……迎えた三学期の、始業式。
「……の、まさかの前日だよ!」
ま、まぁ。高嶺が叫びたくなるのも、無理はない。
ただ、もう十回以上は叫んだから。
いい加減、飽きたりしないのか……?
しかも、きょうは玲香ちゃんと波野先輩が珍しく不在の日だ。
なんでも日帰りの親族訪問予定と、お芝居の良席が取れているそうで。
それ自体は構わない……のだけれど。
だったら僕もなにか、予定を入れておくべきだった……。
前日の十九時頃、リビングで本を読んでいると。
「はい昴。藤峰先生から、急用ですって」
電話を受けた母親が、少し楽しそうにコードレス電話の受話器を持ってきた。
「海原君! サプラーイズ!」
「……失礼します」
「あら、もう終わり?」
「お母さん、迷惑電話だった」
そう答えると同時に、電話が再度鳴る。
「……なんですか?」
「いま、切ったよね!」
「いいえ」
「いや、切ったでしょ!」
ほら……明らかに迷惑電話じゃないか……。
「いい? 次切ったら、家に押しかけるから!」
これはブラフだ。
きっとブラフだと、思ったけれど。
「……えっ?」
「いま、わたし『神社』にいるから!」
確かに……うしろから高尾家の面々の声が聞こえた気がする。
「あ、あの。ご、ご用件は? い、いかがいたしましたでしょうか……」
とっさに、身の危険を感じたのだ。
高尾先生の実家の神社からなら、我が家なら車で五分とかからない。
もし本当に先生が押しかけてきたらそれで最後。
きっと僕の部屋は間違いなく荒らされるし。
浴びるようにビールを飲んで酔っ払ってから、リビングで泣かれたり。
真冬の真夜中に、コンビニまでアイスを買いにいかされるだろう。
それは悲劇だ、とてもじゃないが耐えられない。
「……そこを耐えてこそ、実行できたのよ」
「えっ、三藤先輩?」
「そのあと帰らせて、飲酒運転で『一発解雇』を狙うべきだったね」
なんとも恐ろしい計画だが、先輩のいうとおりだ。
僕は……もしかして。
千載一遇の機会を、逃してしまったのかもしれない。
「で、先輩の家はどんな感じでした?」
「新聞を取りにいったら……ポストに、手紙が入っていたわ」
「へ? じゃぁ気づいたのは今朝ですか?」
それでよくこの列車にまにあったと思って感心したら。
「あ。だからここ珍しくハネてるんですね!」
高嶺がすかさず、先輩のうしろ髪に手を触れる。
「ちょっと、由衣!」
「アンタも見てみなよ。ほら、この毛先だけさぁ〜」
み、見てみたいけれど。
間違いなく先輩の逆鱗に触れるだろう。
「い、いや……やめとく」
あとでそっと、うしろを歩いて確認しよう。
少し知恵の回った僕はそう考えたのだけれど。
「海原君、きょうは一日中ずっとわたしの前だけを歩いてもらえるかしら?」
ものの見事に、先輩に見抜かれていた……。
「まぁわたしは。スマホに連絡きたからさぁ〜」
アホの高嶺は、それが一番迷惑なハズなのに。
スマホを持たない先輩と僕より、優越感にひたろうと。
「昨日の夕方には知ってたからねぇ〜」
妙な自慢をして、ただその結果どうやら……機嫌を直したらしい。
学校の玄関ホールに着くと、両手にノコギリを持った藤峰先生がいて。
「こっちこっち!」
僕たちを発見すると、両腕をブンブン振り回している。
「死人が出るわね……」
「アンタ先にいきなよ」
「疲れるまで、待っておかないか?」
とはいえ、こちらから近寄っていってあげないと。
すぐにでもノコギリを飛ばしてきそうなその姿を見て。
僕たちはしかたなく先生のほうにいく。
「あれ……そういば高尾先生はどうしたんですか?」
「あぁ、さっき着いたから。そろそろ『駐車場から』くるんじゃない?」
「え?」
「なに?」
もしかして、高尾先生のご実家から車できたんですか?
「だって電車とバスだと、遅いでしょ?」
「五人なら、乗れますよね……」
車で五分以内の距離で、僕たちを拾えたはずなのに。
それにそのほうが、ゆっくり寝られたのに……。
「あ、でも三時起きだったけど?」
「はい?」
「いやぁ、前からいきたかったパン屋さんがあってね〜」
なんでもどこかの『モーニング』を食べるために、早起きしたらしく。
「やっぱり、今度からは誘おうか?」
「い、いえ……」
ただのパンを食べるだけで、三時に起きるよりは……。
列車とバスできたほうがマシだと、僕たちは必死に首を横に振る。
「あのそれで、きょうはなにを?」
「キャンプファイヤーの準備!」
「真冬、ですけど?」
「だってほら、『アレ』片付け忘れてたでしょ?」
確かに……玄関ホールに。
十二月の頭に、校長命令で飾りつけなどを担当した。
あのクリスマスツリーが残っている。
でも、ツリーを設置したのは確か……。
「業者さん!」
じゃ、じゃぁ片付けも頼んでは……。
「そこは予算がないから、放送部!」
……帰って、いいですか?
「それより、いったいどこでキャンプファイヤーをするつもりですか?」
三藤先輩が、うしろ髪に右手を当てながら聞くけれど。
もしかして……前向きなんですか?
「うーん、とりあえず校庭で燃やしたら楽しくない?」
「なるほど。ちなみにその準備をするのは……」
「もちろん、放送部!」
「……海原くん、帰るわよ」
よかった、三藤先輩もやる気なかったんだ。
……ただ、藤峰先生は『魔法の言葉』を持っていた。
「え?」
「……『美也がね』、みんなと思い出が作りたいなーって」
「本当ですか!」
高嶺と僕も、思わず反応して。
三藤先輩は少しいぶかしげな表情ながら。
とりあえず話しを聞いている。
「かわいそうに。あの子……キャンプファイヤーしたことないんだって」
「都木先輩たちの代は、確か林間教室なるものがあったのでは?」
「森林火災の直後で……できなかったんだって」
「美也ちゃんたち、修学旅行のとき海辺でやっていませんでしたか?」
「人喰いザメが出たからって……中止になったんだって」
「ただツリーが一本だけって、キャンプファイヤーするには少なくないですか?」
「それなら由衣、問題ない!」
先生が、パッと顔を明るくすると。
「いろんな材木が大量に、体育館の裏に積んである!」
……だったら、クリスマスツリーもそこに放置したら済むじゃないか。
「美也の涙とか……見たいのみんな?」
お願いだから。いや、面倒だから。
先生がいま、泣かないで。
ただどう考えても。
このメンバーでキャンプファイヤーを設営するなんて無謀だ。
「あの、せめてどこかの運動部にでもやらせたほうが……」
僕がそんなことをいいかけたところ、うしろのほうから。
「ねぇ……みんなして、今度はなにしてるの?」
きょうもジャージ姿・バレーボール部の春香陽子が。
不思議そうな顔をしながら。
僕たちに声をかけてきた。

