生まれついての、少し鼻にかかったような声音。
その甘い声に導かれるように横へと顔を向ける。
「――相手の子、一年生だったんだ……」
帰宅したと思っていたすぅの姿がそこにはあった。
色素の薄いミディアムボブの髪、垂れ目で大きな瞳。ぷっくりとした桃色の唇に色白の肌。
ボリュームのある胸元は窮屈だと主張するようにセーラー服を押し上げている。
男子からは性的な目で見られ、女子からは嫌悪の対象となるすぅの外見。
外見だけでなく、すぅの声がアニメ声だと例えられるように糖分が多めに配合されているのも理由だろう。
すぅと二人きりなのも、すぅから話しかけられるのも、いつぶりだろう……。
「よく告白されてるの?」
「す……山園には関係ないだろ!」
「……」
思いがけず、すぅに話しかけられ、無愛想な返答をしてしまった。
あえて冷たく突き放さないと、すぅに心も身体も惑わされそうな気がして。
「そうだったね。谷内くん」
すぅが僕のぶっきらぼうな冷たい態度に傷ついたかどうかはわからない。
僕はすぅと目を合わせることが出来なかったし、すぅはゆったりとした足取りで歩き去ってしまったから。
いつから、すぅとこんなに距離が出来た……?
当たり前のように、すぅは僕の一番近くに居たのに……。
すぅと僕は母親の胎内に居る時から出会っていた。
市が開催しているマタニティファミリーに向けたプレファミ講座で出会った僕とすぅの母親はすぐに意気投合した。
出産予定日が2週間しか違わず、お互い土地勘も馴染みもないこの新しい街に引っ越してきて月日を経ていない。
同じ新築マンションの4階と10階に住んでいて、年齢も近い。
通っている産婦人科も同じ。
2人が仲良くならない理由はなかった。
出産予定日は2週間違ったものの、産気づいたタイミングが一緒で同じ日にすぅと僕は産まれた。
すぅのほうが3時間この世に誕生したのが早かっただけ。
母親のお腹の中でも傍に居たのに、産まれてからも新生児室で傍に居て。
母親たちが授乳の指導を受ける時にも傍に居て。
子育て支援センターデビューも、公園デビューも、動物園デビューも、同じ日に生まれたから市から指定されたBCGの予防接種の日も3歳児健診も……幼稚園、小学校と当然のようにすぅと一緒。
息をするのと同じくらい自然にすぅの隣で一緒に育ってきた。
『蒼くんと澄玲が結婚したら、私たち親戚になるんだよ』
『それいい! 孫めちゃくちゃかわいがっちゃう!』
『絶対に私たちの孫なら男でも女でもかわいい子が産まれてくるって』
よく両親たちが僕とすぅが結婚したら……なんて話をしていた。
だから、まだまだ世界が狭い僕は将来すぅと自分は結婚するんだろうななんて刷り込まれていたりして。
すぅが傍に居るのが当たり前すぎたから、幼い僕はこれからもそれが続くと思っていた。
「あおくん。学校では私に話しかけないでくれる?」
12階建てマンションで4階がすぅ、10階が僕の自宅。
家同士を行き来するといっても、すぅの家族が僕の自宅に来ることのほうが圧倒的に多い。
小4になっていたこの日、放課後に僕の自宅へすぅが来てダイニングテーブルで一緒に宿題をやっていた。
すぅは3歳児健診で弱視の指摘をされてから、治療のために眼鏡をかけている。
うつむいていたから、すぅの表情がよく見えなかった。
「どうして?」
「あおくん、女子に人気だから、学校で話しかけられると、その……」
