【中編】ブルー、ステイ、サイド

 放課後、私の家にやってきた折口先輩は玄関先でそう告げてきた。

 「どうしたんですか?」
 「最初はぶっちゃけ可愛くてエロいってみんなが関心を持ってる澄玲ちゃんをセフレに出来るかなくらいの興味本位で近づいたんだけど、いつの間にか常に澄玲ちゃんのことばかり考えるようになってた。他の男を好きな女と一緒にいるのが苦しくなってきて、もう限界」
 「……」
 「本心で澄玲ちゃんにキスしたいし、繋がりたい」
 「……」
 「それだけじゃなくて、一緒に映画見て感想を言い合ったり、海に行ってはしゃいだり、そういう普通のデートを澄玲ちゃんとしたくなった」
 「……折口先輩らしくないです」
 「うん。俺らしくないって自分でも思ってる」
 「折口先輩はめんどくさいから彼女はいらないって言ってましたし……」
 「不思議だよね。その時、そう思っていたのは本当。でも今は澄玲ちゃんが望むなら、めんどくさいことだって何だってやってあげたくなる」

 折口先輩の言葉に嘘がないことはわかっていた。
 家庭教師の先生の時も、私の部屋に来てボディガードのように守ってくれたおかげで事なきを得た。
 折口先輩はめいっぱい私にHな行為をさせる割には、律儀なほどにキスはしようとしないし、繋がろうとはしてこなかった。

 「すみません。私はやっぱりあおくんしか考えられないです」
 「澄玲ちゃんはいつまで、あおくんあおくん言ってるつもり?」
 「……」
 「自分でも逃げてるだけってわかってるよね?」
 「……はい」
 「今度の期末テストまで、あおくんに家庭教師してもらうんだっけ? もういい加減、あおくんに告白してけじめつけたら?」
 「……」
 「澄玲ちゃんが振られたら、俺が優しく慰めてあげるから」
 「……」
 
 私が期末テストまであおくんに勉強を教えてもらうのはママ同士が勝手に決めてきた。
 あおくんは嫌がりそうだと思ったけど、意外にも了承してくれたみたいで。
 また冷たくされるんじゃないかと怖かったし、あおくんが自宅に来ることに対して緊張していたけど、家庭教師初日は驚くほど普通に終わった。
 あおくんは真剣に私の成績がどうしたら上がるのか考えてくれたし、拍子抜けするほど普通に会話のやり取りが出来た。
 ――やっぱり、あおくんが好きだな……。
 改めてそう感じた。
 顔がとか、性格がとか、声がとか、そんな理由もあるのかも知れないけど、何よりあおくんと一緒にいるだけで包まれているような、あのあおくんにしか感じない独特の空気感や感覚。
 谷内蒼斗って存在の全てが好き。
 私はあおくんが家庭教師の時間外に出してきた勉強のノルマをしっかりとこなした。
 こんなに一生懸命、勉強するのは忘れていた感覚だった。
 しんどいけれど、不思議と苦にはならない。
 あおくんは期末テストの範囲内の勉強を教えてくれるだけじゃなくて、単元と単元の繋がりから、今後の勉強法まで考えて指導してくれる。
 何でこんなにあおくんは私を好きにさせてくるんだろう。
 あおくんと距離が遠かった分だけ、家庭教師の時間は傍に居るあおくんに今にも抱き着きたくなるような衝動を抑えるのに必死だった。
 その分、あおくんが家庭教師で来ない日は、折口先輩に私のベッドで何度も絶頂に追い詰められる。

 「澄玲ちゃんの部屋であおくんと勉強してるの?」
 「違っ……リビングで。んんっ……。あおくん、彼女でもない女の子の部屋に入るのは良くないって」
 「ははっ。真面目だね。本当にあおくんと二人きりで勉強しかしてないんだ?」
 「あっ……、いやっ……んっ」
 「澄玲ちゃんは母親譲りの性欲の強さだよね」
 「言わないでくださっ……」
 「澄玲ちゃんは、こんなに感度抜群で淫らな子だって、あおくんに教えてあげればいいのに。あおくんも澄玲ちゃんにたぶらかされて襲いたくなるって」
 「そんなこと……あっん」
 「ほら、もう我慢してないでイきなよ。勉強のストレス発散しな」
 「あっ、ああっん……」

 折口先輩があおくんに嫉妬しているのがわかるほど、自分を刻みつけるように私の身体を念入りに愛撫してきた。
 私と折口先輩の関係は脅迫でしか成り立たないはずだったのに……。
 そうこうするうちに明日は期末テストを迎える。
 ということは、こうして、あおくんが家庭教師で家に来てくれるのも今日が最後だった。

 「こんなにテスト前日が不安じゃないの初めてかも」

 今回の期末テストはやるべきことはやった手応えがあった。
 でも、あおくんとの時間が終わってほしくない。

 「駆け込みでテスト前だけ頭に詰め込もうとするとテスト前日は不安で仕方なくなるよな。中学入学したばかりの頃は要領掴めなくて僕もそうなってた」

 そう言ったあおくんと目が合った。
 あおくんとは余り目が合わない。
 だから逸らしてほしくなくて、あおくんの目をジッと見つめた。
 今日で最後……なんて言わないで。

 「――ねぇ、”あおくん”」

 私、あおくんともっと一緒に居たい……。
 私、あおくんをひとりじめにしたい……。

 「キスしたことある?」

 そう尋ねると、あおくんは少なからず驚いていた。

 「あ、あるわけないだろ」

 あおくん、キスまだなんだ……。
 それに、あおくんが動揺している。
 私に反応してくれている。
 それがすごく嬉しくて……。

 「私としない?」
 「……いや、すぅ、何を言って……」
 「私、あおくんとちゅーしてみたい」

 ずっとずっと望んでた。
 キスも、その先も私はあおくんじゃなきゃ嫌だって。
 あおくんがいいって。
 部屋着であおくんを迎えてたのだって、わざとだった。

 「私の身体、あおくんは興味ない?」

 お願い……、私だけを見て。
 あおくんと繋がれる場所があるなら、それがどこだって繋がりたい。

 「あおくんなら、私に触ってもいいんだよ?」

 欲深く、切実に、あおくんだけがほしかった。
 私の心も、身体もあおくんだけのものにしてほしい。
 いつかママに言われた私の胸は強力な武器になるって。
 それが今ならそれでもいい。
 ――私は、あおくんをどうにか繋ぎ止めたい……。

 「するわけないだろ」

 私を振り切るようにあおくんは勢いよく立ち上がった。

 「今は勉強中だよな。からかう相手は選びなよ、山園」

 私の必死すぎる懇願に、あおくんはNOを突きつけてきた。
 ちっとも、からかってなんかいないのに……。

 「……そう、だよね。ごめん、谷内くん……。気にしないで」

 あおくんだって私が泣きそうになっているのに気づいてるはずだった。  

 「ごめん。ちょっとお手洗い借りる」
 「……どうぞ、谷内くん……」

 だけど、あおくんは更に私を突き離すように、その場から立ち去ってしまう。
 やっぱりダメかと落胆と虚しさに襲われた。
 他の男の人にどれだけ私の容姿をもてはやされたって好きな人の心を掴めなければ何の意味もないのに……。
 あおくんはいつだって正しくて真っ直ぐで、欲深くていやらしい私とはどこまでも違うし、交わらない。
 どうしたら、あおくんに手が届くの?
 歯を食いしばって涙をこらえ、そこからはお互いこのことに触れずに無難に時間が過ぎ去った。