恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない


 今年の卒業式は『送る会』も、あるらしい。

 卒業生たちはみんな、そこまでは聞いていた。
 だけど、まさか……。

 体育館の入り口では。
 大勢の在校生たちが、『花道』をつくって拍手で迎えてくれて。


「ほら卒業生! どんどん前にきなっ!」
「ねぇ、美也(みや)……」
「あれって……藤峰(ふじみね)先生だよね?」
「うん、でも……わたしの知らない佳織(かおり)先生」

 ロングドレスの式典モードから。
 髪型どころか、衣装まで『女子高生』に変身した先生と。

「卒業せ〜い! お・め・で・と・〜!」
 真逆に大人のドレスで着飾った姫妃(きき)のふたりが。
 ステージの上で、輝いている。


「なんとわたしの、現役時代の制服だよっ!」
「ウォーッ!」
「キャーッ!」
 佳織先生のアピールに。
 男子も女子も、大盛り上がりで。

「ウソです! おなかだけ直しま・し・た!」
 姫妃がそういって笑いを取ると。
「姫妃ちゃーん!」
「キッキィっ!」
 こちらも負けじと、女子と。
 男子の特定の部員たちが、奇妙な呼びかけで応えている。


「……剣道部だったっけ、波野(なみの)さん推し?」
「柔道部じゃなかった?」
「いいんじゃない、いまはどっちも血眼(ちまなこ)だから」

 とにかく、ステージがいきなり最高潮。
 そう思った、そのとき。

「最初に、卒業生たちに『重要なお知らせ』があります」

 ……いきなり佳織先生が、真顔になった。


 先ほどとの声の落差に、一気に会場が静まりかえる。
 ただ先生、よく見たら。
 時代の違いなのか、おなかのせいか。
 ちょっとスカート短すぎません?

 ……しまった。海原(うなはら)君じゃないのに、余分なことを考えた。


 おまけに、佳織先生が。
 群衆の中からきっちりわたしを発見して。
 気づかれたと思ったときには、遅かった。

「どう美也……知りたい?」
 うわっ……。
 なんでいきなり、ここでわたしなの?

「ほら美也、返事しないとっ」
 悪友が、わたしの背中をドンと押したから。
 なんだかほとんど……最前列まできたのだけれど……?

「……はい」
 別に放送部だからって、仕込みじゃないよ。
 ただ、指名されたから答えただけ。
 そう、それだけのはずなのに。



「……好きな人の名前叫んだら、教えてあげる」



 ……悪魔だ、この先生。




 体育館の中が……さらに静まり返る。

「どうする、美也?」
「美也、卒業記念にどう?」
 悪友たちのヒソヒソ声が、聞こえてくる。

「演出?」
「本気のやつか、これ?」
「なら叫ぶしか……ないよね」
 それだけじゃなくて、とんでもなく恐ろしいささやき声までするけれど。

 ……ちょっと、なんなの? この地獄みたいな空間は?


 でも、『救世主』というか。
 もうひとりの司会が、耐えきれずに。

「突然ですが、発表します! なんと『生徒会の発足』が決まりま・し・たっ!」
 隣で、あからさまに悔しがる佳織先生を無視して。
 勝手に、発表してくれたけれど。

「設立準備委員会会長『海原(うなはら)(すばる)君』! あと副会長。出てき・て・っ!」

 ま、まさか姫妃……。


 ……『わたしのかわり』に『その名前』を。

 ……叫んだわけじゃ、ないんだよね?



 と、とにかく。
 見事に誰も、三年生が知らされていなくて。

「う、嘘だろ……海原〜っ!」
「最後に、なんてことをしてくれた〜っ!」
 長岡(ながおか)(じん)君と田京(たきょう)(はじめ)君が。
 前回の失敗の呪縛から、ようやく逃れられた涙の咆哮をあげると。

 再度の、沈黙のあと。
「ええっ……三藤(みふじ)先輩、聞いてました?」
「そんなの、知らないわよ……」
 進行を見守っていただけのようすの。
 インカムをつけたふたりの内緒話しが、スピーカーから流れてきて。

 一拍遅れて大爆笑の中……ふたりが現れた。


 なるほど。
 手伝うふりして……陽子(ようこ)のしわざか。
 ステージ脇で、隣の夏緑(なつみ)とハイタッチしているあのふたりが。
 たぶん海原君と月子(つきこ)にだけは、伝えていなかったのだろう。

 海原君たちを呼ぶコールの中で。
 彼と、そのはるかうしろのほうの月子が。
 観念したように、じわりじわりとステージの中央へ移動する。


「じ、時間が押すので……このたびは、ありがとうございましたっ」
「……」
「では失礼します。ご卒業おめでとうございます!」
「……」
 海原君たちは、それだけあいさつをすると。

「はい、ふたりは講堂に戻る時間よ!」
 佳織先生がそういってから。
「ただしそのまま、『卒業生の中』を進んで帰りなさい!」
 またまた……無茶振りしちゃうんだ……。



「ちょっとくらい、最後に笑って!」
「お願い! 卒業記念だよ! あと少しだけ目線ちょうだい!」
 月子は早速。
 ここぞとばかりに集まった。
 三年女子に囲まれながらの、ミニ撮影会の主役になっていて。

 一方、海原君の場合は……。
「いいかっ! 俺の! 俺たちの後輩だぞっ!」
 泣き笑いの長岡君と田京君が。
 彼の頭というか首をガッチリとつかんで。
 あちこち引きずり回して、楽しんでいる。


 そんな中、ステージでは。
 早速女子バレー部員たちが、ダンスを踊りはじめて。
 そちらも一気に、盛り上がる。

「美也っ!」
「えっ?」
 すると佳織先生が、いつのまにかステージから降りていて。
 みんなにバシャバシャ写真と撮られている中で。

「美也っ!」
 リクエストに応じたポーズをとりながら。
 必死にわたしに、なにかを伝えようとしているけれど。

 ……なんですか、そのハンドサイン?


「美也っ! いけっ!」
 あ、ああっ……。
 わかってしまった、思い出してしまった。


 ……あれは……『卒業式の第二ボタン』だ。


「これぞ、青春だぁ!」
 もみくちゃにされている佳織先生の、断末魔の叫びみたいなものを背に。
 わたしは海原君の姿を必死に探す。

 いまなら、会場内はぐちゃぐちゃだし。
 おまけに放送部員には見つからずに。
 大混乱の中で、海原君からボタンを奪えるはず。

 こんなもらいかたで、いいのかなんて。
 いまは気にしていてもしかたがない。
 卒業式、じゃなくて『送る会』なのだから。
 お祭りだと思えば、許されるよね?


「長岡先輩っ! 保護者会まで……もう時間ないんですっ!」
「俺の親だっ、知るかっ!」
「ちょっと海原君、動かないで!」
「田京君お願い、こっち向かせて!」

 なんだか意外と女子が近寄ってるのは……。
 嫌だけれど、いまだけは好都合。


「海原君! 覚悟っ!」
「えっ? と、都木(とき)先輩?」
 ステージ上で、軽音部が。
 絶叫しながらアップテンポな曲を、ガンガン歌いはじめたその中で。

 わたしは、一度きりのチャンスだからと。

「海原昴っ!」

 大好きな彼の名前を、叫んでから。



 ……ごめんね。すっごく欲張っちゃった!