僕たちの通う小学校は1学年で5クラスあった。
街の開発に伴って増えた人口の流入に追い付かず、教室不足が課題になり敷地内に校舎が増設されている。
僕はすぅと同じクラスになったことはなく、1年の入学時、3年のクラス替え時に1組と5組という一番遠いクラスになり、小学校では接する機会が少ない。
いつの間にか登校も同じマンションのそれぞれ同性とするようになっていた。
それでも廊下ですれ違った時には、
「すぅ! 次の授業なに?」
と、僕は走り寄ってすぅに話しかけていた。
「あとね、小学校から一緒に帰るのも、やめたいんだ」
すぅの母親は僕たちが年長の後半から会社員として働き始めていたから、すぅは放課後を学童で過ごしていたけれど、小4ともなると辞める子が多く、
「学童じゃなくて蒼斗と、うちで過ごしてたら?」
と、僕の母親が提案して、すぅの母親が出社の日は僕と一緒に下校して、僕の家でゲームをやったり、勉強したり。
またすぅと一緒に過ごす時間が増えてきたと喜んでいた矢先だったから、すぅの提案は僕にはショックだった。
「でも、すぅは学童やめちゃったよね?」
「うん。ママのいない日はエントランスから直接あおくんの部屋のインターフォン鳴らすよ」
「うちに来るのは一緒だったら、僕と一緒に帰ればよくない?」
「昇降口で、あおくんと待ち合わせしてたら、その、目立つし」
すぅが僕と一緒に居ることに対して、他人の目を気にしていたと気づいたのはもう少し後で。
この時の僕は自分がすぅに拒絶されたとしか思えなかった。
女子のほうが男子より圧倒的に精神年齢が高い。
僕は自分が女の子からモテて学校でも目立つ側の存在だってことを特に自覚していなくて。
余り女子と積極的に絡まない僕が自らすぅに話しかければ、すぅが女子にどう思われるのか幼い僕は気にかけることが出来なかった。
すぅは頼りなげに見えるけれど、一度言い出したら曲げないところがある。
5歳の時、「今日は逆上がりが出来るまで帰らない」と言い出し、夕方になっても鉄棒から離れず、本当に帰ろうとしなくて、僕も母親たちも困ったことがある。
その日、すぅは日没した直後に逆上がりを成功させた。
「わかった。そうしよう」
すぅは何を言っても提案をくつがえさないことがわかっていたから、僕は渋々頷いた。
その甘い声に導かれるように横へと顔を向ける。
「――相手の子、一年生だったんだ……」
帰宅したと思っていたすぅの姿がそこにはあった。
色素の薄いミディアムボブの髪、垂れ目で大きな瞳。ぷっくりとした桃色の唇に色白の肌。
ボリュームのある胸元は窮屈だと主張するようにセーラー服を押し上げている。
男子からは性的な目で見られ、女子からは嫌悪の対象となるすぅの外見。
外見だけでなく、すぅの声がアニメ声だと例えられるように糖分が多めに配合されているのも理由だろう。
すぅと二人きりなのも、すぅから話しかけられるのも、いつぶりだろう……。
「よく告白されてるの?」
「す……山園には関係ないだろ!」
「……」
思いがけず、すぅに話しかけられ、無愛想な返答をしてしまった。
あえて冷たく突き放さないと、すぅに心も身体も惑わされそうな気がして。
「そうだったね。谷内くん」
すぅが僕のぶっきらぼうな冷たい態度に傷ついたかどうかはわからない。
僕はすぅと目を合わせることが出来なかったし、すぅはゆったりとした足取りで歩き去ってしまったから。
いつから、すぅとこんなに距離が出来た……?
