……始業式が、無事に終了すると。
わたしが少しだけ、海原くんがホッとする時間を待っているあいだに。
「終わったね……お疲れさま」
美也ちゃんが先に、声をかけてしまった。
「い、いえ。都木先輩こそ、ありがとうございました」
「そう? 特にわたしの出番なかったけれど?」
「二回ほど……調整してくれましたよね?」
「そ、そうだっけ?」
海原くんの、ミスとまでいえない微妙なところを。
美也ちゃんは……さりげなく直していた。
「ね、ねぇ月子?」
「さぁ、どうでしょう?」
わたしに聞かれても、どう答えるのが最適なのかは微妙なところだ。
美也ちゃんが、海原くんを気づかったのは明らかで。
海原くんはそれに気づいて、感謝している。
……ふたりが理解し合えていることを、わたしに確認してどうするの?
「ちょっと千雪を、見てくるね」
機器室にいたはずの玲香は、始業式の途中でそういって。
この場をわたしにまかせて部屋を出た。
そのタイミングが。
美也ちゃんの二度目の微調整直後だったのは。
きっと単なる偶然ではないのだろう。
結果たまたま、ではあるけれど。
そのあとの、海原くんと美也ちゃん。
そしてわたしの『三人だけ』で過ごす機器室は。
……なぜだか少しだけ、居心地が悪かった。
「ねぇ月子、どうかした?」
「いえ、掃除に集中しようとしていただけです」
「そうなの?」
「はい」
そう……『集中』しようとしているのは事実だ。
「海原君。なんだかきょうって、電池の減りが早くない?」
「たぶん……藤峰先生がワゴンセールで毎回買ってくるからかと……」
「そうしたら、古いの混じってそうだよねぇ」
「何度も訴えたんですけど、最近電気屋さんが好きみたいで」
「……なにそれ?」
「買い物したらパンの割引券が出るからって。策略に乗せられてますよね……」
すぐ目の前で、美也ちゃんが、輝いていて。
海原くんも、楽しそうにしている。
わたしは、この時間を邪魔したくないと思うと同時に。
……わたしだけを、見て欲しいのに。
なぜかそんなことを感じてしまって。
胸が少し、チクリとする。
美也ちゃんは意地悪をしているわけではないし。
海原くんは……きちんと対応しようとしているだけだ。
そんなことはわかっていても、心のどこかにある独占欲が。
少しずつ強まっていくわたしは。
……わがまま、なのだろう。
「ねぇ……月子?」
「あの、三藤先輩?」
「わたしも手伝うよ」
「僕がやりますので、おふたりでのんびりしていてください」
このふたりは、わたしにやさしすぎて。
同時に、わたしを少し……傷つける。
やはりこれは、わたしのわがままだ。
始業式の日に似つかわしくないこの気持ちを。
果たしてわたしは、上手に隠せているのだろうか?
いや、美也ちゃんには無理かもしれない。
でもせめて海原くんだけには。
……『鈍いまま』でいて欲しいと思った。
「こっちは、オッケー!」
突然、ステージから大きな声が響いてくる。
「まったく……」
海原くんが、返答がてら。
ステージのスポットライトを一気にオフにすると。
「ち・ょ・っ・と!」
「消すなー!」
「つけようよー!」
「つけてぇ〜!」
向こうの四人が一斉に抗議する。
「無駄に発声練習とか、いらないですよねぇ……」
海原くんは、そうつぶやくと。
「ライト最大にしますよ。自分の目は自分で保護してください」
ひとこと『気づかい』をそえてから。
ステージに向けてすべての照明を照射する。
「まぶしぃ〜」
由衣たちはそういいながらも、千雪を中心に立たせると。
「ここに全部光を集めて〜」
また無邪気に、騒ぎ出す。
「遊びすぎ、ですかねぇ?」
四人を眺めながら海原くんが、美也ちゃんとわたしに聞くけれど。
楽しそうなその顔に……わたしたちは無言だった。
「ねぇ月子、少しふたりで話せない?」
美也ちゃんが突然そんなことをいいだすと。
「いいかな、海原君?」
「ええ、どうぞ」
海原くんが、即答する。
「では、お先に失礼します」
そういって、静かに扉を閉めて退出した海原くんが。
しばらくするとステージに着いて、みんなを連れて講堂を出る。
いつもなら、客席の電気を必ず消すはずなのに。
海原くんがそのままにしてくれたのは。
もしかしたら機器室の覗き窓の外が、真っ暗なのは苦手なのだと。
……ずっと以前に、わたしが口にしたからかもしれない。
「月子。きょうははしゃぎ過ぎていて、ごめんね」
「えっ?」
「月子の前で、軽率だった」
「そ、そんな……」
美也ちゃんのすごいところは、誰にでも『素直』なところだ。
わたしに対してはもちろんだけれど。
「年末年始ひとりきりだったからね……」
自分の気持ちに対しても、まっすぐで。
「うれしくて、つい調子に乗っちゃった」
海原くんへの気持ちを、隠さない。
「こちらこそ、そんなことをいわせてごめんなさい」
わたしは年末年始も、海原くんと過ごせていた。
美也ちゃんが寂しい思いをして、耐えていたときも一緒に過ごしていた。
それなのに、始業式ひとつで心が揺れてしまうなんて。
やっぱりわたしは……わがままだ。
……そのあと美也ちゃんとふたりきりで話した中身は、まだ話せない。
ただ美也ちゃんは、やはり先輩で。
わたしより……はるかにきちんと。
……『未来』を、見据えていた。

