天狗の神様の契約花嫁

 天狗のお面をかぶっており顔は見えないが、その存在感は人ではないことを伝えてくる。
「巫女の娘。迎えに来た」
 声はお面で籠るようなことも無く、穏やかに私の元に届く。
「メノウと申します。天狗の神様、どうぞお連れ下さい」
 私たちのやり取りを、異変を察知して覗きに来た佳也子と千佳子が気付いて見守っていた。
 そんな二人の存在に天狗の神様が気付かないわけもない。
 二人に向かって神様は、穏やかに言った。
「我が花嫁が長いこと世話になっていたこと、感謝する。二人には加護を与えよう。二人は今後恵まれるであろう。もしこの家を出るのであれば天宮を訪ねてくればよい。では、巫女はもらい受ける」
 二人は神様である目の前の男性の言葉に頷き、頭を下げた。
 それと共に、私は神様に抱えられて颯爽と離れである小屋から抜け出し一ノ宮の家から出られた。
 神様らしく、颯爽と空を飛ぶように移動するのは天狗の神様だからだろうか?
 なんて疑問に思っていると、神様は楽し気に言う。
「我が名は佐彦という。母は天宇受売命、父は猿田彦で父の二代目として神代から現世のいままで世を見守り続けている天狗の神だ」
 神話の時代の神様の子どもが夫になるとは思いもしなかったけど、白鷗の巫女は神様の花嫁になるのは猿田彦神様とのお約束だったと教えてくれた。
「その髪と目では人の世では暮らしにくかろう?まして何かしらの力に富んだ娘だ。故に現世と神代の境に住む幽世の神が花嫁にもらい受けることが決まったのだ。メノウと同じ色で産まれる娘たちはみな神使や神自身に好かれることが多い。我が邸でも好かれるであろう」
 話をしつつ降り立ったのは都でも、一ノ宮と白鷗とをさらに抑えて栄える財閥天宮の大屋敷だった。
 外に出たことがない私でも、天宮の大屋敷は聞いたことがある。
 国を支える皇族に次ぐ広さと栄華を誇るお邸で、四代前の皇族の降嫁先としても知られている。
 財閥の中でも一番の名家である。そんな大屋敷に降り立つと、すっと現れた人ならざる者たちの気配。
 しかし恐ろしいとも感じず、むしろ歓迎されているように思い私は内心で首を傾げた。
「花嫁様、ようこそ天宮の大屋敷へ。旦那様、良きお嫁様ですね。澄んだ気を持った大変稀なる花嫁様です」
 そんな風に声をかけて来たのは、スッとした糸目の女人。その横にはきりっとした表情の女人も並んでいる。
「しかし、いささか栄養が不足気味のご様子。ここではたんとお食べになって、元気な赤様を産んでもらわねば」
 きりっとした女人ははっきりと物申す様子だが、天狗の神たる佐彦はそれを容認しているようで、咎めることも無く口の端に笑みを浮かべて答えた。
「一ノ宮では令嬢の扱いを受けず、白鷗は気にもかけなかったようだ。彼女の母が最期までこの子自身が幸せになるようにと、周囲から隠した故に巫女と気づかれなかったらしい。それゆえの栄養不足だろう。母の守り故、許してやってほしい」
 そんな言葉に、糸目の女人もきりっとした女人も思わずと言った感じで頷き同意を示した。
「母上様の守りでの処遇であれば致し方ありません。母上様も近くでお守りできぬことを、悔しくお思いだったでしょう。無事に十七になられて、本当にようございました」
 優しい言葉と共に、私は現世と神代の代理人たる天宮の大屋敷で神様の嫁として暮らすことになったのだった。 先ほど出迎えてくれた二人が私の専属の世話係だと紹介された。
 糸目の女人が栄といい、人型になっているが蛙の神使だと話してくれる。
 はっきりした顔の女人は名を松といい、同じく人型になっているが猿の神使だと教えてくれた。
「巫女が御生まれになっていたのはメノウ様の誕生時よりこちらは把握しておりました。指折り数えて支度していたのですよ」
 話ながら案内されたのは、大屋敷の中でも華やかな花々の庭に面した美しく、大きく開かれた部屋。その中は天蓋の付いた大きなベッドに艶のあるテーブルとビロード張りの美しいソファーやイス。
 化粧台もしっかりと鏡の付いた大きなものがあり、そこには化粧品も揃えられている。
「どれもこれも、佐彦様がメノウ様が気に入ってくれるかと吟味して用意した物ばかりです」
 栄は楽しそうに部屋を見渡して教えてくれる。
「さ、メノウ様こちらも確認してくださいまし」
 部屋の中から続く扉を開けて促された先は、大量の衣裳が収まっている。
 そこには西洋風のドレスや普段使いのワンピースから、綺麗な和装に至るまでたくさんの品が納められている。
「この服は、もしかして大屋敷の人々の分もある?」
 一部屋丸まると衣裳が存分にあるので、思わずつぶやけばそれに対して答えたのは松だった。
「まさか。この部屋にあるのは全部メノウ様の御衣裳です。どれもこれも、こっそり様子を窺いに行っていた若旦那様が、メノウ様のために選んだ品々です」
 ドレスは着たことが無いが千佳子が持ってきた雑誌にはたくさんのドレスのデザイン画があったし、異母妹はよく可愛らしいワンピースを着てきては離れを漁っていったものだけれど……。
 私自身は母のお古を手入れして、なんとか過ごしていたので着物が数着しか持っていなかった。
 財閥の令嬢にあるまじき状態であったことは間違いがないのだが、すでに令嬢の生活とは?というほど長きにわたって放置された娘だったのでそこに疑問も無かった。
 だからこれが財閥貴族の普通と言われると、そうなのかと納得するしかないまま現状をとりあえず受け流していくよりほかない。
「さぁ、ご確認くださいまし。メノウ様に似合う品ばかりですから」
 栄も入ってくると、私に衣裳部屋の確認をするように促してくるので私は恐る恐るその部屋の服たちを見ていく。
「着物は正絹で、総絞り⁉ ワンピースもシルクやタフタの重厚な物まで、すごい……」
 私自身も一ノ宮で使用人と同じように裏方で仕事をさせられていたこともあり、自分で豪華な衣裳を着ることは無くとも生地は洗濯の注意などもあるため覚えている。
 ここにあるのは一級品と言われるシルクの品や、高級毛織物生地を使った冬用のコートなど一ノ宮の奥様や異母妹の衣裳部屋にあった物と変わらないかそれより豪華なものが用意されていることに、驚きを隠せない。
「さて、我が花嫁が気に入るものはあったかな?こちらで用意したもので合わないと思ったら新しいものをいくらでも揃えよう。メノウはこの天宮の若奥様になるのだから」