……わたしの名前を、覚えてくれていた。
「市野千雪さん、です」
「せ、正解です……海原昴君」
隣にいる三藤月子先輩の視線が……ちょっと怖くて。
わたしは恐る恐る、答えてみる。
落ち着いたアンティークゴールドの振袖が、白い肌にとてもよく似合っている。
整えられた髪型も、ちょこんとのせた花飾りもすべて含めて。
先輩は明らかにかわいい、いやむしろ美しい。
ただ……。
「それで、こんなところまで『ジャージ』でなにしにきたのかしら?」
キターっ!
いろんな人たちから、噂には聞いていたけれど。
まったく容赦ない上に、超絶無愛想なそのいいかた。
その一撃だけでわたしはもう、三藤月子先輩の凄さにある意味。
……感動した。
「え? 必勝祈願を兼ねた初詣」
「目的は興味ないわ。『ジャージ』の理由はどうしてなの?」
「だって、うちらの『正装』じゃん」
「……寒くないの?」
「中に着込んでるから、平気!」
うちの部長も、負けていない。
三藤月子先輩は会話が苦手。
いや、そもそも放送部員以外とは話すことさえしないはずなのに……。
部長は、ちゃんと認識されている。
コミュニケーションが、取れている。
きちんと『通信』できるなんて……なんだかすごい。
赤根玲香先輩に波野姫妃先輩に高嶺由衣さん。
それに藤峰佳織先生に高尾響子先生まで……。
どうしよう、着物でメチャクチャかわいい人たちがゾロゾロとやってくる。
ただ、やっぱりそこは放送部。
理由はわからないけれど……みんなクロワッサンを手に持っている!
「市野千雪ちゃん、いつもフルネームで呼ぶの好きだよね」
た、高嶺由衣さん……。
そ、そんなことまで覚えてくれているの?
実はわたしね、誰も覚えていないかもしれないけれど。
ちゃんと一作目から、モブキャラしてたよ。
二作目の『告白したって、終われない』とか。
第一章第一話でいきなり一緒に、『共演』させてもらえてたもんね!
「……ねぇ、あなたの後輩。相当ややこしくない?」
「月子ほどじゃ……ないよね、千雪?」
「は、ハイっ!」
「……なんですって?」
「え、えっ……」
どうしよう、どうしよう……どうしよう?
わたしまた、三藤月子先輩に。
すっごくにらまれている気がする……。
「……で、千雪ちゃんはなにしにき・た・の?」
「えっ?」
今度は、波野姫妃先輩!
噂どおりだ……『作り笑顔』がとってもかわいい。
「いま……なにかちょっと失礼なことい・っ・た?」
「い、いえ……」
「だ・よ・ねぇ〜」
……放送部の人たちって、やっぱり人の心を見抜くのが上手なんだ。
だったら、正直に話しておかないと。
「は、初詣と、必勝祈願です……」
「ウソっ!」
嘘じゃないし……それにさっき、うちの部長がいった気がするけれど?
「ウソっ! ウソっ!」
なぜか高尾響子先生が小躍りして喜んでいて。
「ほらね、海原君! ご利益とか由緒があるって、こういうことをいうんだよ!」
海原昴君に、『神社について』自慢している。
……わたし、誤解とかされるの……苦手なんだよな。
ちゃんと訂正しておかないとダメだ。
「あ、あの! 高尾響子先生違うんです!」
「えっ?」
「栗木若葉部長って、方向音痴なので駅前がいいなって思って」
「う、うん……」
「あと、わたしたち人混みも苦手なので……」
「それで、それで?」
どうしよう……なんだか、さっきから。
藤峰佳織先生の顔がどんどん近くなってきている。
でも、正直に生きていきたいわたしは。
「ネットで、『いつでもガラガラ』っていう口コミ見てきただけです!」
誤解のないように……はっきりとそう答えた。
……波野先輩が、僕の隣で必死になって笑いをこらえている。
「そ、そっかぁ……」
力なく返事した高尾先生を。
高嶺と玲香ちゃんがなんとかして、支えようとしている。
「えっ! えっ? ええええっ……」
市野さん、事実だからまったく悪くはないよ。
ただ、『この神社』はね……。
「ここ、響子先生のご実家よ」
やっぱり……三藤先輩は、容赦ない。
無言のまま空を眺めている市野さんを。
栗木部長が、楽しそうに見つめている。
「参拝記念に、一緒にきなよ!」
藤峰先生が、スイッチを切り替えると。
「お雑煮、たくさんあるからついてきて!」
親友の高尾先生を、引きずっていく。
「わたしたちも、食べにいこう!」
高嶺はきっと、先になくなると困ると思ったのだろう。
「せっかくだから、一緒にどう?」
玲香ちゃんが、バレー部のふたりを誘うと。
「月子は気にしなくていいから・ね・っ!」
波野先輩がなにかいっているけれど、まぁ……いまはそれでいいだろう。
「ご厚意に……甘えさせてもらいます」
栗木部長は、そう答えたものの。
「ただ……わたしはちょっと海原部長に相談があるから、先にいってもらえる?」
「えぇっ……」
市野さんが、死刑宣告されたような顔になっている。
「大丈夫だよ。月子以外はみんなやさしいから」
「そうそう、いいから、いこう!」
「おいでお・い・で!」
玲香ちゃんと高嶺と波野先輩が、両腕を引っ張って市野さんを連れていく。
「わたしは、残りますけれど」
「ねぇ月子、わたしは海原部長と相談したいんだけど?」
「わたし、副部長よ?」
「……まぁ、事実だよね」
栗木部長は、それには納得したようで。
お雑煮へと進軍するみんなに手を振ると。
「実は、千雪のことなんだけど……」
……そういって、ゆっくりと僕たちに語りはじめた。
……お雑煮の残りが、最後の一周となった頃。昴君たちが戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「玲香ちゃん、ありがとう」
昴君がきちんと両手でお椀を受け取ってくれるのは、昔からずっと変わらない。
小さい頃に一緒に遊んだおままごとを、ふと思い出して。
「あ、ごめんね。ちょっと待って」
わたしは急いで、お雑煮から金時にんじんを『少し』減らしてあげる。
「昔から、得意じゃないもんね」
「覚えてくれていたんだ、ありがとう」
西洋にんじんは嫌いで、金時にんじんは得意じゃないと。
まとめてにんじんは食べたくないとまでは、いわないんだよね。
……昴君は昔から、ちょっとしたときに妙に細かい。
わたしたちのやり取りに気づいた何人かが。
たぶん今頃昴君の『好み』について、データーを更新したみたい。
別に、出し惜しみはしていない。
ただ小さなときに過ごした時間は、『ふたりだけのもの』だから。
聞かれない限りは、教えてあげないからね。
わたしを見つめていた視線の中に、慣れない雰囲気のものが含まれている。
このときのわたしは、気のせいなのかと思っていたけれど。
……女の直感を信じておけばよかったと、あとで思った。
ただそんなことを知るのは、まだまだ先で。
この日はみんなであたたかいお雑煮を。
お腹いっぱい、いただけたのが。
……わたしの中の、『お正月の思い出』だ。

