恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない


 ……総決起集会が、後半に差しかかった頃。

 インカムから少し真面目な声の波野(なみの)先輩がして。
海原(うなはら)君、悪いけどホールにきてもらえる?」
 なにやら僕を、呼んでいる。

「ちょっといってきますね」
 機器室のみんなにそう声をかけると、玲香(れいか)ちゃんが。
美也(みや)ちゃんも、『もし』気になればどうぞ」
 僕ではなく、都木(とき)先輩に返事をする。

「えっ……?」
「美也ちゃん。お好きに、どうぞ」
 三藤(みふじ)先輩が、インカム越しに続けて伝えると。
「ま、まぁ連絡係とかが……いるかもしれないよね?」
 都木先輩が、僕に顔を向けてくる。


 階段を降りて、ホールに向かうと。
「……あれ? 美也ちゃん?」
 いや、こちらからしたら。
春香(はるか)先輩? それに鶴岡(つるおか)さんとか……女子バレー部のみなさん?」
 という、感じなんですけれど……。

「美也ちゃんいるけど、まぁいっかぁ〜」
 春香先輩は、そういうと。
「ねぇ海原君。あと集会、どのくらいで終わる?」
 微妙に意味不明な質問をしてくる。

「あれ? バレー部、あとで講堂使う予定ありました?」
「そんなわけないでしょ。で、あと何分?」
 少々強引になった先輩が、僕に早く答えろとせかしてくる。
 すると、僕よりも早く隣から。
「あと……九分三十五秒」
 都木先輩が、秒刻みで答えてくれた。


「えっ?」
 バレー部長が、驚いた顔をして。
「あ……ごめん、ついクセで。九分ちょっとだね」
 都木先輩が、わざわざいい直す。

 僕と同級生の、不思議ちゃん。
 鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)という子は、とっても素直なので。
「やっぱり、美也ちゃんってスゴイ!」
 驚いた顔でそういうと、今度は僕を見てからわざわざ。
「ウナ君……まだ頼りないね」
 放送部からバレー部に移籍後でも。
 変わらず遠慮なく心にグサリと、現実を突きつけてくる。

 同じく元放送部員の、春香先輩は。
 移籍して、遠慮のなさをパワーアップさせたらしい。
「そんなの、みんな知ってるから」
 だからどうしたという顔で、鶴岡さんの発言をサラリと流すと。
「で、相談があるの」
 一歩僕に近づいて、中身も聞かずにイエスと答えろと迫ってくる。

「い、一応……中身を聞いてもいいですか?」
「いったほうがいい?」
「まぁ……お願いします」
 春香先輩が、ややじれったそうに僕を見る。

「ほかのみんなとも相談したんだけどね、『運動部で』花道つくっていい?」
「はい?」
 するとバレー部長が参戦して。
「だから。先輩たちにこう、頑張れ〜って応援したいんだよね」
 説明を補足してくれる。

「いえ、まぁ意図はわかるんですけど」
 僕は答えながら、自分の頭の中で問いかける。
 先輩たちに、質問しても……いいはずなのだけれど、あの……。


 ……その相談相手が、どうして僕なんですか?


「校長とか、理事長? いや三年の学年主任とかじゃないんですか?」
「いや、それは……」
「まぁ、そうかもだけど……」

 いいよどむ先輩たちを前に。
 僕は話しをとりあえず、藤峰(ふじみね)先生か高尾(たかお)先生。
 要するに中で司会とはいえ、暇してそうな人につなごうと。
 少しズレたインカムを、右手で直そうとする。
 ただ、そのとき。

 ……都木先輩が、僕のブレザーの左袖を引っ張った。



「ねぇ? 聞かれたのは……海原君だよ?」
「えっ?」
 気がつくと、いつのまにか。
 野球部に柔道部、それに剣道部。
 あと遠くからも……練習を中断した『運動部員たち』がこちらに向かっている。


「海原くん……ひとついわせてもらえるかしら?」
「えっ?」
 今度は三藤先輩の声が、聞こえてくる。

海原(うなはら)(すばる)……」

 ……忘れもしない。一学期、夏休みを迎える前の声色だ。


 あのとき放送部の未来について、放送室で背中を押されたときのように。
「部長のあなたが、決めなさ〜い!」
 玲香ちゃんとふたりの声がそろって聞こえてくる。

「アンタ、早く決めなよ!」
 高嶺(たかね)、お前はどこで叫んでるんだ?
「えっと、顧問と副顧問は取り込み中で相談はできませんけど〜」
「ふ、藤峰先生?」
「指示だけなら、聞こえてるよ!」
 高尾先生まで……。

