なんて言われたけど、頑なに拒否をした。
 小学校入学式の時は校門にたてかけられた看板の前で小さな体で大きなランドセルを背負って、すぅと並んで写真を撮ったのに……。
 短い春休みを挟んで、僕とすぅは中学生になった。
 そして、すぅは中学入学と同時に周囲をざわつかせ、僕にも衝撃を与えた。
 すぅは小学校の時と様変わりした外見で中学の入学式に参列した。
 眼鏡をコンタクトに変え、三つ編みにされていた長い髪は肩上のミディアムボブになり、地毛の茶色の髪とよく似あっていた。
 あれほど隠そうとしていた細い手足の割に膨らみすぎた胸元もセーラー服ではこんなに大きいんだと主張しているように見えるほどで。
 中学生らしからぬ女の身体をしている割に、あどけなく見える典型的なたぬき顔のかわいらしい顔の造り。
 身長も157cm前後。
 何でも許して受け入れてくれそうな、ふんわりとした柔らかい雰囲気。
 甘い軽やかな声。
 山園澄玲は男子からは欲望が詰め込まれた熱い視線を、女子からは嫉妬まじりの冷ややかな視線を注がれる存在として、あっという間に中学で有名になった。

 「え? あれって山園なの?」
 「小学校の時とぜんぜん違うじゃん」
 「何ていうか、かわいすぎるよな」
 「先輩たちの間でも話題だって。この中学で一番かわいくてエロいって」
 「手の早い先輩たちに、すでに告られてるらしいよ」

 8クラス編成だった中学で1組の僕と7組のすぅは階も違うほどクラスが離れていたけれど、それでもすぅの話題は頻繁に周りから聞こえてきて、いつも僕は落ち着かない気持ちで過ごしていた。
 これだけ男子に騒がれれば、女子から煙たい目で見られるのは当然で。

 「山園澄玲って胸がデカいだけじゃん」
 「あいつの声、聞いたことある?」
 「何もかも男に媚びててキモイんだけど」
 「だるぅ……」

 すぅはおっとりと、ほんわかとした印象を与える割に芯は強い。
 まるで自分が男から性的な欲望を向けられ、女から嫉妬される存在だという事実に抗うのではなく、受け入れるように、すぅは一人で居た。
 一人にされている……のではなく、すぅ自身が一人を選んでいるといった立ち振る舞い。
 童顔のわりに諦観したような群れない大人びた雰囲気は、すぅの魅力を押し上げるだけだった。
 ――すぅは、どういうつもりなんだろう。
 どうしようもなく出来てしまった幼なじみとの距離。
 いつの間にか僕の遥か先をすぅは先に歩いているような……。
 ずっと大事に隠してきたものが露呈してしまったような居心地の悪さ。
 言い知れない焦燥感。
 そんなものが常にまとわりつきながら中学校生活を送っていた。

 「――ねぇ、蒼斗」

 自宅での入浴後、脱衣所で全身のケアを済ませ、自室へと戻ろうとしたら、母親から声がかかる。

 「すぅちゃんね、中学に入学してから成績が悪いらしいのよ」

 すぅの話題が久しぶりに母親から出てきて、僕の心臓が素早く反応する。

 「ふーん」

 すぅの成績が悪いのは意外だった。
 すぅは要領は良いほうじゃなくても、勉強など目の前のことには真面目に取り組んでいた印象だっただけに。

 「すぅちゃんママが困ってて。蒼斗、教えてやってくれない?」
 「やだよ」

 間髪入れずに答えてしまった。

 「期末テストまででいいの、部活のない月曜と水曜、テスト一週間前の部活のない期間だけ」
 「僕が部活なくても、ホームセンターの隣の広場で自主練やってんの知ってるよね」
 「それは少し早めに切り上げて、すぅちゃんにテスト勉強、教えてあげてよ。蒼斗はお父さんに似てオールマイティーで何でも出来るんだから」
 「いやだって! すぅに家庭教師とかつければいいだろ」
 「それが……」

 母親は言いにくそうに口許を歪めた。

 「実際、中2になってから、すぅちゃんに大学生の家庭教師をつけたらしいんだけど、その……すぅちゃんを違う目で見ちゃって……辞めさせたって」

 あー、そういうことか。
 大学生の男もすぅを性的な目で見たってことか。
 怒りに似たような感情と、そうなるだろうなという妙な納得感と。

 「なら、女の家庭教師を頼めばいいだろ」
 「それは検討してるらしいけど、そんなすぐに家庭教師もマッチングできないみたいよ。だから期末の前の短い間だけって蒼斗に頼んでるんじゃない」

 どうして僕たちの母親は僕も男だってことに意識が向かないのかわからない。
 僕は対象外だって思われているのか、僕とすぅは昔から二人一緒なのが前提だって信頼感があるのか。