帰宅してすぐに、松と栄がやってきてねぎらいの言葉をかけてくれる。
「メノウ様、お疲れさまでした」
多くを言わなくとも、彼女たちが眷属から私の状況を理解していたことを悟る。
「ありがとう。松、栄。少し疲れたわ。でも、同じクラスのご令嬢は良い人ばかりなの。白鷗家の令嬢もいい子だったわ。だから学校生活自体は義妹と関わらなければ問題ないわ」
私の言葉に栄と松は頷いて答えてくれる。
「すでに佐彦様に猿田彦様の連名で一ノ宮と皇帝には連絡しています。皇帝から一ノ宮家への苦言も入るので、明日には状況は改善されると思います」
きっとそうなるだろうとは思っていた。
天宮家は皇族よりも力があるとも言える。
そして、佐彦様も、お父様もお母様もみんな優しく私を可愛がり慈しんでくれている。
実の母以来に感じる愛情は、かけがえなくそして私を満たしていく。
天宮家に嫁いで、旦那様である佐彦様に出会い、お母様とお父様に出会い生きることに楽しみを見つけることが出来た。
聴感覚に目覚めてからは生き物たちの話を聞く楽しみも出来た。
一ノ宮の離れしかなかった私には、世界が広がっていく感覚に楽しさと知ることの喜びを感じている。
本で読んでもわからなかったことを実感できる、体験できる。
それはとてもありがたいことであることを知っている。
学べることの素晴らしさを身をもって実感しているのは女学館では私くらいかもしれない。
文字の読み書き、四則計算、その後の学びはすべて千佳子の持ち帰る教科書のみ。
それでもそこから学ぶために、しっかり読み込んで覚えた。
教えてくれる人は千佳子だけだったし、教科書しかなかったから。
天宮の大屋敷にはたくさんの書物があり好きに読んでいいと言われている。
本にたくさん触れられることもありがたい。
本は知識の塊なのだから。
「義妹も、自分の環境が恵まれていることを知れば変わったかもしれないけれど。当たり前だと思っているから気づかないでしょうね。
当たり前ではないことは義母が知っていたはずだけれど。教えたりはしなかったのでしょうね」
私の呟きに、桜の木が反応する。
『義母にとっては結婚後の侯爵夫人の肩書がすべてだったのよ。身につけているのは下位貴族の知識とマナーで当然夫人は陰で侯爵夫人として足りないとささやかれていることを本人だけが知らないけれど』
桜もしっかり情報を仕入れている。なるほどね、そんな環境であれば家柄に見合うマナーと知識を義妹が持っていないことも理解できる。
家庭教師を勉強が嫌いすぎて追い出していたものね。
義母からの教えでは侯爵令嬢として足りないはずだ。
男爵令嬢から教わっているのだもの、階級に見合ったマナーが身につけられていないのだ。
『男爵令嬢の受けた教育をそのまま受ければ男爵令嬢にはなれるかもしれないけれど、侯爵令嬢には足りないでしょうね。それでも非難を正面から受けないのは侯爵家だからというだけ。陰で言われるのは仕方ないほどのマナーと教養と言えるでしょう。いっそ妾のまま侯爵家に入らなければ問題なかったがねぇ』というのは藤の木だ。
長く生きているだけに、藤の木も容赦がない。
「身分には相応のマナーと教養が必要なのよと母は言っていたわ。そして、幼少期からそれを始めないと苦労するからと私には三つから教え始めていたわね」
私の言葉には桜の木が同意する。
『そうね、和代はメノウに三つ子の魂百までの言葉に従って三つから必要なマナーを教え始めていたわ。メノウも素直だったから和代が亡くなるまでに最低限のマナーも知識も付けていた。その後も学ぶことを諦めずに続けた。だからきちんと身分相応の知識とマナーが身についている。機会があっても身につかなかったあの子とメノウは違うからね。あなたはきちんとできる子よ』
