天狗の神様の契約花嫁

 朝餉の後は、ゆっくりお茶を飲みながら話をしてその後は来たばかりの天宮のお屋敷を案内してもらった。
 周囲から大屋敷と呼ばれる天宮のお屋敷は、端から端が見えないくらいに広い。
 佐彦様は夕方までお仕事とのことで、お屋敷から離れたので今回の案内は梅と鈴に連れられて回っている。
「とっても広い、まず食堂と自分の部屋はなんとか覚えたけれど。この広さでは家で迷子になってしまうかも」
 思わず、そんなことを呟けば周囲から微笑ましいと言いたげな笑い声が聞こえてくる。
 梅や鈴は気にしていないから、これは近くの草花や鳥の声だと思う。
「大丈夫です。メノウ様を一人にすることはそうそうありません。それに庭の草花もメノウ様を気に入っておりますから迷子の心配は必要ないでしょうね」
 にこにこと鈴が言うことに、笑っていた草花に鳥たちが答えてくれる。
『そこの神使の言う通り。もし仮に巫女姫が一人だったら私たちが目的地に導くから何も心配いらないわ。何ならすぐにでも佐彦を呼んであげるわ』
 なんて返事が届く。
「佐彦様はお忙しいので、いきなり呼んではいけません。鈴か梅、松や栄を呼んでくださいね」
 なんて声を掛ければ、皆から分かったわって返事が届く。
「あら、みんなもし迷子になったらメノウ様のために佐彦様を呼ぶ気だったのですね。佐彦様は確かに御忙しいですからね。メノウ様のご理解があってきっと佐彦様もお喜びになるでしょう」
 そんな話をしながら、大屋敷の中でも奥の幽世部分の案内を終えたら今日はおしまいだと言われた。
「現世の邸部分にはきちんと神人になってからご案内します。そうしないとあちらの使用人の中には神気を感じないものに強気になる困った使用人も居るのです。神の気を感じ取れるからこそここで働けると勘違いした御仁が幅を利かせているので、今宵初夜を済ませて神人になり神気も落ち着いた頃にご案内します」
 そうして案内された神様と神使だけの幽世になっている方のお屋敷だけでも広いのだが、世間に見えているのは現世の方の大屋敷だそうで、そっちも大変広そうだと今から少し心配になるのだった。
 広いと言っても案内はお昼前には終わり、お昼は洋食にしましたと松が張り切ったようでオムハヤシにクリームコロッケとサラダにコーンスープという洋食のラインナップ。
 一ノ宮では母がまだいたころにしか食べたことのない洋食。
 久しぶりだけれど、母はしっかりした人で五歳だった私にもしっかりマナーを教えてくれたので洋食のマナーもきちんと覚えている。
 少なくなっていたけれど、佳也子と千佳子とも数か月に一度は洋食を用意しマナーの振り返りを欠かさず行っていたから。
 スプーンもフォークもナイフもきちんと使える。
 箸だけで完結しない家柄だからと幼児のころから教えてくれたことはちゃんと生きていると、こうした場面で実感する。
 綺麗に食べ終わると、なんだか少し眠くって休むと久しぶりにお昼から寝たからか、母の夢を見た。
『メノウ、神様には会えた?きっと神様に会えたならあなたは幸せになれるわ。きっと大丈夫』そんな母の言葉を久しぶりに聞いた。
 亡くなったころの母だからか、今の私と並ぶとまるで姉妹のよう。
 色味は違えど、目元の形に顔の輪郭、耳の形がそっくりだった。
 あぁ、間違いなく私は母の娘なのだと感じられたそのままに起きると目の前には佐彦様が居て、私の目元を拭っていた。
「ただいま、メノウ。どうやら母君は夢渡で来ていたようだね。優秀な巫女であったのに、環境が良くなかった。病さえ乗り越えられていたならばと悔やまれる」
 そんな佐彦様の言葉に私はその手を掴んで言う。
「お母様はどっちにしても父には見切りをつけていました。後悔は私の成長を見られなかったこと。それすらもこうして奇跡のように夢渡で会ったのだから、大丈夫です」
 私の言葉に、佐彦様は顔を上げそっと頬を撫でて言う。
「メノウも母君も強いな。そんなあなたとこの先共にあれることを誇りに思う、そしてそれに見合う立派な神でありたいとも」
 そんな佐彦様の手に私はそっと寄り添い、言った。
「そんな佐彦様を支えられる良き妻となれるよう、頑張ります」
 私たちの姿を、それは嬉しそうに草花に鳥達と神使が見守っていた。
 そして、松と栄にしっかり磨き抜かれた湯殿時間を超えて佐彦様のお部屋へ。

 初夜はどこまでも優しい佐彦様に委ねて、そして私は神様の花嫁になり佐彦様と身を重ねたことで神人へと生まれ変わったのだった。
 人から神に近い存在へと変わるため、二日ほど深い眠りについていたが三日目に起きたときには聴感覚は自由にオンオフできるようになり、さらには母からの引継ぎとして先見の力にも目覚めることが出来たのだった。
 そうして最初の私の先見を大慌てで報告することになる。
 身支度を大急ぎで手伝ってもらい私は食堂へと急ぐ。
「佐彦様、お父様、お母様。寝ている間に夢を見ました。三日後大雨で、東宮近くの崖が崩れます。宮様を避難させてくださいませ」
 そんな私の言葉に食堂で待っていた佐彦様にお父様とお母様は驚く。
 庭先の藤に八重桜も驚いている。
「メノウの異能は聴感覚だけだと思っていたのだが、先見?夢見の能力もあったのか?」
 そんなお父様の言葉を聞きつつお母様は私を見てから呟いた。
「異能の引継ぎの術があったみたいね。メノウのお母様の先見を引き継がせたようだわ。でも、起きている間に見るのは大変だったからそこを上手く夢見に変えた様子が見て取れる。しかも一ノ宮の家を出て数日後に発動するように調整まで掛けていたわ。やっぱりメノウのお母さんはとんでもない巫女だった。いい意味でね」
 微笑む、お母様にお父様もようやく術の痕跡が見えたようで納得している。
「メノウの母君は、希代の巫女であったが誰にも気づかれぬままだったのですね。現世は惜しい人材を失ったものです。しっかりしていれば本来帝にも嫁げたでしょうに。それが、幸せかは本人の感覚でしょうけれども」
 なんて佐彦様も言いながら私の報告にはしっかり信憑性があることを理解し、さっそく帝に内密で連絡を取り東宮の避難を早急に促すことには成功したという。
 さて、結果は三日後。

 その日朝から雨が続き、夢見の通りに東宮の崖が崩れて宮が半壊したが東宮は本宮で帝と過ごしていたために無事であったという。
 そこから、天宮に嫁いだ巫女は大いなる異能持ちであると帝に近い高位の者たちの間でささやかれることになるのだった。