天狗の神様の契約花嫁

 現世も幽世も私が嫁いできた半年前とは違ってだいぶ落ち着きました。
 佐彦様やお父様お母様が頑張って各地を回って穢れを払い、生き物たちの治癒に励んできたおかげで各地が安定して良い気の巡りに変わったのだそうです。
 そうして穏やかな日々を過ごし始め季節も過ごしやすい春のこと。
 とある日の朝食でお母様が突如言い放った言葉に私と佐彦様は固まることになりました。
「そうだ、佐彦。あなたメノウちゃんと共に新婚旅行として高天原に行って、二人でアマテラス様にご挨拶してきなさいな」
 美味しい朝食を終えてデザートに苺を頂いていた私はお母様の言葉にポカンとしてしまった。
 この間解決したので、もう幽世のお屋敷から行動制限は解除されたけれど私は居心地がいいのでぬくぬくと幽世のお屋敷で日々を送っている。
「あぁ、たしかに落ち着いたところでもあるしメノウをアマテラス様にご紹介しておかねばなりませんね」
 お母様の言葉に納得したかのような言葉を返す佐彦様。
 そもそも高天原とは神々の暮らす天上の世界を示す。
 文字通り神様でなくては行くことが出来ない世界、それが高天原であるとつい先日藤のおばあちゃんに教わったばかりである。
 神に近いとはいえ私は神ではなく神人。
 神で人と書いて神人である、神様になっているわけではないので当然高天原行くことは叶わないと思っていたがお母様は実にあっけなく行けるのだと言い放った。
「だって、メノウちゃん新たな神の子を身籠っているもの。神様のお母さんにあたる神人ならアマテラス様にお目通りも叶うわ。大切なことだから、二人で新婚旅行がてら行ってらっしゃいな」
 という、自覚していなかった妊娠まで告げられて私はもう口を開けたまま声が出なかった。
 佐彦様とは初夜の後も毎日一緒に過ごしている。
 もちろんベッドも一緒なので、初夜以降日々甘い時間を過ごしているわけだが確かに一か月くらい前から佐彦様からの行為が止まっていたことに今更気づいた。
 いつも抱きしめられて眠るのと最近やたらと眠くて抱きしめられると安心してすぐに寝てしまうので違和感がなかった。
 まさか、その眠気が妊娠からくるもので私のお腹の子は神様だというのだから驚きを隠せない。
 神人と神様の子は神様になるのかなんて、回転不足になりつつある頭で考えた。 
 そして遅ればせながら嬉しさがこみあげてくる。
 大切な旦那様である佐彦様との間に子が出来たのだ。
 私にとって母を亡くして以来自分と血がつながった家族が、私の中で育まれているのだ。
 佐彦様とお母様が会話しつつもそこで喜びに静かに浸り始めた私を見て、満足そうにしていることにようやく気付いた。
「お母様、この子は神様なのですね?私と佐彦様の子なのですよね?」
 私の言葉に頷いてお母様は言った。
「えぇ、そうよ。嬉しいわねぇ、私たちもおばあちゃんになるんだわ」
 とっても楽しそうにお母様が笑い、お父様も笑顔で頷いているからとても楽しみにしてくれていることが伝わる。
「メノウにとってもお腹の子にとっても高天原の空気に触れるのは良いことだから、さっそく明日にでも高天原に行こう」
 佐彦様の言葉に鈴と梅が張り切って準備を開始し、栄はすでに赤子の服を肌着から作り始めている。
 天宮家にとっては佐彦様以来の子の誕生となり神使も大変喜び、生まれてくる次世代のための準備を楽しそうに始めている。
「この子は既にこんなに歓迎されているのですね。私もこれからが楽しみです」
 そんな話をしながらも、高天原への移動は専用牛車であること。
 見たことなかった牛車に驚くとともに、穏やかな顔の牛たちに明日はよろしくと挨拶をして明日は朝早いからということでみんなが早めに就職を用意してくれたものを食べて、お風呂に入り就寝した。
 もちろん就寝の際には佐彦様が来て、いつもどおりしっかりと抱きしめてくれて就寝した。
 その手は私と子どもを守るようにお腹にしっかり添えられていた。

 翌日日が昇るとともに、朝日に導かれるように道が開きその道に沿って牛車で進んでいくとオレンジ色の門をくぐった先が神様の住まう世界高天原である。
 しかも朝日から延びる道を進んだ先は太陽神たるアマテラス様のお屋敷に通じるもので、きちんとお母様が許可を取っていたことで開かれた道だという。
「アマテラス様、猿田彦と天宇受売命の息子佐彦とその嫁メノウで参りました。お目通り願います」
 たどり着いたお屋敷の中、御簾の向こうにいる太陽神アマテラス様。
 どんな神様なのだろうか?と微かな緊張と共にお声がけを待っていると御簾の上がる音がして楽しげな声が掛けられた。
「久いのぅ、佐彦や。すっかり大きくなって、嫁までできたとは。我も歳をとったのぅ」
 なんて言っている神様は天宇受売命と変わらぬ若々しく美しい金の髪に金の目の美女だった。
 さすがは太陽神、キラキラとご容姿も眩しい。輝いている。
「お久しぶりでございます。幼少のみぎりにお会いしてより、だいぶご無沙汰したしましたことお詫び申し上げます。しかし、ようやく約束の花嫁を得て、さらには次代も芽生えたので寿ぎを賜りたく嫁とご挨拶に馳せ参じました」
 佐彦様とアマテラス様とのやり取りを見守る。
 私はまだまだ神人になりたて、口を開く許可なくば話すこと叶わずとお母様からしっかり教わってきたので黙って旦那様とアマテラス様との会話を聞いている。
「うむ、久しぶりに若い神の気配を感じる。実に良きこと。そなたの子は新たな世代となりて幽世と高天原と現世とを上手く回していく調整の役を担う次世代の神となろう。良く導いてやると良い」
 アマテラス様の言葉に佐彦様は大きく頷き必ずやと答えた。
「さて、母御になるメノウや。こちらにおいで、可愛い私たちの子よ」
 まさか太陽神たるアマテラス様に、温かく呼ばれるとは思っていなかったので私はドキドキしながらアマテラス様の近くへと上がった。
「そなたの人としての生では、辛く悲しく、苦しいことが多かっただろう、苦労を幾重も重ねられて、それでも生き抜いた。だからこそそなたは佐彦と出会い夫婦になることでようやく福を得たのだ。そしてその福はそなたの身の新たな神にも繋がる。絆とはこうして紡がれていくもの。そして私との縁もまたそなたへの福となろう。太陽神アマテラスの加護をメノウ、そなたに」
 そう言って私の額に優しいキスを一つ下さったアマテラス様は優しく微笑んで言った。
「さぁ、高天原の気を存分に浴びて元気なお子を産むがよい」
 そういって、高天原の散策へと送り出されたのであった。