桜の木に諭しつつも褒められた、褒めてくれる人もすでに私にはいなくなって久しいから嬉しいと感じる。
「ありがとう、桜のお姉さん、藤のお祖母ちゃん」
この庭で覚醒してからずっと頼りになる桜と藤の木は、いつも味方になってくれて、そして様々なことも教えてくれる。
姉で、祖母で、先生みたいな存在でもある。
この邸においてなくてはならない存在であり、私が邸に馴染むのに一番頼りになる存在でもある。
『いいのよ。私たちは大切な花嫁であるメノウの味方だから』
さて、その頃の一ノ宮家では……。
「桜子、桜子は居るか!?」
そんな父親である泰治の声に、桜子は返事を返す。
「お父様、わたしならここにおります」
桜子はサロンでお茶とお菓子をつまんでいた。
学校から帰ったらルーティーンでまずはお茶とお菓子をつまみ、その後課題はいつも千佳子に投げていたが、千佳子が屋敷を出てからは課題の提出もさぼりがちだ。
そもそも、自分でやっていないので身についていないのだからどうしようもない。
やる気も無いので、そろそろ適当なメイドに刺繍などの作品はやらせようと考えている。
「お前は、第三皇女殿下の前で天宮家の若奥様に暴言を吐いたと帝から苦言が寄越されている!本当なのか?」
そんな父の言葉に、今日の姉とのやり取りが思い出されて一気に不機嫌になる。
「だって、その若奥様ってお姉様だったのよ。家では何の役にも立たずに、表にも出なかったくせに女学館で会ったら天宮メノウだって!そんなわけないわよね!? あの天宮家に役立たずのお姉様が嫁ぐなんて!行方不明だって言ってたのに!だから、なんで穀潰しの役立たずがいるのよ!って言ってやったわ」
そんな桜子の言葉に泰治は一気に顔を青ざめさせた。
そしてすっきりと言い終わった桜子を泰治は初めて叩くことになる。
パーン、乾いた音がサロンに響き、桜子は頬を押さえて自分の身に起きたことが理解できず泰治を見上げて固まっている。
「馬鹿者が!天宮家は筆頭公爵家であり、皇族に次ぐ地位と言われているが、実質は帝より上!この国の創成期よりある神の家系の一族だ!そこに嫁にもらわれたならば、メノウは契約の神の花嫁。白鷗家の約束の巫女姫だったんだ。本来大事に扱わねばならなかった希代の巫女姫だ。白鷗家も一ノ宮家も終わりだ」
言うだけ言うと泰治はがっくりと座り込んで頭を抱えてしまう。
「なんでよ!? お姉様は色も顔もこの国に居ない珍しい色でだから、お父様は自分の子じゃないって!そう言っていたじゃない!!」
それに泰治は自身の思い込みが間違いだったことも白鷗家に聞いて知ったところだった。
「契約の神の花嫁の証が、銀髪に紫の瞳の娘なのだそうだ。大切なことだから直系以外には隠していたと、白鷗の今の当主が教えてくれた。女学館に白鷗家の令嬢が居るだろう?令嬢がメノウを見て間違いなく契約の巫女姫だったと報告したと聞いた。巫女姫は本来神に嫁ぐまで大切にすることで家に繁栄をもたらす存在なのだと。逆に大切にしなければ嫁いだ後は斜陽を辿る。そんな存在なのだと白鷗の当主は言った。白鷗も守れなかった咎で既に斜陽だ」
そんな父の言葉に桜子は改めて、自身の放った一言はとどめと言える出来事だったのだとようやく理解した。
口は禍の元、後悔先に立たずの言葉は桜子のためにあったかもしれない。
時すでに遅しと言わざるおえないが。
それでも、桜子は認めたくなかった。
「神様の花嫁?だからってお姉様が役に立っていなかったのは間違いないじゃない」
まだ治らない娘に泰治は、呆れを向けて言い放った。
「お前は女学館は退学だ。急ぎ嫁ぎ先を探す」
そんな父に、なんでよ!と叫ぶも既に部屋を出た父からの返事は無かったのだった。
