【中編】ブルー、ステイ、サイド

 学年が上がるにつれて、誰が誰を好きだとか、誰かと誰かが付き合ったとか、あちこち飛び交ってはきたけれど、そこに具体性を帯びてきた。
 キスをしたとか、デートでショッピングモールの映画館に行っただとか。
 好きな人に僕の名前を挙げられることも多くて、女の子から告白されることが増えて、バレンタインは机の上がチョコのギフトだらけになっていて、なぜか僕が先生に叱られた。
 でも、すぅはそういうのとは無縁な感じだった。
 少なくとも僕にはそう見えた。
 ――実は誰よりもすぅが可愛いのに、何でみんな気づかないんだろう。
 昔から不思議でならなかったけど、年齢を重ねるに連れてそれが安心感に変わった。
 僕だけがすぅのかわいさを知っている独り占め感……。
 小5になってからお互いに自宅の鍵を渡され、僕も自然と家族よりは友だちと過ごすことが増えて、すぅとの関わり合いは減っていた。
 だけど、たまに家族ぐるみでグランピングに行ったり、母親たちがドライブを兼ねた買い物に行くのに同行したり、すぅとの関わりがゼロではなく。
 すぅがダボっとした服を着ることが増えたのもこの頃。
 ゆったりした服だから、襟ぐりが広い服の時があって。
 すぅが屈んだ拍子に気がついてしまった。
 すぅがブラジャーをつけ始めていたことも、その膨らみが同級生の女子たちと明らかに異なることも……。
 僕は見てはいけないものを見てしまった背徳感に、頭がクラクラ揺さぶられた。
 ――すぅは女なんだと。
 保健の授業で習った男女の第二次性徴をすぅに感じてしまって。
 それは閃光のように強烈で。
 すぅを真っ直ぐに見られなくなった。
 目を合わせられなくなった。
 真正面から向き合えなくて、すぅを避けるようになった。

 「すぅちゃんママ、今日来るわよ」

 なんて母親に言われたら、すぅも付いてくるかもしれないなんて気にして、僕は外出するようにしていた。
 ある日の放課後、マンションのエレベーターでばったりすぅと乗り合わせてしまった。

 「あおくん。パパが新しいゲーム買ったの。もしよかったら、これから家に来て一緒にやらない?」

 最近、僕と話したりしなかったからだろう。
 後ろに立って、そう誘ってきたすぅが少し緊張しているのが声の揺れでわかった。

 「――同じクラスの友だちと遊ぶから無理」

 自分でもすぅを突き放した冷たい言い方をしたと思った。
 でも、二人きりの狭い密室。
 背中を向けているとはいえ、女であるすぅを意識するなってほうが無理だった。

 「同じクラスって女の子もいるの?」
 「関係ないだろ」

 こんなに語調を強くする必要ない。
 それくらいわかっていたのに……。
 すぅが住む4階にはすぐに到着した。

 「じゃあね、あおくん」

 すぅは甘い(かす)れ声を残してエレベーターから降りていく。
 傷つけたかもしれないと後悔が僕の頭を染めていた。
 でも、謝り方がわからずにいた。

 あとは卒業式を迎えるばかりだった小6の3月頃、僕は2組、すぅは4組だった。
 朝の登校時間、「おはよう」と、続々と教室に集ってくる2組のクラスメイトたち。
 同じクラスのメンバーが僕の机の周りに自然と集まってきていたから、僕は談笑していた。

 「うわっ! びっくりした!」

 一人の男子が大きな声を出して、みんなの注目がそこに集まる。

 「えっ……と、誰……だっけ?」

 そこに居たのは肩身が狭そうに俯いているすぅだった。
 声をかけるタイミングを見計らっていたのだろう。

 「4組の山園さんだよ」
 「ああ、そうなんだ? 何か2組に用事?」

 すぅは自分に視線が集まるのが心地悪くて少しパニックになったのだろう。

 「えっと、これ、あおくんのママから持って行ってくれってマンション出る時に頼まれて……」

 すぅが僕の傍まで突き進んで机に置いてくれたのは僕の水筒。
 今の失言を周りが聞き逃すはずもなかった。

 「え? 谷内って山園に”あおくん”って呼ばれてんの?」
 「二人どういう関係?」
 「付き合ってたりする?」
 「何だよ。みずくさいじゃん。早く言ってくれよ」

 面白いネタを見つけたようにはしゃぎだす男子たち。
 女子たちはあからさまに不機嫌そうな表情ですぅを睨みつけていた。
 すぅはいたたまれないように肩を縮めている。

 「――同じマンションってだけ。ありがとな、”山園”」

 この空気を何とかしないと。
 何とかすぅをこの場から逃さなければと。
 女子からの嫉妬のこもった視線や男子からの冷やかしからすぅを守らないと。
 そんなことで頭がいっぱいだった。

 「山園は全く僕の好きなタイプじゃないから。付き合うなんて考えられないよ」