天狗の神様の契約花嫁

 天宮の大屋敷に関しては生活拠点は幽世のお屋敷で、現世に用がある場合は現世のお屋敷に移り、そちらから現世へと出かけていくのが決まりだという。
 なので女学校の必要物品や、夜会への参加もこちらからになるので表向きの入用なものはみな現世の大屋敷に置かれる。
 現世の大屋敷に長いこと留まると神の身に現世の穢れが溜まるので良くないとのことで、基本は幽世のお屋敷で過ごす。
 私も神人となり神に近しい存在になっているので穢れに触れると溜まるので気を付けるように言われた。
 だから女学校に通うのも半年しか許されないのだとも。
 それは現世と幽世と神と人との違いなのだから仕方ないのだろう。
「佐彦様、私はこの十二年お屋敷から会出ることも佳也子や千佳子や使用人、義母と義妹以外に会うことが出来ませんでした。お母様のお墓参りにすら行かせてもらえませんでした。墓地は人目があるからと、この髪と目を人目にさらせないからというそんな理由で」
 私の言葉に佐彦様はすこし痛ましい顔を見せるが、それに私は微笑んで言う。
「お父様との血の繋がりを感じさせないこの容姿を表に出したくなかった、それは巫女姫の存在を悟らせたくなかったお母様の意志とも重なり都合は良かったのです。でも、それでも私は学びたかったし、友達だってほしかった。外に出て見たかった。それが半年学校に通えるのです。十分です」
 私の言葉に偽りがないことを悟ると、佐彦様は私の髪を梳きつつ吐息をつきながら言った。
「一年と言ってやることが出来ず済まない。それでも、メノウが喜んでくれて貴重な友も見つけることが出来たらと身勝手にも準備だけ進めた。これだけ喜んでくれれば準備した甲斐もある。メノウは心の望むままに学校生活を楽しむといい」
「はい。ありがとうございます、佐彦様」
 誕生日からちょうど七日目の今日、私は千佳子と初めて女学校に通うことになった。
 制服にそでを通し、髪の毛はハーフアップにして佐彦様の瞳の緑の絹のリボンで結ぶ。
「運転手の柳と申します。栄の夫で鈴の父です。メノウお嬢様、よろしくお願いいたします」
 柳は栄と同じく糸目の微笑みを浮かべた男性で、鈴にもよく似ていた。
 さすがは親子というところか。
「柳、これからよろしくお願いします」
 そう言って車に乗り込むと、柳は私と千佳子を乗せて女学校へと向かう。
 町並みは日本らしい家が続いたところから街の中央に移動するほど西洋建築や高い建物が出てくる。
 路面電車にバスまで走る道は広く、人も増えていく。
 着物の人もいるが、ワンピースや西洋のスーツの紳士も多数いる。
「街にはこんなに人が居て、こんなにも活気があったのね。あの邸に居たままでは知らずにいたのね。私、佐彦様の花嫁になれて本当に良かった」
 車から見る街並みは、箱庭のような邸の中に居ては知ることのできなかったことばかり。
 あの邸では、本当にただ生きるだけでしかなった、それを外に出たことで実感する。
 諦めていたわけではない、学ぶことも知ることも。
 それでも私にはどちらも制限が課されていたのは否めない。
 新聞すら、たまにこっそりと佳也子が持ち込んでくれたもので世間のことを知る。
 それには時差すらあったのだから、世間から置いていかれたことは否めない。
 学びも、学校に通えないので小学生の課題も千佳子の教科書から学び補完するしかなかった。
 文字も計算も、地理も歴史も理科もみんな教科書を読み込んで理解した。
 英語も、頑張って単語から覚えて英文法も読めるようになった。
 そんな私を、千佳子はすごいというけれどとにかく読み込んで勉強するしかなかったのだからそれで理解できなければ身につかないのだ。
 身につけるために必死だったとしか言えないのだ。
 教えてくれる人は学校で話を聞いてきた千佳子しかいないのだから。
 しかし、そんな千佳子いわく教科書を読んだだけで理解して問題を解き英語を読み書きできるだけですごいのだと言う。
「メノウ様が学校で皆さんに驚かれるのが私は今から楽しみです。次の定期テストは確実にメノウ様が学年トップですよ」
 などと言うのでギョッとする。私は学校に通い始めるばかりなのだ。
 テストも受けたことが無いのに、いきなり学年トップは難しいだろう。
 ずっと学んできたようなご令嬢たちばかりなのだから。 
 それを千佳子に言うと、首を横に振って言った。
「ご令嬢たちは蝶よ花よと育てられて、勉学には重きを置かれておりません。なのでお勉強は苦手でお裁縫や調理も出来ないそんな人々の集まりです。詩を諳んじたり、楽器を奏でたりは出来ますけれどね。それだって、メノウ様の琴の演奏を聞けば負けを認めますよ」
 なんていうのを柳が聞きつけて、お願いをされた。
「うちの子たちにぜひメノウ様の琴の演奏を聞かせてください、今五つ子が居るのですが、寝つきが悪くて。子守歌代わりに一つお願いします」
 なんていうので、それならば今夜琴を久しぶりに弾いてみようということになった。
 そんな話をしているうちに、小高い丘の上に立つ女学校の前に辿り着いたのだった。
 車を降りて、柳がまた就業のころに迎えに上がりますと言って去っていくのを見送り千佳子と共にまずは職員室を目指す。
「天宮メノウ様、ようこそ清泉女学館へ。三年一組担任の笹柳と申します。よろしくお願いしますね」
 さすがは天下の天宮家、氏だけで先生方がかしこまるのも良く分かる。
「短い期間ですが、学校生活を送れることを嬉しく思います。よろしくお願いします」
 担任とも挨拶を交わし、私は千佳子と同じクラスの三年一組へと案内されることとなった。