「メノウ様、お疲れさまでした」
多くを言わなくとも、彼女たちが眷属から私の状況を理解していたことを悟る。
「ありがとう。松、栄。少し疲れたわ。でも、同じクラスのご令嬢は良い人ばかりなの。白鷗家の令嬢もいい子だったわ。だから学校生活自体は義妹と関わらなければ問題ないわ」
私の言葉に栄と松は頷いて答えてくれる。
「すでに佐彦様に猿田彦様の連名で一ノ宮と皇帝には連絡しています。皇帝から一ノ宮家への苦言も入るので、明日には状況は改善されると思います」
きっとそうなるだろうとは思っていた。
天宮家は皇族よりも力があるとも言える。
そして、佐彦様も、お父様もお母様もみんな優しく私を可愛がり慈しんでくれている。
実の母以来に感じる愛情は、かけがえなくそして私を満たしていく。
天宮家に嫁いで、旦那様である佐彦様に出会い、お母様とお父様に出会い生きることに楽しみを見つけることが出来た。
聴感覚に目覚めてからは生き物たちの話を聞く楽しみも出来た。
一ノ宮の離れしかなかった私には、世界が広がっていく感覚に楽しさと知ることの喜びを感じている。
本で読んでもわからなかったことを実感できる、体験できる。
それはとてもありがたいことであることを知っている。
学べることの素晴らしさを身をもって実感しているのは女学館では私くらいかもしれない。
文字の読み書き、四則計算、その後の学びはすべて千佳子の持ち帰る教科書のみ。
それでもそこから学ぶために、しっかり読み込んで覚えた。
教えてくれる人は千佳子だけだったし、教科書しかなかったから。
天宮の大屋敷にはたくさんの書物があり好きに読んでいいと言われている。
本にたくさん触れられることもありがたい。
本は知識の塊なのだから。
「義妹も、自分の環境が恵まれていることを知れば変わったかもしれないけれど。当たり前だと思っているから気づかないでしょうね。
当たり前ではないことは義母が知っていたはずだけれど。教えたりはしなかったのでしょうね」
私の呟きに、桜の木が反応する。
『義母にとっては結婚後の侯爵夫人の肩書がすべてだったのよ。身につけているのは下位貴族の知識とマナーで当然夫人は陰で侯爵夫人として足りないとささやかれていることを本人だけが知らないけれど』
桜もしっかり情報を仕入れている。なるほどね、そんな環境であれば家柄に見合うマナーと知識を義妹が持っていないことも理解できる。
家庭教師を勉強が嫌いすぎて追い出していたものね。
義母からの教えでは侯爵令嬢として足りないはずだ。
男爵令嬢から教わっているのだもの、階級に見合ったマナーが身につけられていないのだ。
『男爵令嬢の受けた教育をそのまま受ければ男爵令嬢にはなれるかもしれないけれど、侯爵令嬢には足りないでしょうね。それでも非難を正面から受けないのは侯爵家だからというだけ。陰で言われるのは仕方ないほどのマナーと教養と言えるでしょう。いっそ妾のまま侯爵家に入らなければ問題なかったがねぇ』というのは藤の木だ。
長く生きているだけに、藤の木も容赦がない。
「身分には相応のマナーと教養が必要なのよと母は言っていたわ。そして、幼少期からそれを始めないと苦労するからと私には三つから教え始めていたわね」
私の言葉には桜の木が同意する。
『そうね、和代はメノウに三つ子の魂百までの言葉に従って三つから必要なマナーを教え始めていたわ。メノウも素直だったから和代が亡くなるまでに最低限のマナーも知識も付けていた。その後も学ぶことを諦めずに続けた。だからきちんと身分相応の知識とマナーが身についている。機会があっても身につかなかったあの子とメノウは違うからね。あなたはきちんとできる子よ』