当たり前のように、すぅは僕の一番近くに居たのに……。
すぅと僕は母親の胎内に居る時から出会っていた。
市が開催しているマタニティファミリーに向けたプレファミ講座で出会った僕とすぅの母親はすぐに意気投合した。
出産予定日が2週間しか違わず、お互い土地勘も馴染みもないこの新しい街に引っ越してきて月日を経ていない。
同じ新築マンションの4階と10階に住んでいて、年齢も近い。
通っている産婦人科も同じ。
2人が仲良くならない理由はなかった。
出産予定日は2週間違ったものの、産気づいたタイミングが一緒で同じ日にすぅと僕は産まれた。
すぅのほうが3時間この世に誕生したのが早かっただけ。
母親のお腹の中でも傍に居たのに、産まれてからも新生児室で傍に居て。
母親たちが授乳の指導を受ける時にも傍に居て。
子育て支援センターデビューも、公園デビューも、動物園デビューも、同じ日に生まれたから市から指定されたBCGの予防接種の日も3歳児健診も……幼稚園、小学校と当然のようにすぅと一緒。
息をするのと同じくらい自然にすぅの隣で一緒に育ってきた。
『蒼くんと澄玲が結婚したら、私たち親戚になるんだよ』
『それいい! 孫めちゃくちゃかわいがっちゃう!』
『絶対に私たちの孫なら男でも女でもかわいい子が産まれてくるって』
よく両親たちが僕とすぅが結婚したら……なんて話をしていた。
だから、まだまだ世界が狭い僕は将来すぅと自分は結婚するんだろうななんて刷り込まれていたりして。
すぅが傍に居るのが当たり前すぎたから、幼い僕はこれからもそれが続くと思っていた。
「あおくん。学校では私に話しかけないでくれる?」
12階建てマンションで4階がすぅ、10階が僕の自宅。
家同士を行き来するといっても、すぅの家族が僕の自宅に来ることのほうが圧倒的に多い。
小4になっていたこの日、放課後に僕の自宅へすぅが来てダイニングテーブルで一緒に宿題をやっていた。
すぅは3歳児健診で弱視の指摘をされてから、治療のために眼鏡をかけている。
うつむいていたから、すぅの表情がよく見えなかった。
「どうして?」
「あおくん、女子に人気だから、学校で話しかけられると、その……」
僕たちの通う小学校は1学年で5クラスあった。
街の開発に伴って増えた人口の流入に追い付かず、教室不足が課題になり敷地内に校舎が増設されている。
僕はすぅと同じクラスになったことはなく、1年の入学時、3年のクラス替え時に1組と5組という一番遠いクラスになり、小学校では接する機会が少ない。
いつの間にか登校も同じマンションのそれぞれ同性とするようになっていた。
それでも廊下ですれ違った時には、
「すぅ! 次の授業なに?」
と、僕は走り寄ってすぅに話しかけていた。
「あとね、小学校から一緒に帰るのも、やめたいんだ」
すぅの母親は僕たちが年長の後半から会社員として働き始めていたから、すぅは放課後を学童で過ごしていたけれど、小4ともなると辞める子が多く、
「学童じゃなくて蒼斗と、うちで過ごしてたら?」
と、僕の母親が提案して、すぅの母親が出社の日は僕と一緒に下校して、僕の家でゲームをやったり、勉強したり。
またすぅと一緒に過ごす時間が増えてきたと喜んでいた矢先だったから、すぅの提案は僕にはショックだった。
「でも、すぅは学童やめちゃったよね?」
「うん。ママのいない日はエントランスから直接あおくんの部屋のインターフォン鳴らすよ」
「うちに来るのは一緒だったら、僕と一緒に帰ればよくない?」
「昇降口で、あおくんと待ち合わせしてたら、その、目立つし」
すぅが僕と一緒に居ることに対して、他人の目を気にしていたと気づいたのはもう少し後で。
この時の僕は自分がすぅに拒絶されたとしか思えなかった。
女子のほうが男子より圧倒的に精神年齢が高い。
僕は自分が女の子からモテて学校でも目立つ側の存在だってことを特に自覚していなくて。
余り女子と積極的に絡まない僕が自らすぅに話しかければ、すぅが女子にどう思われるのか幼い僕は気にかけることが出来なかった。
すぅは頼りなげに見えるけれど、一度言い出したら曲げないところがある。
5歳の時、「今日は逆上がりが出来るまで帰らない」と言い出し、夕方になっても鉄棒から離れず、本当に帰ろうとしなくて、僕も母親たちも困ったことがある。
その日、すぅは日没した直後に逆上がりを成功させた。
「わかった。そうしよう」
すぅは何を言っても提案をくつがえさないことがわかっていたから、僕は渋々頷いた。



