天狗の神様の契約花嫁

 「メノウの異能は我々は聴感覚と呼んでいる。生き物なら種類問わずその声を聴けるし、それは神使やその幼子の動物姿の者の声も聴けるし、物であっても付喪神であればその声を聴くことが出来るであろう。付喪神になる手前の物などもメノウには声となって聴こえるはずだ」
 そんなこんなで、私の異能は聴感覚という聴くことに特化した能力だったようだ。
 それは大変貴重なもので、特に植物の不調を見回る必要のある義父猿田彦神は一緒に仕事に行こうと楽し気に微笑んだ。
「それは最近は私の仕事です、父上。メノウと私で回ります」
 そんな切り返しをした佐彦様を猿田彦様と天宇受売命様は嬉しそうにしている。
「ようやく待ち望んだ花嫁だものね。でも、メノウは今日巫女としての覚醒を迎えたのよ。初夜は明日になさいね。今日はしっかり休ませなくてはダメよ」
 そんな母である天宇受売命様の言葉に、佐彦様はしっかりと頷いて答える。
「母上、そこまで見境の無い子どもではありません。間違いなくメノウは望んで待ち焦がれた花嫁ですが、二千年以上待ったのですからあと一日くらい待てますとも」
 なんて話していて、私と佐彦様の初夜の儀は明日となった。
 おかげで天宮の大屋敷の初日は今までにない豪華なお部屋でたっぷりの睡眠をむさぼることとなるのだった。

 最初に通された私の部屋に辿り着くと、松と栄と、さらにその二人によく似ているが可愛い感じの私と歳の近い少女たちが居た。
「若奥様、初めまして。松の娘の梅です」
「若奥様、初めまして。栄の娘の鈴です」
 二人の少女は松と栄の娘たちらしくしっかりしつつも落ち着いていて、すでにしっかり自立してお屋敷に仕えていると感じる。
「私たちもお世話いたしますが、歳の近い者も居たらきっとメノウ様も気がお楽になるでしょう?うちの娘たちで年の近い梅と鈴もメノウ様のお世話係としてお仕えいたします」
 松と栄の配慮は本当にありがたいが、今まで年の近い相手は千佳子しかいなかったのでどうしたものか。
 どう接するのが正解なのか、令嬢として過ごしてこなかった私に足りない部分だ。
「梅と鈴、よろしくね。至らないところが多いけれど、天宮の若奥様として頑張るわ」
 私は気合を入れて伝える。
「若奥様、私たちも誠心誠意お仕えいたします。待ち望まれた佐彦様の花嫁様ですから」
 梅と鈴はにこやかに笑い、そうして私はお屋敷の大浴場へと案内されてしっかり磨きあげられた。
 銀髪は艶を帯びて輝き、指どおりが滑らかに。
 肌もしっとりとしていて、すべすべになった。
 手だけはまだかさつきが残っているけれど、それは致し方ない。
 十二年、水仕事をしてきて荒れているのだから。
 それでも二人は丁寧に私のお世話をしてくれた。
「神人になられれば、一気に綺麗になられますよ。神の気は心身を改め清めてくれますからね。その後は荒れることも無くなるはずです」
 そんな説明をしてくれる梅と鈴は、なんと見た目は十五歳前後で私に近い年に見えるが御年150歳だという。
 神使としてはまだまだ子どもでようやく今回私が来ることで側仕え見習になったのだそう。
「私たち、メノウ様が快適にお過ごしに慣れるよう精一杯お仕えします」
 二人のその言葉は真っすぐで私は安心して頷いて答えた。
「ありがとう。松と栄も初めから私を歓迎してくれて嬉しかった。そんな二人の娘の梅と鈴なら安心できる。よろしくね」
 こうして、寝支度を整え部屋に一人になると庭の花々から声が聴こえてくる。
『ようやく、佐彦様に花嫁が来たわ』
『約定の花嫁よね』
『清浄な気を持つ稀なる巫女。私たちの声を聴く巫女はほんに久しく居なかった』
 そんな虫や花や木々の声が聴こえてくる。
「私は神様の花嫁としてやっていけるでしょうか?」
 思わず聴こえてくる声に問いかけると、その声は答えてくれた。
『若い巫女だものね。心配もあろうと思いますが、佐彦様は既に神様として立派にお役目を成されている御仁です。巫女様も良きように導き添い遂げてくれることでしょう。何も心配いりません。その清浄なる気のあるあなたなら神人になってもやっていけますよ』
 そんな優しい声の主は私の部屋の側にある藤の木からのお返事だった。
『そうよ、あなたは佐彦様が待ち望んでいた花嫁だもの。なんの心配もないわ』 
 藤の木の後ろに咲き誇っている八重桜からも返事をもらい、私は木々の言葉に頷いて返事をした。
「ありがとう。私、ここで頑張るわ」
 こうして十七の誕生日、私は天宮の大屋敷へと移り住み、異能を顕現させて神様の花嫁となることが決まりました。