「集会終了まであと七分きるよ、海原君」
 都木先輩の目が、ワクワクしていますよね……。

「あの……十秒ください」
 果たしてこれは、自分の口から出た言葉なのか。
 カチ、カチ、カチ。
 実際は、その三カウントで結論は出た。


 ……いや、頭の中に色々なものが、あふれ出てきた。


 この学校で、もうすぐ卒業する三年生の先輩たちとは。
 僕が経験してきた出来事だけでも、数えきれない思い出がある。

 きっとここにいる、二年生。
 僕と同じ、一年生だって。
 先輩たちとたくさんの思い出が、あるはずだ。



 確か、女子バレー部の部長と。
 きょうも練習中の吹奏楽部の部長は、仲良しだ。
 ふとそれを思い出した僕は。 

 ……心の中の、『最後の引っかかり』が取れた気がした。


「あの、春香先輩。ひとつだけいいですか?」
「海原君?」
「できれば『運動部』のみなさんだけじゃなくて……」


 ……『在校生』の、花道にしたほうがいいんじゃないですか?



「なぁ! 楽器運んでいいか海原?」
 案の定、バレー部長が差し出したスマホから。
「十分くれたら、絶対まに合わせる!」
 吹奏楽部長の弾んだ声が、聞こえてくる。

 なんだか、よくわからないけれど。
 僕がイエスと返事をすればきっと。
 あとはみんなが、協力してくれるのだろう。

「わかりました、やりましょう」
 僕はそう答えてから、時計を確認すると。
「準備は残り……『九分五十二秒』でお願いします!」
 やや力をこめて伝えたのだけれど。


 ……なぜかみんなの目が、点になった。



「えっ……まさか。やっぱりやめたんですか……?」
 あるいはまたなにか余分なことでも口にしたかと。
 恐る恐る、あたりを見回すと。

「そ、そうじゃなくてね……」
 都木先輩が、少し空を見上げるような感じになっていて。
「こ、細かスギだよ……ウナ君……」
 鶴岡さんが、また僕をグサリと刺してきた。





 ……みんなの爆笑する声が、インカム越しに聞こえてくる。

「玲香、応援にいって」
「了解、こっちはよろしく」
 機器室は月子にまかせて、わたしは昴くんのもとへと走り出す。

「司会の先生がた、退場開始まで追加で五分稼いでください」
「了解。本当に五分でいいの?」
「受験生を拘束するわけですし……ホールを出るまでに準備は完了させます」
「やるねぇ〜海原君。こういうとき『だけ』は」
「いいから佳織(かおり)、マイク持って」
「はいはい、響子(きょうこ)。よしっ! そこの受験生諸君っ!」
 インカム越しに、そんなやり取りが流れてきて。
 先生たちの絶対に楽しんでいる顔が、目に浮かぶ。


「三藤先輩、校内の在校生に呼びかけたいんで僕の声をスピーカーに……」
 昴君がいい終える前に、待ち構えていた月子が。
 その音声を、校内放送に切り替える。

 続けて月子は、昴君のインカムをオフにすると。
由衣(ゆい)、拡声器は部室のキャビネの右下にあるわ」
「はい……走ってます!」
姫妃(きき)、吹奏楽部は長めに並ばせて」
「オッケー。部長がきたから伝え・る・ね!」
「それから、あなたの拡声器は陽子に渡して。あの子に運動部を仕切らせて」
「だって、陽子。じゃぁこれ、お願いするね、それからえ・っ・と」
「……姫妃、返事は回線が詰まるから短くしなさい」

 機器室にいて、外のようすなどなにも見えないはずなのに。
 それでも……月子の仕切りは、完璧だ。

「玲香はいったん、美也ちゃんを手伝って」
「え? 校舎側じゃないの?」
「拡声器が足らないでしょ……」

 いや、少し訂正しよう。
 もう……月子ったら。せっかくほめてあげたのに。


「それに……『海原くんなら』そうするわ」
 

 ……最後のひとことだけは、余分だと。わたしはつい、思ってしまった。