……とんでもないものを、見てしまった。
「夏緑、どうかした?」
保健室に、バレー部用の湿布や包帯が届いたらしく。
一番その場所に馴染みのあるわたしが、取りにいったとき。
……ウナ君と美也ちゃんの姿を、窓から見てしまった。
「ここからの景色、夏緑は大好きだもんね〜」
わたしがすぐに、返事をしなかったので。
きっとまた鳥か雲でも眺めていると思ったのだろう。
馴染みの保健の先生が、わたしの隣に並んでしまって。
「……そっちかぁ〜」
そういって、苦笑いをする。
「美也ちゃんって、すっごい寒がりらしいのに……」
「マフラー貸したくなるくらい、『熱いん』だね」
先生はそういうと。
「ほんと、読めない争いだよねぇ〜」
楽しそうな声をあげて、わたしを見つめてくる。
「……陽子ちゃんとわたしは、『卒業』したんで」
「なにそれ。放送部のこと?」
先生は、相変わらず楽しそうだけれど。
「でもあの子だけは、『本当に卒業』しちゃうんだよねぇ〜」
美也ちゃんのことを、今度は少しだけ寂しそうな声で表現する。
「あの……先生、もしかして美也ちゃん推しですか?」
わたしが思わず、聞いてしまうと。
「違うよ、それは佳織『だけ』」
ま、まぁ。そんな気はしていたけれど。
サラッと、『ちょっとは秘密』にしておいてもよさそうなことを。
わたしに教えてくれる。
「実は響子とも、そこは意見が合わないんだよねぇ〜」
「ということは……先生、月子ちゃん推しでもないんですか?」
「やっぱ夏緑って、なかなか世の中見てるよねぇ〜」
……まさか、恋バナを先生としているなんて。
先生は一応、教師がひいきしちゃダメなんだよといいながら。
「どっちも王道だけど。わたしは、もっと『ドラマ』にして欲しいからね」
さすがに誰かとまではいわないけれど、
それはそれで、重要な情報を教えてくれた。
「しっかし海原君って。いいヤツだけど、バカだよね〜」
きっとウナ君に聞こえていたら、すっごく困った顔をするだろう。
「だって最低でもひとりとは、美人の彼女と付き合えたはずのにさ〜」
先生は、窓の外に顔を出すと。
「わざわざややこしくして、どうするよ!」
なんだか楽しそうに声にしてから。
「そう思わない? 夏緑?」
なぜかそう聞いてきたけれど。
……いったいわたしは、どう答えるべきだったのだろう?
「恋愛に、正解も後悔もないよ。夏緑」
先生は、パシッとわたしの背中を叩くと。
「ただ……大切にはして欲しいよね」
取りにきた箱を、渡してくれて。
「じゃ、バレー部で、夏緑は夏緑らしく走っといで」
そういってから、わたしに近づいて。
……少しだけ濡れかけていた目尻を、サッと脱脂綿で拭いてくれた。
……アイツの帰りが遅い上。千雪が印刷から、なかなか戻らない。
ようやく髪の毛から紅茶葉が取り払われたわたしは。
「追加の印刷もあるんで。ちょっと、見てきます」
放送室を出ると、廊下を気持ち早足で移動する。
「あれ、夏緑?」
「あ、由衣。遅れてるからごめんね!」
どの部活も、忙しいのだろう。
それにしても、いまの夏緑の声。
少し泣き声みたいな感じがしたけれど。
「……鼻風邪とかかな?」
千雪の確認に向かったのだからと。
そのまま印刷室に、急ぐことにする。
「千雪、どう?」
「あ……時間かかってごめんね。いま終わったところ」
それならよかったんだけど。
ひとりだと、まだ慣れないことってあるよね。
「次は、それ?」
「あ、いいよ。一回休憩してきたら? わたしやっとくよ」
わたしは千雪の返事を待たずに、印刷機に原稿をセットすると。
「えっと……サイズよし。枚数は……」
うれしくもないけれど、慣れてきた機械のボタンを押していく。
「ねぇ、由衣……」
早速動き出してくれた、機械の音が大きくて。
返事をするのが遅くなる。
「由衣……」
……なに、今度は千雪が涙声なの?
「鼻風邪、なの?」
遠慮してそう聞いたけれど、千雪は黙って首を横に振ると。
「わたし、ちっとも役に立ててないよね……」
……なんだ、そんなことか。
「そんなことじゃないよ、悩んでるから!」
「はいはい。放送部あるあるだね」
わたしは、答えると同時に。
一度千雪を、ぎゅっと抱きしめる。
わたしもとおった道だからさ……。
千雪に、そう語りかけると。意外そうな顔で見てくるけれど。
「事実だから!」
こんなこと、格好つけてもしかたないじゃんと。
自分のことを振り返りながら話してみる。
美也ちゃんは、人望熱くてかわいくて。手際もすっごくいい。
無愛想な月子ちゃんは、事務処理能力が無駄に高くて。本当は頼りにもなる。
最近クール系の玲香ちゃんだけど、本当は愛想はいいし頭もいい。
その点? 姫妃ちゃんは明るくて……ま、書類系は頼まないほうがいいかもね。
わたしはさぁ、活動量で勝負だよね。
だって誰と比べたって……勝てないもん。
「だから落ち込んだこと、いっぱいあるよ」
「そうなの?」
「当たり前だよ。おまけに『アイツ』って、そういうフォローとか絶望的だし」
まぁでも……少しは。勇気づけてくれたりしてくれてるけど。
ただいまは、ほめてもしかたないよね。
「そうかな? 海原君。意外と由衣のこと見てくれていない?」
「ちょっと千雪。まさかアイツの味方なわけ?」
わたしはこのとき。
……千雪は、フラットにみんなを見ているのだとばかり考えていた。
「……味方もなにも、最初から敵じゃない」
「そう? わたしは敵みたいに思うときもあるけど?」
言葉って、難しい。
千雪のいう『役に立てていない』が。
誰に対してのことかなんて。
……わたしは深くは、考えていなかった。
「それでもあのバカ、部長だから支えてあげないとね!」
まだなにかいいたそうだった、千雪の話しを聞かないまま。
わたしは彼女に。
「だから気にしないで! 一緒に頑張ろ!」
そういって、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
……千雪は、先輩たちみたいに動けない自分に落ち込んでいる。
わたしは、きっとわたしたちふたりが。
似たような経験をしているだけだと、勝手に決めつけていて。
だから、わたしは。
「『そのとき』は……応援、してくれる?」
「もちろんだよ、千雪!」
……『また』、間違えた。
この先も含めた、高校生活の中で。
もし印刷室の中で『泣いた数』を競うことがあれば。
きっとわたしが、トップであり続けるだろう。
ただ、そんなことなんて。
この頃のわたしには、ちっともわからなかったし。
もちろん、そんな記録を重ねていくことだって。
なにひとつ……想像さえしていなかった。