桜の木に諭しつつも褒められた、褒めてくれる人もすでに私にはいなくなって久しいから嬉しいと感じる。
「ありがとう、桜のお姉さん、藤のお祖母ちゃん」
この庭で覚醒してからずっと頼りになる桜と藤の木は、いつも味方になってくれて、そして様々なことも教えてくれる。
姉で、祖母で、先生みたいな存在でもある。
この邸においてなくてはならない存在であり、私が邸に馴染むのに一番頼りになる存在でもある。
『いいのよ。私たちは大切な花嫁であるメノウの味方だから』
さて、その頃の一ノ宮家では……。
「桜子、桜子は居るか!?」
そんな父親である泰治の声に、桜子は返事を返す。
「お父様、わたしならここにおります」
桜子はサロンでお茶とお菓子をつまんでいた。
学校から帰ったらルーティーンでまずはお茶とお菓子をつまみ、その後課題はいつも千佳子に投げていたが、千佳子が屋敷を出てからは課題の提出もさぼりがちだ。
そもそも、自分でやっていないので身についていないのだからどうしようもない。
やる気も無いので、そろそろ適当なメイドに刺繍などの作品はやらせようと考えている。
「お前は、第三皇女殿下の前で天宮家の若奥様に暴言を吐いたと帝から苦言が寄越されている!本当なのか?」
そんな父の言葉に、今日の姉とのやり取りが思い出されて一気に不機嫌になる。
「だって、その若奥様ってお姉様だったのよ。家では何の役にも立たずに、表にも出なかったくせに女学館で会ったら天宮メノウだって!そんなわけないわよね!? あの天宮家に役立たずのお姉様が嫁ぐなんて!行方不明だって言ってたのに!だから、なんで穀潰しの役立たずがいるのよ!って言ってやったわ」
そんな桜子の言葉に泰治は一気に顔を青ざめさせた。
そしてすっきりと言い終わった桜子を泰治は初めて叩くことになる。
パーン、乾いた音がサロンに響き、桜子は頬を押さえて自分の身に起きたことが理解できず泰治を見上げて固まっている。
「馬鹿者が!天宮家は筆頭公爵家であり、皇族に次ぐ地位と言われているが、実質は帝より上!この国の創成期よりある神の家系の一族だ!そこに嫁にもらわれたならば、メノウは契約の神の花嫁。白鷗家の約束の巫女姫だったんだ。本来大事に扱わねばならなかった希代の巫女姫だ。白鷗家も一ノ宮家も終わりだ」
言うだけ言うと泰治はがっくりと座り込んで頭を抱えてしまう。
「なんでよ!? お姉様は色も顔もこの国に居ない珍しい色でだから、お父様は自分の子じゃないって!そう言っていたじゃない!!」
それに泰治は自身の思い込みが間違いだったことも白鷗家に聞いて知ったところだった。
「契約の神の花嫁の証が、銀髪に紫の瞳の娘なのだそうだ。大切なことだから直系以外には隠していたと、白鷗の今の当主が教えてくれた。女学館に白鷗家の令嬢が居るだろう?令嬢がメノウを見て間違いなく契約の巫女姫だったと報告したと聞いた。巫女姫は本来神に嫁ぐまで大切にすることで家に繁栄をもたらす存在なのだと。逆に大切にしなければ嫁いだ後は斜陽を辿る。そんな存在なのだと白鷗の当主は言った。白鷗も守れなかった咎で既に斜陽だ」
そんな父の言葉に桜子は改めて、自身の放った一言はとどめと言える出来事だったのだとようやく理解した。
口は禍の元、後悔先に立たずの言葉は桜子のためにあったかもしれない。
時すでに遅しと言わざるおえないが。
それでも、桜子は認めたくなかった。
「神様の花嫁?だからってお姉様が役に立っていなかったのは間違いないじゃない」
まだ治らない娘に泰治は、呆れを向けて言い放った。
「お前は女学館は退学だ。急ぎ嫁ぎ先を探す」
そんな父に、なんでよ!と叫ぶも既に部屋を出た父からの返事は無かったのだった。



